寄双葉のよりみち
Mk.00
1.私のモーニングルーティン
「――――うう・・さむぅ・・・」
時期は梅雨入りしたばかりの6月中旬。私の深くない眠りはその寒さに意識を無理やり引っ張られ、季節外れなことをうつらうつらと呟く。
その寒さの原因は風呂上がりに火照った身体を冷ますために電源を入れ、寝る前に消し忘れた扇風機によるものだと思った。もちろんそれも正解ではあるが、原因はもう一つある。鉛のように重い瞼を十分の一ほど開け、枕元にあるスマホの時計を確認すると現在時刻は午前4時27分。
「まだ全然じゃんよぉ…―――」
日も昇りきっていないのだから寒くて当然である。なんならスマホの充電も100%になっていない。目覚ましのアラームが鳴るまで1時間半もある。
それから私はウトウトしながらも寝付けぬままアラームが鳴るまでの1時間半、ベットの上で夢と現実の間をフラフラと彷徨っていった。
アラームに再び意識を戻され、私は岩のように固まった身体を無理矢理引き起こし、出社の準備をする。顔を洗い、髪を適当に梳かす。出社用に作業着店でまとめ買いした化繊のTシャツと余所行きっぽい綿パンに着替える。朝食にはインスタントコーヒーと8枚切り98円の食パン1枚。スマホの動画サイトでニュースを確認しつつ、薄い食パンをそのままかじりただ苦いだけの液体で流し込む。
朝食を終え、出社用の大きなトートバッグに仕事の荷物を詰める。荷物といっても、スマホと財布と社員証くらいなもので大きなトートバッグはいつもスカスカだ。入社したばかりの頃はいっちょ前に小綺麗なリングノートやら文具セットを入れていたはずだが。
スカスカのトートバッグを肩にかけ、冷蔵庫のマグネットフックにぶら下がった自宅の鍵を取り、出社用の靴に足を入れる。ドアノブをひねりスチール製の少し重いドアを開け外に出る。空は曇天。出勤のため駅へと足を運ぶ。
これが私、
別に会社がブラックなわけではない。安定の大手メーカー系での専門職採用。完全週休二日制で毎週土日は休み。間接部署で残業はほぼゼロ。専門卒なので大卒より給与は低いが各種手当のおかげで衣食住最低限の生活を送れている。業務内容は花形の研究開発。世の中のブラック企業とは正反対の会社、いわゆるホワイト企業だ。
ではなぜこんな疲れているのか。それが私自身にもわからない。特別体力の必要な仕事でもない。毎日定時で帰ることが出来て、十分睡眠もとれている。
ただ、最近通勤電車に乗ってからから終業のチャイムを聞くまで何をしていたのか全く記憶にない。家に帰ってからも夕食と風呂の時間以外何をしていたのか思い出せない。スマホをただ意味もなく触っていた気がする。毎週やってくる土日休みも何もせず気が付くともう日曜の夜になっていてそのまま夕飯を済ませ眠りにつく。
そんなことを通勤途中、駅のホームで電車を待っている時に毎朝頭の中を巡らせ、理由のわからない疲れがまた私の身に覆いかぶさってくる。毎日これを繰り返し、疲れは私の体を何層にも覆っていた。もう疲れの十二単みたいなもんである。いや2か月毎日なので12枚どころではないのだが。
つまらん冗談を心の中で呟いていると、いつもの電車がやってきた。電車は自分がいるホームへ進入してくる。私は電車に乗ろうと左足を前に踏み出す。
(今日もいつもと同じ…)
沈み遠のいていく意識にいつも通り身を任そうとした時、何か張り詰めた糸のようなものがブツリと切れる音がした。それと同時に進む両足が軽くなる。この感覚は出社初日以来ではなかろうか。今日はいつもと違う一日になるかもしれない。今まで感じたことの無かった感情は私の背中を押し、右足はホームを蹴る。私は電車の前に飛び出した。電車の前に?飛び出した?
乗ったはずの電車は私の目の前にいた。その直後、視界は赤黒く染まり、意識は再び深く沈んでゆく。
「私、何してんだろ…何がしたかったんだろう…」
後悔だけが私の中に残った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます