第150話 土石魔法で空を飛びましょう


 こうして橋を架けて渡ったところで、次の目的地へと向かうことにする。


 我々が目的とするランドコールという地域はさほど遠くない。といっても、ここから数十キロほども離れている。飛行しないなら流石に今日中にたどり着くのはちょっと難しい。だが、1泊2日で十分に到達できる、そんな距離感だ。


 ひとまず三人で進路を真北に取り、ひたすら道を進んでいく。周囲は森だが、貧相な感じだ。経験上、あまり魔物が出そうな雰囲気には見えない。


 ある程度進むと前方から馬車が近づいてきた。


 ヒヒーーン。


 あれっ!? 馬の鳴き声と共に馬車が止まったぞ。


 荷馬車のホロが開いて、中から男が出てきた。

 見るからに行商人といった風貌だ。


 男は開口一番こう口にした。


 「お前さん達、ずいぶんと貧弱そうな身なりだが、これから先へ進むのかい?」


 「えぇ。私たちはこの先をずっと進むつもりだわ」


 「悪いことは言わないからよした方がいい。これから先は魔物が頻出するから、とてもじゃないが君たちでは無理だ」


 うーむ。そうなのか。


 「これを見たまえ」


 そう言って、男は荷馬車の後ろ側を指さした。縁の部分にえぐられたかのような大きな傷がある。


 「これはつい先ほど魔物に遭遇してやられたんだ。何とか馬を一頭差し出して命拾いしたんだが、まだその魔物も潜んでいるに違いない」


 ふと男が冗談っぽく一言だけ呟いた。

 だが、これは紛れもない警告だ。

 どうしたものか。


 「そうなのか。忠告してくれてありがたい。これから相談してどうするか決めようと思う」


 「是非そうした方がいい。それじゃ、安全な旅を!」



 ◇


 しばらくして馬車が見えなくなった。


 「ノエル、ユエ、とりあえず聞いての通りだが、これからどうしようか?」


 「馬車を襲ったばかりの魔物がいるのは怖いわ」


 「うん、サイさんは強いから大丈夫だと思うけど……」


 そうだな。


 確かに俺の力があれば基本的には何の問題もないだろう。ただ、何事にも万が一ということがある。例えばトイレなどで少しだけ目を離した隙に、なんてことも有りうる。慢心はよくない。


 あっ、そうか。


 そうだな。


 ここで俺の切り札を使うか。


 二人に見せるにはちょうど良い頃合いだろう。まさしくこれ以上無い絶好のタイミングだ。


 「実は、ちょっと良いアイディアがあるんだが、話してみてもいいか?」


 「ええ。ぜひ聞きたいわ!」


 「結論から言うと、俺はこの道をこのまま進みたい。やはり他の道をとなると、かなり大回りになってしまうからな。それは大きな時間と労力のロスだ」


 「でも魔物が……。怖いよぉ~」


 「そこでだ。俺たちは空を飛ぶ」


 「はいっ!? 今、確かに『空を飛ぶ』って言ったわよね?」

 「えっ! 本当に? 空を?」


 「そうだ。……ということで、その準備をしよう」


 いつもなら空間魔法でじゅうたんのような板切れを作ってその上に飛び乗るだけだ。準備の時間はゼロに近い。


 しかし女の子二人を載せるにしては粗末な造りだ。乗り心地があまりにも悪すぎる。


 そうは言っても、空間魔法で生成できる立体には制限があり、複雑な形状のものは生み出せない。


 もしも土石魔法が無ければ……、の話だが。


 そうと決まれば、まず道を少しだけ進んでいく。そうして作業ができる道脇の空き地を探す。


 この空き地というのは意図的にあちこちの道脇に作られている。この世界ではいたって普通の存在だ。


 そうした土地は資材置き場や工事をする際の拠点として活用される。加えて、馬車などが故障した際に仮置きできるようにもなっている。細い道の場合には馬車がすれ違うためのスペースにもなるので重要な存在だ。


 それはさておき、早速、準備をしよう。


 「とりあえず俺の作業を見ていてくれ」


 「分かったわ!」

 「うん!」


 そうと決まれば、まずは空間魔法だ。


 まず、かなり横長で大き目の直方体を作成する。

 そしてそれを数十センチだけ宙に浮かす。


 次にそれに土石魔法を使って粘土を被せていく。

 ある程度までいったところで、きれいに整形する。


 出来た!


 頭に思い描いていたイメージ通り、とりあえず見た目としては上品だ。ソファーのような雰囲気を目指して組み上げている。


 「これってイス、よね?」


 興味津々で見ていたノエルが口を開いた。


 「そうだ。だけど、これは未完成だ。まだ最終段階の仕上げが残っているからな」


 ということで、ここで一気に仕上げを行う。


 火焔魔法を使って粘土を焼き固めていく。


 あとは熱を落として完成だ。


 「出来たぞ! 俺特製、ずばり『飛行イス』だ」


 「ひこう……イス?? これが空を飛ぶの?」


 「そうだ。まずは二人とも腰かけてみてくれ」


 それを聞いて、さっそくノエルとユエが俺の両脇に腰かける。


 「それじゃ、行くぞ。落ちないように気を付けて!」


 さて、ここからは本領発揮と行こう。俺はいつもやっているように空間魔法の立体をフワッと上に浮かべるイメージをする。


 厳密に言えば、むろんイス自体が浮かぶ訳ではない。中に仕込んでいる空間魔法の立体の存在が肝だ。


 「えっ!? 本当に浮いてる? すごい、お姉ちゃん。浮かんでる!!」


 「あ、あり得ない。本当に!? これって夢じゃないわよね??」


 高度を少しずつ上げて、いよいよ樹幹を突き抜ける。

 目の前には絶景が広がる。


 「どうだ。これが空を飛ぶ感覚だ。素晴らしい景色だろう」


 「サイ、ちょっと凄すぎてどう表現したらいいのか分からないけど、本当に感動しているわ。私も空間魔法は使えるけど、こんな使い方は出来ないわ」


 「とりあえず、これで危険な地面を歩かなくてもいいという訳だ。これで納得してくれたかな?」


 「ええ、もちろん納得だわ!」


 「すごいよ、本当にすごい、サイさん」


 途中から眼下に薄暗くて気味が悪い森が広がり始める。確かに……、いかにも魔物が出そうな感じがする。


 そうして俺たちは快適な空の旅を楽しみつつ、目的のランドコールを目指して飛んでいく。事前に入手していた情報によると、ランドコールはここからそれほど遠くない。夕方には到着できるだろう。



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