第46話 やはりお礼をしないのは間違っている


 気が付くと朝になっていた。


 秘伝のお酒を出されたせいで、ついつい酔っぱらってしまっていたようだ。しかし何はともあれ、きちんとした格好で寝室に横たわっている。


 そうだ、いかんいかん。


「鑑定!」


 寝起き直後だが、まずこれをしなければならない。なにせ昨晩は石板を見ている途中で夕食となり、とてもじゃないが、落ち着いてスキルを確認する余裕などなかったからだ。


「んなっ!!」


 表示されたステータスを見て、期せずして驚きの声が出てしまった。

 そして二度見する。


 ゴシゴシゴシ。思わず目をこする。


 あれっ?

 ちょっと待てよ。


 俺のステータスはこうだ。


 --

 名前:サイ

 種族:ヒューマ

 職業:冒険者(Fランク・ノービス)

 HP:551 / 551

 MP:765 / 765

 魔法:戦闘火焔魔法(超級)、日常火焔魔法(超級)

 スキル:身体強化、鑑定、魔力覚醒

 特記事項:状態異常(迷い人)

 --


 確か、シルバーメタル・アリゲーターを倒した時点でMPは400いかなかったはず。


 となると、概ね魔法力が倍になっている計算だ。

 そうか、これがもしかしなくても魔力覚醒の威力なのかもしれない。


 まだ新スキルについて何も知らないに等しい段階だが、これまでの経験上、有益なものになってくれるに違いない。


 それにしても、おぉー。新スキル【魔力覚醒】。

 確かに加わっている。

 新スキル、ゲットだぜ!


 このステータスに表示される4文字を得るためにここまで頑張ったのだ。やはりスキルが増えていくのを見るのは爽快な気分になる。これまでの苦労が報われる醍醐味の瞬間だ。


 やりたくもない対人戦をやった分だけ、充実感が素晴らしい。


 前職、いや俺は『一応』今でも現役のプログラマーなんだが、仕事中にこれだけの満足感を得られた試しがない。


 なにせ無能なゆえに問題は頻発し、結局、代わりの派遣と首が挿げ替えられることも多々あった。そのため、表向き首になることは無かったとはいえ、いつも頭を下げていた記憶しかない。


 元々、まともにプログラマーとしての教育を受けた訳でもなく、実践で無理やり鍛えるという会社の放置プレイな指導方針だったから、この程度のレベルになるのはしごく当然のことだ。そうは言ってもトラブルの最前線に立たされるのは常に俺だった。


 そんな生活に辟易していたところに、頑張れば報われる世界が現れたのはまさに僥倖といってよい。


 さて、この魔力覚醒によって自分はどう変わったのだろうか?


 もちろん今すぐにでも魔法の威力を試したいところだが、この場ではそうもいかない。少なくとも里を離れるまでは何もしない方がいい。


 興奮冷めやらぬ内に居間でオオババ様を交えて皆で朝食を頂き、ノエルとユエに改めて里を案内してもらう。


 日が照っている時の里の風景は夜とは全然異なっていた。


 なんと美しい。


 一切舗装などはされていない道。

 粗末だが清潔感のある木造建築物の数々。

 そんな家々の脇には果樹が植えられ、色とりどりの果実がたわわになっている。


 まさに平和そのもの。


 ただし、出入口の厳重な検問と里をぐるりと取り囲む立派な塀を見ない限り……。


 オオババ様の家まで戻ってくると、皆どこかへ消えてしまっていた。それぞれ仕事があるのだろう。そして居間には我々を除いて人っ子一人いない。これはチャンスだ。


「ちょいと、二人に話があるんだけど……」

 俺はそう切り出した。


「これを見てほしいんだ」

 そう言いながら、自分の胸元から魔法陣が書かれた紙を取り出した。

 この紙には魔法陣が描かれている。厳密には俺が描き写したもの。


 そう、これは俺が遺物のパズルを解いて獲得した身体強化スキルを習得できる魔法陣なのだ。


「この紙がどうかしたの?」


「わー、魔法陣だ。きれい!」


 あれ、おかしいな。特に何も起きていないようだ。そんなはずは……。


 いや、もしかしたら、どこか写し間違えていたのかもしれない。それとも魔法陣が描かれていた素材が鍵だったりするのだろうか?


 仕方ないが、ダメ元で訊いてみよう。

「すまないが、ちょっとステータスを確認してもらえるか?」


「いいわよ!」


「ステータス・オープン!」

「ステータス・オープン」


 ノエルは力強く、ユエは静かにそう唱えた。


「えっ!!」

「これって!」


 やっぱり、そうだったか。

 俺の場合はスキルや魔法を習得した際には頭の中に音が響いて習得できたことが分かるが、どうやら普通はそうならないようだ。


「ちょっと、サイ! なんかスキルが増えているんだけど!!」


「身体強化のスキル?」


「実はこの魔法陣を見ることで、身体強化スキルが習得できるんだが、本当に他人でも効果があるのか不安だったんだ。どうやら問題なかったようで何より」


「いいえ、問題は大ありよ、サイ。こんな紙、あまりにも危険すぎるわ。命が危ないくらい」


「石板じゃなくてもスキルって獲得できるんだね~」


「その心配には及ばないぞ」


 そう言って俺は、この魔法陣が描かれた紙について簡潔に説明した。


 まず、この紙に使ったインクは特別仕様だ。

 書かれた文字や絵は一カ月で消えてしまう。


 計算上、あと十日もすれば完全に消えてしまうだろう。しかしそれだけでは消える前に模写されてしまう恐れが残っている。


 もちろんそれも対策済み。

 わざわざ超高級な秘密保持の紙を使っている。


 この紙は魔力を使った特殊な認識阻害の効果があり、内容を複製したり他人に話すなどが出来ない仕様だ。既に『魔石粉』を振りかけてあるので効力を発揮しているはずだ。


 魔石粉とは魔石を切ったり磨いたりした際に生じる粉のこと。いかんせん粉なので価値は低いが元は魔石なので魔力を秘めている。そんな訳でこういう使い道が残されている。


 以上の二重の対策により、現在お世話になっている里の人々はこのスキルを習得できるが、それも“現時点で”という期間限定の話だ。仮に紙が盗まれてしまってもほとんど心配しなくてもいいレベルだろう。


 ちなみに俺は先日、木製のパズルを解いてこのスキルを習得したが、そのパズルはというと完全に解体し、一部を抜いて魔法陣が再現できないようにしてある。


 その大部分は宿の部屋の中で保管している。残りのピースはというと、油紙に包んだうえで木箱に入れ、近くの山に埋めてしまった。


 この魔法陣自体、習得済みの俺にとって基本的には用済みだ。しかし何かしら使い道があると思い、緊急の用途で胸の内ポケットにこの紙を仕込んでいた。これが今回、見事に役に立ってくれた。


「スキルがきちんと機能しているか見たいんだが、適当に動いてもらえるか?」

 二人とも戦いのポーズを構えて、動き出した瞬間、超人離れした動きを見せた。素人目に見ても達人の領域に達している。目をぱちくりさせながら、『信じられない』といった顔をしている。


「えっ!? 今のが私の動き?」


「びっくりしたわ! まるで自分じゃないみたい」


 それはそうだろう。新たな自分に生まれ変わったのだから。


 まぁ、これはささやかながら俺からの礼だ。身体強化スキルは今後、冒険者をやっていくうえで重宝するスキルになるに違いない。


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