第二話 無能な剣士(下)

 ―シャンシャンと響く音楽が、遠く意識の奥から聞こえる、これは夢だろうか?それとも自分は、既に起きているのだろうか?答えは後者だ。

うるさいい音楽を聴きながら、目を覚ます。夢を見ないようにする為にやっている事だ、いつもなら丁度良い感じで充電が切れてくれるのだが、今日は運がいいのか悪いのか、充電は切れずに朝までイヤホンから煩い雑音を鳴らし続けてくれていた。

「音量こんなに大きくしたっけな?」

 いつもは最小音量で聴いている筈なのだが、なぜか今日は寝ている間に無意識で、音量を大きくしてしまっていたらしい。

 ツイていない心からそう思った、まるで今日一日を暗示しているからのように、あまり気分の優れないそんな朝だった。


 ―寮食堂内

 食堂が空いている朝早くを狙って、食堂にならぶ。学年ごとに、男女事に寮が分かれているとはいえ、約200人分余りの食事を作ってくれる寮母さん達には、感謝の言葉しかないが、今日ばかりは味わう事を忘れ手っ取り早く朝食を済ませたかった。

「Aで」

 A、B、Cの朝食で一番量が少なさそうなA定食を選ぶ、というか朝から肉などを食べていたら胃もたれを起こしそうで食べる度胸が無い。だからと言って少量でいいかと言われればそれも違うのだが、まぁ少しでも今日何をやるのかを確認しながらご飯でも食べるとする。

「えっと通信アプリの開き方はっと」

 普段使わない携帯の機能に悪戦苦闘しながらも、ミーシャが送ってくれた今日の予定を確認する。11時に出発、デパートメントストアで買い物と食事、それから?それ以降の事が書かれていないこれならば、13時には終わってしまわないか?と疑問に思うが、そうなれば自分がこの街を案内するのもいいだろうと考えながら朝食を食べ終わり自室に戻る。


 ―11時頃

「武蔵、待ったかしら?」

「いいや?待ってないけど?」

「そう、ならいいわ、いきましょうか」

 寮からすぐそばの所にある、剣ヶ丘市を延々と回る環状線。剣ヶ丘環状線に乗り、目的地である、剣ヶ丘市で一番大きいデパートメントストアに辿り着く。その間は特に会話をする事はなかったが、何を買いに来たのかくらいは事前に聞いておくべきであったと、恐らく未来の自分が後悔している。

「それで?ミーシャは、何を買いに来たの?」

「食器とか、服とか、まぁ日用品ね」

 食器ならまだ選ぶ手伝いは出来るかもしれないが、服となれば話は別だ、全くわからない、そもそも彼女はドレスコードすらも理解していそうだが、俺にはそういう知識はない。

「服ってどんな?」

「服は服よ、休日とか家で着る服よ」

 そうか、それならばまだ個人的センスにはなってしまうが、選ぶ手伝いはできるかもしれない…、彼女の服装は赤い髪が映える綺麗な黒のワンピースと、こっちは単色無地の灰色の服と黒いズボンこの配色センスも感じない自分と、自分を美しく見せる事を理解しているミーシャとで、この服への理解度の違いがもろに出ていそうな二人で買い物なんてできるのだろうか?それとも彼女の服も誰かに見繕ってもらったもので、実は彼女自身も俺と同じ残念センスなんて事はないだろうかという考えは、一つ目の店で打ち切られた。


「これなんてどうかしら?」

「い、いいんじゃない?」

 それしか言える言葉が見つからない。男性と女性では見える色彩に違いがあると聞いた事もあるが、それ以前の問題であろう。ミーシャが凄いのかそれとも、自分のセンスが完全に終わりを告げているのかはわからない、とにかく言える事は彼女が選ぶもの全ては良く似合っていて、俺が選ぶ物はことごとくミーシャには似合っていると言えるか微妙だと言える事だけだ。

 だからこそ、彼女が選ぶ服は全て魅力的に思うし、自分の選ぶ物は全て、彼女にも着られるだろうが、それでも彼女の選ぶ服の魅力には勝てない。そんな自分のセンスに絶望しながら昼食の時間になり、なにか食べられる場所を探す。

「何か食べたいものはある?」

「私はなんでもいいわね、武蔵は?」

「俺も正直なんでもいいんだよね」

 そんなこんなで向かうのはファストフード店、ここならば簡単に昼食も出来ていいと思ったのだが、彼女は不安そうな顔をする、もしかして食べた事がないのだろうか?

