形見

連喜

第1話 事故

 これはネットから拾って来た話。


 亡くなった人に一目でいいから会いたい・・・。

 そう思っている人は多いと思う。

 どうしても会いたい理由は人それぞれだと思う・・・。

 謝りたい、諦められない、現実を受け入れられない・・・様々だ。


 俺がネットで見たAさんという女性は、交通事故で亡くなった子供にどうしても謝りたいと思っていた。


 2歳半の息子が亡くなったのは自転車の事故だった。

 Aさんは子乗せ自転車の前の方に子供を乗せていた。

 後ろにはスーパーで買った荷物。

 後ろに乗せた方が安定すると思うだろうけど、前の方が早い時期から子供を乗せられるそうだ。派遣の人が言っていたけど、子乗せ自転車は重いから、運転が難しくて、ハンドルが安定しないとか。それにさらに子どもが乗ると、ハンドルを操作するのがより困難になる。

 でも、子乗せ自転車を利用している人はすごく多い。金持ちか庶民かに関係なく、都会ではほとんどのお母さんが子乗せ自転車に乗ってる。


 ある晴れた日の午後、Aさんは歩道のない狭い道を走っていた。

 普段から通り慣れたところだ。Aさんは寝不足でぼんやりしていた。

 子供は夜泣きする。専業主婦だけど、家ではやることが山ほどあって、産後はぐっすり寝たことがなかった。


 その時、急に横道から自転車が飛び出して来た。

 70代のおじいさんでかなりスピードを出していた。

 そんな状況になったとしても、普通の自転車なら、急ブレーキをかけられる。

 でも、重い子乗せ自転車では無理だった。


「あっ!!」


 Aさんは悲鳴を上げたままバランスを崩して、自転車は倒れてしまった。そして、赤ちゃんはアスファルトに頭を打った。さらに、向かってきた自転車に轢かれてしまった・・・。赤ちゃんは頭蓋骨が弱いのに、自転車の車輪が乗っかってしまった。


 Aさんはその場に座り込んで半狂乱になって叫んでいた。もう助からないと思ったからだ。


「アサト!ごめんね!ごめんね!ごめんね!」


 Aさんは救急隊員に抱えられながら、アサト君と救急車に乗って病院に連れていかれた。


 子どもはやはり病院で死亡が確認された。


 その日から、Aさんはその時のことを繰り返し考えるようになった。

 あの時、あの道を通らなかったら・・・。

 ヘルメットをかぶっていたら・・・Aさんは、赤ちゃんにヘルメットをかぶせていなかった。事故なんて滅多にないし、大丈夫だと思っていたんだろう。


 あのじじいが来なかったら・・・

 絶対、殺してやる。

 大通りに出るのに、スピード出しやがって。

 絶対、殺してやる!

 くそ!一生許さない!


 Aさんは子供を亡くしてからは精神的におかしくなってしまった。

 だから、旦那は耐えられなくなって早々に逃げてしまった。まだ、離婚は成立していないけど、別居していた。二人に他の子供はいなかった。外に出ると、嫌でも元気な子供とその親が目に入る。アサト君が亡くなる前は、ママ友たちと児童館に行ったりしていたのに、今はアサト君だけがいなくなってしまった。みんなは幸せに暮らしているのに、自分たちの家族はもう崩壊してしまったんだ。それに耐えられなかった。







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