第62話 地図屋で確認したいことがある


 さて、こうして俺は魔法習得の旅に出ることに決めた。もちろん自身の持つ魔法の種類が少ないという致命的ともいえる弱点を補うために。


 具体的な行先はこれから決める。


 もっと厳密に言えば、この店での収穫次第で決まるだろう。

 これはどういうことかと言うと、俺は今、『地図屋』の目の前に立っているからだ。


『地図屋』とは文字通り、地図を売っているお店のこと。

 しかし、ごく普通の地図を売っている訳では決してない。


 重要なのは魔法を習得できる石碑の位置を記した地図も販売しているという点であり、それらは高額ながら “時短” にはもってこいの情報源だと言える。もし情報が確かならば、面倒くさがりな自分にとっては最適だ。


 もはや俺は金に困っている訳ではない。フレア・ウルフの魔石やホーン・ディアの角の代金に加えて、スクナミタケで築き上げた財産もまだそれなりに残っている。


 それに、石碑を見れば魔法を習得できるチートともいえる技能を持っているのだから、このような情報があるとすれば使い倒すほかない。


 本当はもっと早くに来るべきだったが、そもそもこの店のことをつい先日の討伐依頼で知ったばかりなのだ。短い間でもパーティーを組んでいて正解だった。


 それはさておき、隠れ家のような店の上品な木製の扉を開け、いよいよ中に入る。現代日本には見当たらないタイプの店とあって、勝手に期待が高まる。


 ほほう。

 正直、【何もない】というのが狭い店内を見回した俺の第一印象だった。


 いや、確かに美術館の絵画の如く、大小様々な『額縁』が壁に立てかけてある。

 しかし肝心の地図は額にはめ込まれておらず、代わりに何たらの地図という簡潔な説明文がはめ込まれていた。


 これでは何も分からん。


 とはいえ、考えてみれば当然のことだろう。

 いくらカメラが無い世界とはいえ、目的地までの大体の距離と方角さえ分かれば用済みな場合もあるはずだ。


 もし覚えられてしまったらひとたまりもないだろうし、そうなれば商売どころではない。

 なにせ地図そのものが大事な商品なのだ。


 まぁ、おそらくその情報の繊細さから販売方式がこうなっているのは理解できる。しかし俺としては少々、いや相当に困惑してしまっている。


 地図といってもどの程度のどんなレベルの内容かが分からないと買う時の不安がぬぐえない。商品の情報量としては現状ゼロに限りなく近いのではないか。ましてや大金を払うのだからなおさらそう思う。


 そして価格は全体的に高い。


 だが、一つだけ例外がある。

 それはここサンローゼ中心部の地図だ。


 ギルド会館を起点に市場や主要な店をカバーしたものらしく、それが本当なら有用に違いない。それでも数千円程度する買い物になる。


 目的の魔法習得が絡む地図は一番安いものであっても5千クランが必要だ。日本円で約5万円、それも金貨払いと言えば価格帯が分かるだろう。


 その5千クランの地図で何が分かるかと言えば、日常火焔魔法が習得できる石碑の位置だ。俺にはもう必要のない情報で、しかも基礎中の基礎ともいえる位の内容だがその価格。そもそも冒険者どころか子供でも知っている位の内容だから、一体どの手の人間が求めているのか分からないほどだ。


 とりあえず一通り地図の内容を吟味し、俺の究極の目標ともいえる空間魔法が習得できる唯一の地図を買うことにした。というより、消去法でそれしかないのだが……。


 結局のところ、最上位の地図を購入することになり、そのお値段はしめて10万クラン。約100万円と超が付くほど高額だ。しかし、放水魔法その他も習得できる場所が分かるとなれば価値がある。


「あっ、すいませーん。これについて伺いたいのですが?」

 そういって店の主人に話しかけた。『地図屋』の印象とは似つかわしくないほどガタイがよい男だ。見るからに強い(確信)。


 確かに扱っている高価な品々から見ても、容易に強奪や脅迫が通用しそうな人間が務まるような商売ではなさそうだ。


「兄ちゃん。若いな。こんな高いものを買いにきたのか?」


「あぁ。空間魔法に興味があってな。これがどういう地図なのか聞きたいと思ったんだが……」

 価格帯はアレだが、ゴツい店員の見た目を踏まえると、適切な言葉遣いとしてはこの辺りが妥当か。よく分からん。


「ま、そんなところだろうな。だが、知っての通り、空間魔法は鬼門だぞ。地図を買えば取得できる場所は間違いなく分かるだろう。それは俺が保証する。なにせ、一番近い場所はちょっとした街の真ん中にあるからな。見落としようがないはずだ。ただ問題は習得できるかどうかだな。先に言ってしまうと、かなり厳しいと言わざるを得ないぞ」


 「えっ! それはどういう……?」


 「えっとだな。そこの街の石碑はうわさ話では習得できるとなっているが、実際のところ、空間魔法を手に入れた奴の話は聞かないくらいだ。むろん、他にもう一ヵ所だけ地図に載っている場所まで行ければ習得は可能だが、いかんせん場所がめちゃくちゃ遠い。この大陸の外れも外れだ。まぁ、行くとすればそこしかない訳だが。本当に行くかどうかはお前さん次第だな」


 うーむ。良くないようで良い話のような気がするぞ。その近場の石碑とやらもルーン文字のような解読できないとされている言語で書かれているものかもしれないが、それなら俺にとってはまったく問題ではない。


「そうだな。その感じなら、まず近場の石碑を見てから決める感じになるな。あと、電撃魔法やらの場所も載っているのが重要なんだ」


「なるほど。兄ちゃんは電撃魔法の場所も知りたいのか。だったらお墨付きだぞ、これは!」


 結局、その高級な地図を買うことに決めた。

 約100万円と言っても俺はもはや小金持ちの領域にある。


 流石に、はした金とは言わないまでも、即時即断でそのレベルの買い物ができる位の金が手元にあった。


 この地図には他の魔法の石碑もきちんと描かれており、案外、お買い得かもしれない。


 言わずもがな、もちろんこの地図はコピーガード機能がしっかりしている。

 俺が以前、ノエル姉妹の里で行ったように、他人に決して見られないよう加工済みの地図を渡された。専用の特殊な紙に魔石粉を散布したもので、購入した現時点をもって効果を発動させたばかり。


 特別な処理をしたのはこのゴツいおっさんではない。

 その工程だけ、奥から凄そうな女店員が出てきて、何やら難しそうな儀式のようなことをしてくれた。これで何はともあれ、正式に地図が見れるようになった。


 いくら他人が見ることが不可能とはいえ、まだ客がいる店内で高額なものをジロジロ見る訳にもいかないので、そそくさと店を後にした。


 もちろん盗難されてしまっては元も子もない。他人が確認できないだけでなく、買った本人でさえ模写ができないのだから。


 そして、唯一無二の大切な地図を無くさず汚さずきちんと管理しなければならないのは言うまでもない。


 とりあえずは何とか欲しい情報が手に入ったことを素直に喜ぼう。


 果たして最初に目指すべき場所はどこになるのだろうか?


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