第12話 索敵Ⅰ

 アウトブレイク3日目。


 明け方から避難所を出て、食料の確保へと向かった。近くにあるビル下のコンビニを狙う。


 やはりどこも略奪を受けた形跡がない。ほとんどが避難したり感染者となってしまったからだろうか。


 ただ気になることが1つあった。感染者が少ない。




 これは多田野さんが言っていたことだが、他の避難所の防衛に装甲車などを使っているとの話だ。つまり他の避難所では感染者がわんさか集まっているのではないか。


 そうすると集まっている原因は、やはり時々ビルの隙間を抜けて聞こえてくる砲撃音だろうか。小銃とは比べ物にならない大きな音を発する戦車砲が感染者を引き付けてしまっていると考えれば納得できる。


 俺は他の避難所に申し訳ないと思いつつも、コンビニと避難所を5回ほど行き来することになった。








 昼になるころには、疲労を感じて休憩にした。ついでに昼食を取ろう。


 俺は食料が集められている場所へと向かい、適当に缶詰めを選んだ。




 サバの味噌煮缶を食べ終え、一休みしていると多田野さんがやって来て声を掛けてきた。




「向井さん、順調のようですね。何よりです。おそらく切り詰めて1日分の食料が集まっています」


「そうですか、良かったです」


「ええ、それでいくつか共有しておきたい情報がありまして。まず、3日後により安全な避難所への避難計画を開始します」


「ほんとですか、どこに向かうんです?」




 俺は期待を込めた眼差しで多田野さんを見つめる。




「北海道です」


「北海道…ですか」


「ええ、感染が比較的少なく土地は広いですから」


「となるとヘリでの空輸は無理そうですね」




 確か俺の記憶だとチヌークの航続距離は1000キロもなかったはずだ。北海道まで一気に飛ぶのは難しいだろう。




「ええ。ですから、下総の航空基地へとヘリで輸送し、そこから輸送機に乗ってという形になります」


「付近の避難所からこちらへの移動はどうするんですか?」


「各避難所から陸路で移動します。車輛に乗せられる人数ではないので、自衛隊護衛の下で徒歩の移動です」


「なるほど。大変ですね…」




 この避難所ですら食料事情が芳しくないというのに、他の避難所であればさらに困窮しているだろう。感染者の群れを防ぎながら生存者を救出しているうえで、食料を調達するのは至難のはず。避難民の速度も警戒しながらとなると牛歩と言わざるを得ないし、移動中の感染者の襲撃もあり得るわけだ。




「ええ。まず明日は芝公園から避難開始です。それでお願いがありまして」


「はい?」




 多田野さんは地図を取り出して、俺に見せる。どうやら経路を策定したもののようだ。




「我々も殉職者が出ており、ただでさえ足りない人手が更に足りなくなっています。そこで、向井さんには移動経路の付近にいる感染者の排除をお願いしたいのです」


「排除…ですか?」


「ええ、やり方は任せます。この地点からこの地点が持ち場となります」




 持ち場ってことは、俺が受けることは前提で用意されている作戦ってことか。おいおい、民間人に頼り過ぎじゃないか?とはいえ、人手が本当に足りないのは事実のよう。先日の救出任務の時の班長である泉と彼の部下の武田が殉職したとのことだ。




「わかりました。やれる限りのことはやりましょう」


「ええ、お願いします。それとついででよいので、食料の確保もお願いします」




 なんだか便利な奴だと思われている気がしないでもないが、頼られて悪い気はしない。








 俺は再度、借りている小銃と拳銃を確認し避難所を出る。


 向かうは南。芝公園は普通に歩いて向かえば40分ほど。ただしその道のりには感染者が闊歩している。その1区画、大通り沿いのオフィス街へと向かった。








 しかし、南側はかなり荒廃しているな。いくつか火災の煙が見えるし、大通りは大量の車で埋め尽くされている。車は半分ほどが事故を起こした状態で放置され、もう半分はドアも窓も空きっぱなしで放棄されている。中には事故の影響でついたわけではない血液がべっとりと付着している車もあるようだった。