「ミーシャ、ファストフードは初めて?」

「な訳ないでしょ、勿論食べた事はあるわ、一応だけど…」

「違う所にする?」

「いえ、ここで大丈夫よ、安心して私には出来るわ」

 次のお客様―と呼ばれミーシャと共に、その場に向かうが彼女の挙動が、どうしようもなくぎこちなく感じる、本当に大丈夫だろうか?と疑問に思うが。

「激辛バーガーのセットを一つ」

「わ、私も同じモノをお願いするわ」

「大丈夫?これ本当に辛いよ?」

「あ、安心なさいな、激辛と言われてもたかが知れてるわ」

 本当に大丈夫だろうか、このハンバーガーは本当に辛いのだが…。一応保険はかけておくか。

「すみません、普通のてりやきバーガーに変更可能ですか?」

「かしこまりました、合計1360円になります」

「電子マネーで」

 ―ピッという音と共に昼食選びは終了し、いよいよ食事に入る、一先ず彼女次第だが、彼女に一言どうしても言っておかなければならない事があったのだが…。

「からひ…からひ……」

 そんな事を話せる状態ではなかった。だから本当に辛いよ?って忠告しておいたのに、それを舐めてかかった彼女のミスだ。

「だから言ったじゃん、ハイこれ」

「なによ?そんな見せびらかして」

「辛いんでしょ?ならこっち食べなよ、そっちは俺が食べてあげるから」

「これを?貴方が?ばば、バッカじゃないの?それじゃあ、かか、かん」

「いいから食べる!」

 ミーシャの持っていた激辛バーガーを奪い取り、変わりに彼女の口の中にてりやきバーガーをぶち込む、こんな事で食べられなくなり残されてしまってはそれこそ資源の無駄遣いという物だ。ならば、たかが一口食べた位なのであれば、別に量としてもそこまで変わらないであろう。

「どう、美味しい?」

 ミーシャに今できる渾身の笑顔を向ける、折角日本に来たのだ、日本らしい料理とは言えないが美味しい物を食べて欲しい、恐らく彼女はこういう店を余り利用した事がないのだろう、だから俺と同じメニューしか頼めなかった、それをすぐに察してあげられれば、もう少し気が利く男とも言えたのだろうが…。

「えぇ、美味しいわ。さっきまでただ辛いだけの料理が嘘みたい」

 ただ辛いだけとは、失礼な。辛さにも種類があって、この辛さこそが、美味しいというのに…。

「それよりもミーシャに一つ言いたかった事がある」

「なにかしら?」

 

彼女にずっと謝りたかった事があったのだ、あの時言った事をずっと後悔していた、彼女が剣聖という称号にどれ程の感情を抱いていたかはわからない、ただ自分はその時の一時の感情に任せて、彼女が憧れていた物を侮辱した。

「ごめんね、あの時は」

「あの時って?なんのことかしら?」

「ミーシャがどれだけ剣聖の称号に価値を感じていたのかは、わからないけど。俺はそれを侮辱したから…」

 すると彼女は、笑い出す。まるでそんな事は気にしていないと言うように、なぜ?あれだけ本気で怒っていたはずなのに、なぜ彼女は笑っているのだろうか?

「そんな事、気にしていないわ、自分が剣聖となって貴方の気持ちもわからなくもないって思ってしまったもの」

 俺の気持ち?ミーシャは剣聖となった事でクラスや学年の人達と話せるようにもなったし、彼女にとっていい事尽くめだったはずの、剣聖の称号になにがあったのだろうか?

「聞いてくれるかしら?私の愚痴を」

「ああ、うん、いいよ」

 愚痴を、と言われた瞬間大方の予想はついてしまった、恐らくは剣聖特有のアレの事だろう。

「剣聖となった次の日からね。弟子入り志願や、鍛冶師志願が多くてね、困っちゃったのよ」

 あぁ、やっぱりそれか。弟子入り志願も、鍛冶師志願も一番強い人の所へ集おうとする傾向がある、自分も剣聖だった一人としてわかるが、ここで一つ疑問に思う事があった、彼女の鍛冶師は誰なのだろうか?まさか学園に任せているのだろうか?それが途轍とてつもなく気になったため一度聞いてみる事にした。

「ミーシャの鍛冶師ってどんな人なの?」

「私の鍛冶師?それは私の兄よ?ミリオン・アーサーっていう名前なの、今度紹介するわね」

「紹介は…、別に必要ないけど…」

 本当に彼女が羨ましくなる、親との関係も良好で、更には兄妹きょうだいまでもが彼女の事を理解し、サポートしてあげている、自分の家庭とは真逆だ。サポートはしてくれず、ただ褒めはやす事しかしてこない自分の家族とは…。

「そう?それでね、弟子入りも鍛冶師も全て断ったら、少し悪い噂を立てられてね」

「悪い噂?」

「そう悪い噂、といっても酷い物ではないのだけど、私の鍛冶師はもうプロチームがおこなっているとかそういう類の物よ」

 まぁ確かに全て断って、この学園の誰一人も彼女のswordに触れた事がないのだから、そういう事を疑問視する人間がいても、まぁおかしくはないか。

「そうそれでね」

 そのような彼女の愚痴は一度口に出すと、止まらなくなったが、それを聞いてミーシャもこのような事を思うのだなと、少しだけ親近感が湧いた。剣舞を愛する彼女もそのような事を思うのかという親近感が。


 ―昼食後

「さて次は食器を選びましょうか」

「そ、そうだね」

 自分が選べる物は何一つないと思うが…、だがだからこそ彼女の話し相手位は勤めて見せよう、心にそう決め食器が売っている場所を探しそこに辿り着く。

「やっぱり色々あるのね…」

 彼女が辺り一面を見渡し、そう言い次々と自分の好きな物を探しに行ってしまう。あぁこれでは話し相手も務まらないな、と思いならば彼女が好きそうな物を、何か一つプレゼントでも、しようと考え真剣に選択を始める。

