勇者が倒しに来ない魔王なんて

刀綱一實

第1話

「なあ、なんで勇者は俺たちを倒しにこないんだろう」


 倒される立場である魔王の口からそんな言葉が漏れたのを聞き、副官の僕は複雑な気分になった。


「いいじゃありませんか。魔王様の威光が、隅々まで行き渡っている証拠ですよ」

「……いいや。威光がある存在ほど、勇者は倒したいと思う。それが来ないと言うことは、『あいつなんて倒しても意味が無い』と思われているってことだ」

「考えすぎですよ」

「いや、違う。これを見ろ」


 魔王が自慢げに水晶球を指さす。その中には、三つの星がランプの光を受けて輝いていた。


「この星は、倒しに来た勇者の数を示しているのだ」

「……その星の多さを他の魔王と競い合っておられる、というわけですね」


 皆まで聞かなくても僕には分かる。この前、魔王同士の交流を目的とした夜会があった。そこで星の数が他の魔王に及ばなかったから、なんとかして見返してやりたい。今、主の頭にあるのはそのことだけだ。


 目標が定まった時の主の行動力は大したものだが、逆に言うとそれ以外のことには全く興味を持たなくなる。とっととこの問題を解決しないと、普段の仕事が進まなくなる。僕はため息をついた。


「わかりました。なぜ勇者が来なくなったのか、分析して参りましょう」


 そう言って主の前を辞した僕は、警備隊の日誌や軍の出動記録を読みあさった。結果、一つの明確な傾向が読み取れる。


「アセノ国からの勇者が、ある時期からぱったりこなくなっている……」


 魔王の治めるこの地域と国境を接しているアセノ国からの勇者が、来訪の割合として一番多かった。とりあえず目の前の敵から潰す、というのは行動の基本だから理解できる。それがぱたりと来なくなった、ということは──


「飽きられたんじゃないですかねえ?」


 内心をずばりと言葉にされて、僕はうろたえた。ぎこちなく振り向くと、職場のアイドルの夢魔が立っている。大変かわいらしい顔立ちなのだが、言うことに遠慮が無いのが玉に瑕だ。


「話を聞いていたのか……」

「近いからってしょっちゅう来てたら、代わり映えのない景色にモンスターたち。もういいかってなりますよね」

「うちを悪く言うな」


 景色が変わらないのは絶え間ない補修と公共工事の結果だし、モンスターの顔ぶれが一緒なのは精神ケアに努めていて逃散者が少ないからだ。僕が言うのもなんだが、ここは領地経営がとてもうまくいっている。


「それはわかってますよお。ただ魔王様のためなら、ちょっと工夫するくらいはありなんじゃないですか?」

「工夫って」

「モンスターに珍しいアイテムを持たせて、城に向かって移動させるとかどうですか? それなら追ってこようって気持ちになるでしょ?」


 僕は腕組みをした。確かに、一理ある。


「うーん、国庫から珍しい物を借りてくるか……」


 それから程なくして、僕は魔王を説き伏せて、とある魔法の果実を譲り受けた。魔王がちょっと涙目になってぷるぷるしていたのは可哀想だったが、言い出したのは彼なのだから仕方ない。


「というわけで、めちゃくちゃ足が速いゴーレムよ。魔法の果実を勇者の前でこれみよがしに落とし、釣ってこい」

「ウス」


 ゴーレムはうなずくと、国境近くを怖々踏み越えた勇者に近づいていった。……相手が武器を抜きもしないうちに果実を落としたのは早すぎる気がするが、もうどうにもならないので見なかったことにする。


 読み通り、勇者たちは魔法の果実を拾った。そして目を白黒させている。


「うまくいってくれよ……」

「ですねえ。魔王様のご母堂が植えた樹が、数千年ぶりにいくつか実をつけたうちの一つですから」

「背景が思っていた以上に重い」


 そんな事情があると知っていたらあんなに強く出なかったのに。今になって僕の心の中に後悔の念が沸いてきた。


「ヤッパリ、カエセ」


 ──後悔したのはゴーレムも同じだったらしく、俊足を生かして勇者に詰め寄り始めた。本気になったゴーレムの放つ殺気はすさまじく、勇者たちはなすすべなく果実を放棄して逃げ出した。