 しばらく歩き、俺の担当区域に入ろうとした時、奴らの声が聞こえてきた。感染者だ。




 感染者は俯いて立っているだけで動きは見られず、歩道に3体ほどいる。それぞれが小さく呻いているようだ。感染者同士の音には反応していないようだ。


 どうやって人と感染者を見分けているんだろうか。


 今はそれよりも、奴らの排除が優先だ。俺は持っていた小銃を構える。既に弾倉を入れてチャンバーを引いてある。セーフティを解除して引き金に指を添える。


 照準の中心に感染者の頭を捉え、一呼吸置いて引き金に掛けた指に力を込めた。




 パンッ、という乾いた銃声がオフィス街に反響する。反響した銃声は何度も何度も反響を繰り返す。


 銃弾はおよそ30メートル離れた感染者の頭部に命中。頭を撃たれた勢いのまま感染者は倒れた。


 銃声に気が付いた感染者は俺の方を向くと、その両手をこちらに向けて歩き始めた。俺は続けて動き始めた彼らに向けて射撃する。


 しかし、動き始めると頭がぶれてうまく狙えず、1発2発と無駄弾を撃つ。無駄にしないよう、一度射撃を止めてこちらから感染者へと近付いていく。


 結局のところ、離れた場所から撃つよりも近くで撃った方が簡単で、10メートルほどまで近づいて射撃する。ぶれる頭に銃弾を1発ずつ撃ち込み、見えている感染者を排除し終えた。




 しかし、どこで銃の撃ち方を習ったのか。案外当たんじゃねえかぁ…


 なんて考えていた時、俺の耳は僅かな足音を捉えた。右だ。




 銃を構えたまま右を向くと、ビルの1階に感染者が12体ほどおり、こちらへと向かって来ていた。


 ガラスの向こうだから足音が僅かだったのか。感染者はガラスに顔をぶつけて俺を睨みつけてくる。その目は焦点が合っていないように感じたが、確かに俺を見ているようだ。




 視力はあるのか。聴覚と視覚はほとんど失われていないと考えてよさそうだ。となると嗅覚もだろうか。あとは痛覚があるかどうかだが、感染者の中には太もも当たりを噛み千切られた外傷を負っているものもいるがそれらはほとんど動きに鈍さを感じさせない。筋肉の欠如で少し足を引き摺っているようだが、それだけだ。


 つまり、ゾンビの鉄板である脳を破壊するまで活動を停止しないというやつだろう。もしくは神経支配を行っている脊髄を損傷させるか、あるいは心臓を破壊するかか。


 感染者が動くということは、筋肉が力を生み出している。つまり各部へ酸素の供給を行っているなら心臓は動いているはずだ。それを破壊すればやがて活動を停止するだろう。あとは水に落ちて溺れ心肺機能が停止することでもおそらく活動を停止するのだろう。


 ただ、どれもこれも確証はない。


 そういえば、感染者は外傷からあまり出血していない様子だ。あれはどういう原理なのだろうか。




 そんなことを考えてガラスの向こうにいる感染者を見ていると、1体の感染者が俺と彼らを隔てているガラスへと頭突きをし始めた。そしてそれに呼応するように他の感染者もガラスへと頭突きを始めた。




 待て待て待て、それなりに知能が残ってるのか?!そんな驚いている俺にお構いなく、ガラスにヒビが入り始めた。まずいな。ここは先手必勝といこう。




 俺は数歩下がってガラスに頭突きをしている感染者の1体に銃口を向けた。そいつが頭をガラスにぶつける瞬間に引き金を引く。


 ガラスを容易に貫通した銃弾は感染者の額に直撃し、脳を破壊する。


 ガラスは銃弾を受けても穴が開くだけで割れていない。そもそもこの大きなガラスは割れにくいようになっているため、銃弾を受けたくらいでは割れてバラバラになることはない。




 とはいえ、10体を超える感染者の頭突きを受け続けていてはいつ破られても不思議ではない。俺は即座に次の目標を照準に入れて引き金を引いた。








 ふう。何とかガラスが割れる前に感染者を排除できた。感染者それぞれがバラバラな箇所に頭を打ち付けていたためガラスは耐え切ってくれた。感染者がなにか固い物を持って殴りつけるような知性を持っていなかったのは幸いだ。




 っと、安心している場合ではない。小銃から弾薬の減った弾倉を取り外し、腰の後と横につけたタクティカルリグの空いた場所に入れ、弾薬が装填済みの新しい弾倉を取り出して装着する。


 このタクティカルリグも多田野さんの私物を借りた。普通はチェストリグを体の前面の胸部から腹部に掛けて装備するそうだが、これはそれ以外の箇所に装着するタイプだ。普通は小物入れらしいが、弾倉を入れられるように簡単にカスタマイズできるのだそう。


 ちなみに俺が持っている弾倉は7つ。バックパックに4つ、リグに2つ、小銃に最初からついている1つだ。どうせ撃ちまくることは想定してないので問題はないだろう。




 俺は周囲を見渡しながら弾倉の交換を終えて、また感染者を探しに歩き始めた。






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