 しかし俺にそんなセンスがある筈も無く、開始数分で路頭に迷う。

「どれも同じものにしか見えない」

 悲しい程までの、自分の感性の低さに悲しみを拭えない。どうすればいいのだろうか、どのような物ならば彼女に合うだろうかと考え、上へ下へと見るがやはり同じ白の食器ばかりしかなく、食器はダメだと思いマグカップの方へと踵を返す事にした。

「色の違いはまだ、分かるかな?」

 その瞬間であった、体に電流が走る、これだと思わずにはいられない程の彼女も喜んでくれそうなマグカップを見つけ、すぐさま手に取り会計を済ませ、ミーシャを探す。

 ミーシャを会計近くで見つけ、彼女の会計が終わるのを待ち、荷物を輸送する手続きを済ませた彼女はこちらに駆け寄る。

「ごめんなさい、自分の事ばかり考えて武蔵の事を忘れていたわ…」

「いいよいいよ、それよりこれ」

 はい、という言葉と同時に袋に入ったマグカップを手渡す。

「これは?」

「今日の記念、ミーシャにも何とか合いそうな物を見つけたから」

「本当?開けてもいいかしら?」

「いいけど、文句を言ったら返してもらうよ」

「人から貰う物に文句なんて言わないわよ、失礼ね」

 顔を膨らませて、そう答えるミーシャ。そういい彼女は、袋から出し、梱包された紙を丁寧に剥がしていく。

「これは?」

「剣舞が好きなミーシャにはいいかなって思ったんだ。ミーシャの綺麗な赤い髪と同じ、綺麗な赤い剣が描かれた白いマグカップ」

 人によっては子供っぽいと思われるかもしれないが、俺が選べる物の中では一番ミーシャに、似合うだろうと思ったマグカップ。彼女は、喜んでくれるだろうか?

「いいわね、これ。」

 彼女は綺麗な物を見入るように、優しい目で送ったマグカップを見ている、そんな顔を見て少しドキッとしてしまうが。

「そんなに喜んでくれるとは、思わなかったよ」

「本当にいいわ、ありがとうね。武蔵」

「それは、どうも」

 そんな渾身の笑顔をこちらに向けないでくれ、少しだけ勘違いしそうになる。最初抱いていた、怖い目なんて感想はもう出てこない位、彼女の優しい瞳と言動を前にしては…。


 そして時間が経ちもう少しで15時を回ろうかと言った時に、彼女が提案を持ちかけてきた。

「武蔵は行きたい所はないのかしら?」

「俺の行きたい所?」

「そう、私ばかりに気を遣って貰って申し訳ないし…」

 別にそんな事は、気にしなくてもいいのだが…、ミーシャの普段見る事の無い一面を見せて貰って、逆に得をしているのは俺の方だ。しかしミーシャがそういうのであれば、退学を認められない今、行かなくてはならない場所が一つあった、そこに行かせてもらうとしよう。

「じゃあ、少しだけ付き合って貰ってもいいかな?」

「ええ、構わないわ」

 その言葉を聞き、普通の人は立ち寄らないであろう店に辿り着く、そこにはこう書かれてあった。

「sword販売店?」

「そう、ミーシャに俺のswordは粉々にされたからね」

「うぐっ、悪いとは思っているのよ、悪いとは」

 申し訳なさそうに答えるが、別に気にしては居ない。剣舞に置いて武器破壊も対して珍しくはない、しかも彼女程の猛者もさであれば尚更、今まで何本も折ってきた事であろう、自分ですら相手の武器を破壊した事は両手で数えられない程あるのだ。だからこそ普通は予備を持っておくべきなのだが…、やはり慢心していたのか、それとも自分の能力をおごっていただけなのか、自分は予備とも言える刀を持っていなかった。

 専属の鍛冶師が居れば、自分に合ったものを打ってもらうという方法もあるのだが、最初から最後まで打ち切ることができるのはこの学園でもごく僅かだろう、だからこそ作られた物を買い、それを自分好みに鍛冶師に改造してもらうのだ。

 店に入り、様々なswordを無視して刀エリアへと向かうが、やはりと言うべきか、日本人の血がそうさせるのか…。

「見事に無いわね」

「そうだね、流石に予約もせずに行くとこうなるか…」

 刀というのはやはり、人気のswordで人気シリーズになると売っている方が珍しい。まぁそんな事はわかっていたのだ、だから今日は装飾品でも見て帰るかと思っていた矢先、鍛冶屋から意外な人物が出てくる。

「うちは?」

「和泉さん?」

「武蔵君に、ミーシャさん?」

 和泉さんが何故か、この店でswordを作っている鍛冶場から刀を両手に持ち出てきたのであった。

 そしてその次の瞬間、今日自分達は各々ここに来た事を後悔する。何故ならば中々お目にする事の出来ない現場に自分達は立ち会ってしまったから…。


第二話 完

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