「トリモドシタ」

「うん、偉かったな……」


 命令違反を怒るべきなのだろうが、ここで声を荒げるほど僕は落ちてはいない。ゴーレムは魔王に果実を返すため、速攻で城に向かって駆けていった。


「あら、いいんですか?」

「いいんだよ。心を失いたくはない」

「でも勇者たちにとっては、拾ったのに取り返されただけで、何も楽しくないかもしれませんねえ」

「……それを言うなよ」

「じゃあ、次の手として……せめてこの殺風景な見た目だけでもなんとかしてみません? 明かりをつけるだけなら低予算で済むでしょう」

「見た目で盛り上げるのか。いいな。どうせなら、きれいどころのモンスターたちにも来てもらうか」

「あたしが声かけますよ。魔王様人気だから、みんな集まってくれると思う」


 持つべきものは優しい部下である。もちろん、普段から魔王が彼らを気遣っているというのもあるだろうが。


「よし、みんなで盛り上げよう!」


 僕は拳を天に向かって突き上げた。



 自信満々で挑んだときほど、それが粉砕されるとなかなか精神にくる。


「……なぜだ。なぜ、アセノ国からの勇者が来ない」

「元々少なかったのに、今や完全にゼロになっちゃいましたねえ」


 僕と夢魔は顔をつきあわせて、ため息をついていた。テコ入れのつもりだった対策は完全に失敗し、悲しくて魔王にも報告できずにいる。


「もっと寂れた方に持っていったら良かったのかな……」

「魔境、な感じは薄れましたもんねー。今度は完全に逆でやってみます?」

「それも安直な気がする」


 失敗に打ちのめされてはいても、僕はただじっとしていたわけではない。人間に姿が近いモンスターを集め、国境近くの街に放って敵情を探らせていたのだ。最初からこうしていればよかった。


「ただ今戻りました」


 斥候が帰ってきた。彼はなんとなく疲れ果てたような、うら寂しい顔をしている。


「やはり、人間の街での諜報は難しかったか? ゆっくり休むといい」

「いえ、成果はありました。勇者が来なかった理由は……」

「理由は?」

「予算の削減です」

「今、なんと?」


 聞き返した僕に対して、斥候は寂しげに笑ってみせた。


「アセノ国の王が代替わりしまして、『効率の良い魔王攻略』を目指すようになったそうです。魔王討伐を希望していた者たちには、これまで鉄の兜・鎧・盾・剣が与えられていたのですが」

「確かにそんな格好だったな」


 僕は記憶をたどりながらうなずく。


「それがいきなり、『ひのきのぼう』と『なべのふた』になったそうです」

「人権侵害では?」


 モンスターが言うのもなんだが、いくらなんでもひどすぎる。鍋の蓋でどうやって身を守れと言うのだ。棒で叩いて死ぬような敵なら、放っておいても害はあるまいに。


「そりゃ来ないですよね。みんな死にたくはないもの」

「外観やモンスター配置を変えたのがよくなかった理由もわかったな。ただでさえ無防備になっているのに、未知の要素が加わったらどうしようもない」


 しゃべりながら、僕は自分の中に熱いものが育っていくのを感じていた。


「……どうしましょう」


 斥候と夢魔が僕を見てくる。僕は口を開いた。

「アセノ王をシメよう」



 それから程なくして、魔王軍はアセノ国に攻め込んだ。この侵攻によって国土は荒れたものの、結局過度な倹約がなくなって、僕たちはかえって感謝されたくらいだった。


 魔王は変わり者として有名になってご機嫌なので、副官の僕も満足だ。

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勇者が倒しに来ない魔王なんて 刀綱一實 @sitina77

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