第44話 ラートからは剣戟の嵐はこう見えた
「一体なんなんだ、コイツは」
それがまさしくラートが目にしたサイの第一印象だった。
頼りなさ気な貧相な体格。
さえない顔つき。
訊くと、ノエルとユエの命の恩人で、あの『シルバーメタル・アリゲーター』をたった一人で火焔魔法を使って葬り去ったとか。
それに何だ、酒場で相手の武器をステーキナイフで破壊だとぉ。
ありえない。
いや、きっと嘘に決まっている。
二人ともこの男に騙されているに違いない。
そして心の隙を突いて姉妹に取り込み、あまつさえ里の宝を見にわざわざやってきた。
我慢ならん。
ましてやオレの大事な姉妹をたぶらかすとは。
到底、許せる訳がない。
こんな怪しい男、迷うことなく追放してしまわなければ。
そんな俺の考えに反して、なぜかオオババを始め、物腰柔らかなこの男をいたく信頼しているようだ。意味が分からない。こんな奴、きっと何か裏があるに決まっている。
前に里の大事な石碑を盗まれてしまったことをもう忘れてしまったのか?
ここは俺だけでも大事な家宝を守らなければならない。
そうだ、模擬戦だ。
オレはそう提案した。
それで勝てばこの男とは永遠におさらばできる。そうなれば、里の平和と姉妹を守れる。
幸い、ギラルドが賛成してくれて、この流れが大きく変わった。
あとはオレがきっちり完勝して、この得体の知れない男を里から追い出すまでだ。
猫族は俊敏な動きが得意。
体力もある。
こと格闘戦においてヒューマに後れを取ることはまずない。
というか、あってはならない。
こいつの吠え面を早く拝みたいものだぜ。
しかしいざ模擬戦が始まってみると、こいつはとんだ食わせ物だ。
正々堂々と真っ向勝負をせずに、不意打ちに近い曲がった戦い方をしてきやがる。
だが、なにも相手に合わせる必要はない。
こっちは里の名誉のため、あくまでも真正面から勝負してやる。
「こいつ、強えぇ」
おっと、思わず小声が漏れてしまった。
思ったよりやるな、ヒューマのくせに。
俊敏さや腕力共に里の大人と大差ない。
これは一体どういうことだ?
明らかに体格と動きが合っていない。
さっきからちょいちょい変な小技を使われているようだ。
足を引っかけられたり、腕をつかまれたり、いいように弄ばれてしまっている。
「なっ!」
気が付くと、俺は地面に顔を打ち付けていた。
何が起きたのか全く訳が分からん。
確かに顔面めがけて剣を打ち込んだはずだが……。
こんな戦い方は聞いたことがないぞ。
どうやら戦いを長引かせるのは危険だ。
オレは勝負を決めようと全力で相手の懐に向かって飛び込んでいった。
するとどうだ。
何とコイツは剣を放り投げるという『あり得ない』行動をしやがった。
あまりにも想定外の行為だったから、俺の目は思わず放物線を描く木剣を追いかけていた。
その際、あろうことかさっきまで追っていた男の存在は頭からすっかり消えてしまっていた。すると次の瞬間、腹に衝撃を受け、オレは負けていた。
完膚なきまでの敗北。
そう呼称するのが相応しいほどの負けっぷりだった。
どうやらオレは大事なことを忘れていたようだ。
スマートな勝ち方に拘りすぎて、肝心の『勝つ』という目的がおろそかになっていた。
逆にあの男、サイは泥臭い勝負をした。
そうか、これが負けるということか。
里では大の大人相手に互角で対峙してきたオレだが、世界は広いということだな。
肉体だけでなく精神的にも強くなる必要性をこうして悟ったラートだった。
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