第25話 闘い方は数あれど、いざ実際に取れる選択肢は限られる


 俺のファイアー・ボールでは大してダメージが通らなかったはずだが、巨大ワニを怒らせるのには十分だった様子。


 こっちに頭を向けて、完全にロックオンされてしまった。しかし巨大ワニは余裕をかましているのか、のっそり尾を振りながらゆっくりと向かってくる。途中、振りかざした尾で木が何本もなぎ倒されたり、吹き飛んでいったりした。これは尾の動きにもかなり注意しなければ。


 それにしても、肉食恐竜のような鋭く大きな歯の生えた頭も怖いが、とりあえず火や毒を放ったりはしないようだ。不幸中の幸いかもしれない。


 今はとにかくワニが妹の方へ向かうのだけは阻止しよう。

 まずは、さりげなく横に移動だ。


 完全にワニの意識が俺に向いているので造作もなかった。


 しかし問題はあの怪物をどうやって倒すかだ。おそらく先ほどの戦闘火焔魔法をいくら放ったところで勝ち目はない。どうあがいても倒せないだろう。


 いや、まてよ。


 戦闘火焔魔法は具体的なイメージで具現化できる。ということは、より強そうな火球を想像すれば何とかなるかもしれない。


 威力を上げるには、普通に考えれば、大きくするか、密度を上げて高温にするか、数を多くするか、連射するかの4択だろう。


 だが、おそらく直径2メートルの火球を出しても弾かれてしまう可能性は高い。

 ちなみにスピードは既に現時点で出せる限界に近い。


 この感じだといくら普通の火球を放ったところで通らないだろう。


 となると、残るは密度か……。


 獣人の女の子は俺ほどではないが、それなりの火球を出して応戦してくれている。しかしそろそろ限界そうだ。


 早く何とかせねば。

 せめて逃げられる程度には弱らせたい。


 その瞬間、閃いた!


 勝ったな。

 そう確信した。


 これまで俺が使ったファイアー・ボールはオレンジ色の炎だった。


 それはアニメの見すぎでそういうイメージが固定されていたのもあるが、ギルドの登録試験や今の獣人が使っている火焔魔法もまさしく俺と似たような炎タイプのように思えた。


 しかし、実は温度が高い炎はオレンジではなく、確か青色だったはず。

 金属を溶かすガスバーナーの色を不意に思い出したのだ。


 よし、それを試してみるか。


 ガスバーナーの燃焼の意識をすることで火力を上げ、高温で密度の高そうな青い火の玉をイメージする。


 いつもより手が熱い。

 これは上手く出そうだ。


――――バシュッ。ギュギュッ。シュパッー!


 青いファイアー・ボールは豪速で手の平から飛び出し、巨大ワニに直撃した。しかし、鱗を線状に剥がしながらも、やはり先ほどのものと同様に軌道が逸れて大気中に消えた。


 おしいっ!


 倒せなかったのは悔しいが、自身の考え方の方向性は間違っていなかった。

 そのため、命の危険があるにもかかわらず、安堵しかけている自分がそこにいた。


 いや、安心するのはまだ早い。

 とはいえ、勝てそうな予感が確信に変わった。


 しかし、今の予想外の一撃を食らった巨大ワニが暴れだし、猛烈な勢いで尾を振りながら俺に向かって迫ってくる。


 とりあえず、身体強化のスキルで何とかするしかない。


 スキルごときで防御が通るとは思えず、ひたすら飛んでくる尾の攻撃や木々を避ける、避ける、避ける……。


 それしかできない。

 完全に防戦一方。


 つい先ほどまでの威勢の良さは完全にどこかへ行ってしまった。


「キャア」

 小さな悲鳴が聞こえる。


 どうやら、一緒に戦ってくれている獣人の女の子の足に、飛んできた木の破片が当たってしまったようだ。


 これは非常によろしくない。




 あぁ、そうだ、分かった。

 弱点は口だ。


 この巨大ワニ、見た目は頑丈だが、口の中までは火を防げないのではないか。


 だとしたら勝機はある。

 それにしてもHPがゴリゴリと削られる感覚がすごい。


 鑑定スキルを使う余裕さえないが、さすがに長期戦にできないのは体感で理解できる。


 そう思った瞬間、


 バシュッ。


 巨大ワニの尾の先端部が左肩をかすった。

 しまった、完全に油断していた。


 少し遅れて、痛みとともに出血が始まった。

 しかもそれなりに血が多い。

 ちょっと先行き不透明感が増してきた。


 しかし、ふと見ると巨大ワニの口が半開きになったのが目に入った。

 これはチャンスだ。


 さっきから注意深く観察していたが、これまでほとんど口を閉じていて、口の中にファイアー・ボールを放り込む隙などほとんど無さそうだった。


 だが、今だけは別だ。


 ボシュッーー。バキバキッ。ジュー。


 俺特製、高火力のブルー・ファイアー・ボール(仮)は見事に口に直撃したのはいいが、歯を何本か折り、口の中を少しだけ焦がしたような音がして終わった。


 現実は、やはりそう甘くはなかった。


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