第108話 ははぁ、これが貴族のお宅ですか


 それなりのトラブルに見舞われた我々だったが、まずは素直にアンラの邸宅に到着したことを喜ぼう。


 当然のことながら何の前触れも無く突然、アンラの家に押し掛けた訳ではない。事前にすり合わせというより、きちんと相談をした上で今回の訪問に繋がっている。


 この世界には言うまでもなく、インターネットや電話といった類の電信技術は存在しない。また俺の知る限り、魔法を使ってもそのような意思疎通は出来ないようだ。


 もしかすると実際のところ一部の魔法では可能なのかもしれないが、とにかく一般的な手法で無いのは間違いない。そしてスキルはそもそも希少なので、もちろんそれも基本的にあり得ないとみていいだろう。


 さて、このような制限が多い世界であっても、当然、遠距離の通信網はそれなりに整備されている。集落同士の簡単な信号であれば『のろし』や花火などで伝えられる。


 そして、今回のような込み入った内容であれば、『通信屋』のお世話になる。多少は値が張るものの、貴族階級には必須のサービスだ。


 この通信屋。簡単に言えば、飛脚便のようなものだろう。基本的には伝書鳩を使ってメッセージのやり取りをするが、顧客が鳩を飼っているとは限らない。そこで、その伝書鳩でのやり取りを代行してくれるサービスになっている。


 そのためあちこちに基地局ならぬ、『鳥寄せ』なる建物があり、そこで事務手続きをすると代わりに手紙を送ってくれるという訳だ。目的地の最寄りの『鳥寄せ』に届いた手紙は人力で家まで配達される。



 ◇


 うむ、なるほど。

 これがアンラの家か。


 下級と聞いていたが、さすがはれっきとした貴族。


 家の構え方が全然違う。

 ドアも重厚でリッチな作りだ。

 庭も広くてきちんと手入れされている。


 早速ドアを叩くと、すぐにメイドとアンラが出迎えてくれた。


 これは意外だ。


 しかもアンラはきちんとした服装で、「待ってました!」と言わんばかりの迅速な登場ときたもんだ。


 もしかすると、実は完全に準備を整えたまま、ドアの内側で待機してくれていたのかもしれない。そうだったら、嬉しいのだが……。


 「久しぶりね、サイ! ようこそアンラの自慢の家へ。歓迎するわ!」


 「おう。久しぶりだな。元気でやっていたか?」


 「もちろん、ワタシは元気満々よ。サイこそ、何だか精悍な顔つきになったかしら? 前よりも立派に見えるわ!」

 ……と言ってから、自分がいかに恥ずかしいセリフを口に出していたのかに気が付いて、勝手に赤くなっている。カワイイぞ。


 「とにかく! 早く中にお上がりなさいっ!」


 あっ、怒り出した。

 相変わらず機嫌の代わり具合がすごい。

 本当に気難しい女の子だな。


 屋敷に入った我々がまず案内されたのは、アンラのお父上の部屋だった。


 「待っていたよ。初めまして。アンラの父の『フルストファー=シュタイナー』だ。かしこまらずにシュタイナーと呼んでくれて構わない。君がサイ君だね。アンラから話は聞いているよ。娘の命の恩人とあっては直接会ってお礼をしたいと思っていたのだが、なかなかこうした機会が作れなくてね。その点は申し訳ない。今回はついに会えて良かった。娘を助けてくれて本当に感謝する!」


 そう言って、大きな男が深々と頭を下げた。


 アンラの父は当然ながら貴族。そのような高貴なお方が俺のような平民に向かってここまでお礼をするのか。これはちょっと驚きだ。


 確かに命の恩人であればこれ位は当然だが、余計なプライドが無いというのは素晴らしい。俺もこの御仁であれば良好な関係が築けそうだ。


 そんな父を横目にアンラは何だか恥ずかしいのか、やたらとモジモジしていて落ち着きが無い。心なし顔が赤いような……。


 ところで、当初の予定では、俺は2日程度ここでお世話になることになっていた。だが、「良かったら、もっと長くいてくれても全然構わない」との有難いお言葉をシュタイナーから賜った。せっかくなのでその言葉に甘えて、当分の間は屋敷でお世話になることにした。


 ラクストンとクロナラの一行は今晩だけ宿泊して、もう明日にはご自宅に戻られるそうだ。例の『ビック・スパイダー』の一件があるので、アンラの家からも護衛を追加してもらえるとのこと。それなら安心だろう。


 ということで、何はともあれ冒険者生活から一変して、今度は貴族の生活を実体験することになった。どうなる、俺のセカンドライフ?











 ♦♦♦♦♦♦

 



 あとがき


 本話でついに20万字を突破いたしました!

 

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 今後ともよろしくお願いいたします。

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