side《邪神様》の信者 桃 ー 2

《最上照美》



 私にとって初めての彼氏との旅行は楽しいことばかりでした。


 高級旅館に泊まり、鎌倉、江ノ電、江ノ島と楽しい時間が続く観光。


 それもヨル君と旅行に行けるなんて幸せ以外の何物でもありません。



 多少、ハプニングはありましたが、箱根まではスムーズな旅行が続いて本当に楽しかったです。



 それなのに、箱根駅伝が始まりランさんがスタートすると……ヨル君の周りに大量の女性達が集まり始めました。


 それもヨル君を警護していたツキちゃん。タエさん。SPさんたちを引き離すように集まり始める女性達。



 私とハルミちゃんは渋滞が予測されていたので少し離れた車の中でした。



 ツキちゃんから電話がかかってきて、最初は抜け出そうとしていたヨル君でしたが、一人の女性がヨル君に近づいて何か言葉をかけると、ヨル君は意識を失って女性に倒れ込んだそうです。



 そのまま女性と集まっていた人々はヨル君を連れてどこかにいってしまいました。



 衝撃に何が起きているのかわかりませんでした。

 横で聞いていたハルミちゃんは……



「お姉ちゃん!ヨル君が誘拐されたの??」



 ハルミちゃんの言葉で私は意識を覚醒させます。


 私は車を飛び出してヨル君の元へ向かおうとしました。

 人の波は激しく近寄ることすらできません。



「お姉ちゃんダメだよ。全然近づけない」



 私は頭を切り換えることにしました。


 私よりもツキちゃんやタエさんの方がヨル君に近い。


 それに自分がヨル君の救出に向かっても、力及ばない恐れがある。



 それならば自分に出来ることをしなければならない。



「ハルミちゃん。車に行きましょう」


「えっ?ヨル君はいいの?」


「いいわけではありません!」



 感情的な声が漏れてしまう。



「ごめんんさない。いいわけは無いんです。

 ですが、今の私たちが駆けつけても力にはなれません。

 でしたら、自分たちに出来ることをしましょう」


「私たちに出来ること?」



 そうです。私は急いで車に戻り、スマホでレイカ会長に連絡を取りました。

 何度電話をかけても繋がらない。


 年末年始の行事があると言っていました。


 ですが、こんなときに頼りに出来るのはレイカ様しかいません。


 ツユちゃんも同じ場所に行っているはずです。

 私はツユちゃんにも連絡を送りました。

 キヨエさんにも連絡をして、三人からの連絡を待つことにしました。



 それから、警察に連絡して事情を話しました。



 ツキちゃんはお母様に連絡を入れると行っていたので、この現状を知らないランさんに知らせるために私たちは四区のゴールへ向かいます。



「ランさん。ごめんなさい。ヨル君はここにいません」



「えっ?」



 ゴールしたばかりのランさんへ事情を話すのは酷に思えた。


 それでも私は言わなければならない。



「ヨル君は……誘拐されました」


「……えっ?」



 ランさんは事情が飲み込めずにしばし固まる。



「誘拐?」


「はい。人ごみに紛れた者達が護衛をしていたタエさん、ツキちゃん、SPを分裂させて、ヨル君を」



 力が抜け落ちたようにランさんが座り込む。



「どっどうして?ヨルが誘拐されるの?確かにヨルは素敵な男性だけど。

 誘拐なんて、こんなご時世でそんなことすればすぐにバレてとんでもないことになるじゃない」



「すみません。私達も状況は詳しくわかりません。

 車の渋滞が予測されたので私達は別の車両でこちらに来ました。

 ヨル君たちとは別々で、私達も先ほどツキちゃんから連絡が来て知ったんです」



「さっ探しにいかなきゃ」



 ランさんが混乱したまま立ち上がろうとする。



「すでに、神奈川県警には連絡を入れています。

 ヨル君のお母様には、身代金などの交渉がないか自宅待機もしてもらっています。

 ヨル君のスマホは誘拐される際に落としたようで発見されました。

 ヨル君自身が持っていないのでGPSも感知できません。

 東堂家の力をお借りするためにレイカさんには連絡を取っていますが、未だに繋がっておりません」




 私は現状を説明しながら、つい掴んでいたランの腕に力を入れてしまう。



「ごっごめんなさい。テルミさんに全て任せてしまって」


「いえ、ヨル君を絶対に取り戻します。ご協力お願いします」


「もちろん!」



 みんな出来ることをしている。


 私もヨルを救い出すために動かなければならない。


 グッと奥歯を噛みしめる。



「テルミさん。ありがとう。ヨルのために迅速に動いてくれて。私のためにここで待っていくれて」



 冷静さを取り戻したランさんは優しく私を抱きしめてくれました。


 走った後だというのに甘くて良い匂いがしました。



 ランさんや他の彼女たちと合流した私たちは、連絡を待つために旅館へと移動しました。


 闇雲に探し回ったとしても土地勘のない私たちではどうすることもできません。


 迷子になっている間に救出されてしまうかもしれない。


 そう思うと連絡を待つことしか出来なかったのです。


 その日は眠ることができませんでした。



 男性であるヨル君です。

 どんなヒドイことをされているのか考えると、不安不安で……一日が過ぎても連絡は来ず、二日目の昼過ぎになってやっとキヨエさんとツユちゃんから連絡が来ました。



「ヨル君の場所が特定できました!」



 旅館で待機していた彼女たちは私の言葉で一斉に青ざめていた顔に赤みを帯びます。



「どこに!?どこにいるのですか兄さんは?」


「湘南の廃ホテルだそうです」


「湘南?どれくらいかかるの?」



 ランさんに質問に経路案内を出すと一時間ほどの距離と出てきた。



「すぐに行きましょう!」


「レイカさんが特殊部隊を派遣してくれているみたいです」


「兄さんの危機です。絶対に向かいます」



 ランさん、ツキちゃんは元気に返事をして、タエさんだけは声を上げないまま決意のこもった顔をしていた。



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