第108話 不思議な来訪者

王女様の校門事件から数日が経ったある日。


俺の元に不思議な来客がやってきた。


レイカから知らせがあったわけでも、ツキの友人と言うわけではない。


タワーマンションの上層階の俺の部屋。

決して普通の人が踏み入れる場所ではない。


それはセキュリティーだけでなく、常識的に考えて登ってきて侵入することなど不可能な高さだからでもある。


「お邪魔します」


そう、不思議な来訪者は音もなく窓を開いて目の前に現れた。


「……君は?」


人は驚くて案外冷静になるものだ。


「私はシャドー。【邪神様】を陰から支える者」


暗部の人かな?でも、こんな綺麗な人がいるのかな?

白い肌は外国の方だと一目で分かるほど綺麗で。

目鼻立ちのハッキリした顔。

薄い紫色の髪をボブカットに切りそろえられ。

紅い瞳は吸い込まれそうな怪しさを持つ。


今が10月だからこそ仮装パーティーをしているヴァンパイアのコスプレイヤーだと言われても納得してしまう完成度を持つ。


「レイカのところの人なのか?」


暗部の人ならレイカの名前は理解できるはずだ。


「東堂家の人間ではない」


レイカとは関係ない?一気に警戒心が高まり俺は席を立って身構える。


「警戒はいらない。私はあなたの下僕」


下僕だと宣言した彼女は両手を広げて地に手を付ける。



「俺に危害を加える気はないんだな?」

「ない」

「シャドー……影か……それで?君の目的はなんだ?」

「依頼を受けに来た」

「依頼?」


唐突な来訪……意味のわからない会話。

正直、状況についていけない


「……君は何をしている人で、なんの依頼をすればいいんだ?」


王女様に続いて、最近はおかしな人が回りをうろついている。

彼女もその一人だと思えば話が出来るかどうかが疑問になる。


「私の仕事はヒットマン」

「ヒットマン?って、確か殺し屋?君、殺し屋なのか?!」

「そう。私は殺し屋。人を殺す」


一気に背中に寒気を覚える。

それは今まで自分お周りには居なかった人種。

人の命を奪ったことのある人。


「恐い?」


暗い部屋の中、光が反射していない瞳は無機質で恐い!

緊張から唾を飲み込む。


「私の目が恐い?なら、この目を」


彼女はためらいなく目を潰そうとする。

俺はとっさに手を伸ばして彼女の腕を掴んだ。


「何をするつもりだった?」

「目を潰そうと」

「そんなこと!」

「あなたが私の目を恐いと思うなら、こんな目はいらない」


彼女は本気だ。本気で俺が彼女を恐いと思うだけで自分の目を潰そうとした。

彼女はそういう世界で生きていた人なんだ。


「そんなことはしなくていい。ハァ~俺は君のことが理解できない。君が言うことはわからないことだらけだ」


腕を放して椅子へと座り直す。

頭を抱える俺に彼女がそっと屈んで手を俺の太ももへと置いた。


「心労をかけてしまった?」


近くで見れば、その美しさは妖しく。

見上げる仕草は、上目遣いでなんとも魅力的に見える。


「そうだな。俺は君とは住む世界が違う。君のことが何もわからなくて、君が言っていた依頼を受けるという意味がわからない」


「うん。ちゃんと説明する」


彼女はそっと俺から離れる。


「今、【邪神様】は世界中から狙われている」

「だっそうだな」

「知ってたの?」

「まぁな。東堂家の暗部に守ってもらっている」

「うん。でも、危ない人たちが動こうとしている」

「危ない人たち?君はそれを阻止するために依頼を受けたいと?」

「そう」


殺し屋である彼女がどうして、わざわざ依頼を受けに来てくれたのか?狙われていることを教えてくれるだけでも不思議なことなのに疑問が尽きない。


「それは何故だ?どうして【邪神様】のために阻止しようとする?それに俺を【邪神様】だと突き止めているように聞こえるが」

「……【邪神様】は私の神。そして、たくさん調べてあなたが【邪神様】であることを突き止めた。それからは影ながら動いていたけど……限界が近い」

「影ながら?まさか人殺しを?」

「この国に来てからは誰も殺してない。ただ、殺さないとあなたを守れない。だから依頼してほしい」

「依頼をしなければ殺しをしないと?」

「そう」


彼女には彼女のポリシーがあるということだろう。

そして、彼女の殺しはあくまで仕事……


「わかった。依頼する。もう殺し屋やめてくれ」

「それじゃあなたを【邪神様】を守れない!」

「う~ん。【邪神様】を守りたいって気持ちがあるんだよな?」

「そう」


しばし考える。

彼女はプロのヒットマンだ。

だけど、いつどこで誰を殺したのか……それはわからない。


ただ、このタワーマンションの俺の部屋に侵入出来て居るだけでただものじゃない。

ならば、殺し以外の方法で守ってもらえば良い。


「殺し屋をやめて、東堂家の暗部として俺を守るっていうのはどうだ?」

「……あなたがそれを望むなら」

「俺が望むって言うか……殺さないと守れないって思っているのか?」

「私はそうやって生きてきた。そして、あなたを狙う人たちもその世界のプロ」


きっと彼女がここに来てのは、本当に俺のためで……彼女が生きる世界では当たり前のことなんだろう。

俺自身が何一つ理解できないとしても……そういう世界は存在する。


彼女を野放しにしていいのか分からない。


「わかった。依頼する」

「受理。それで【待て!】は」

「依頼するのは殺しの依頼じゃない。俺の専属ボディーガードとして、俺の側にいろ」

「えっ?」

「いつもはタエにボディーガードをしてもらってるけど。

タエは裏のことには疎いだろうから。専門家としてアドバイスをしてくれないか?」


俺から出来る譲歩はここが限界だ。


「側にいていいの?」

「ああ。ほったらかしにすると何するかわからないからな」

「……ありがとう……いる」


彼女はそれまでの無表情な顔がウソのように涙を流して喜んだ。


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