side《邪神様》の信者 金 ー 3

《東堂麗華》



 母に是人と別れ、ヨルとの付き合いを話した私は、年越しの挨拶も一通り済ませた。そのため退屈な時間を過ごしていた。

 穏便に母が認めてくれるのであれば、是人とは静かにお別れしようと思っている。



 今頃、ヨルやテルミちゃんは観光をしているのろうか?

 不自由がないように旅館や車SPも付けてはいるが、それでもヨルに絡んでくる女はいるだろう。



 ツキさんやタエさんがいれば問題ないと思うが、自分が側にいないということで不安に思ってしまう。



「ふぅ~これほどまでに男性のことが頭から離れなくなるなど思いもしませんでしたね」



 自然に溜息が漏れ出てしまう。



 日本有数の名家の一つの息女として生を受けて、これまで多くのことを学んできた自分が一人の男性を想って溜息する日が来ようとはまったく思いもしなかった。



 この場では唯一の理解者であるツユちゃんと話でもしようと思い、部屋を出たところでツユちゃんがこちらに向かってくる姿が見えた。



「あら、ツユちゃん。丁度、そちらに向かおうと思っていたのよ」


「お姉様!のんびりしている場合ではありません」


「そんなに慌ててどうしたの?」



 あまり感情を表に出すタイプではないツユちゃんが慌てているのは珍しい。



「よっヨルが誘拐された!」


「えっ?」


「今、連絡が来て。ヨルが誘拐されたって。ランさんの駅伝スタートと同時に騒ぎがあって、ヨルから護衛が引き離されている間にヨルが襲われて誘拐されたって」



 慌てるツユちゃんは何度も誘拐と口にする。



「落ち着きなさい。ツユちゃん」



 私は自分が思っているよりも、強く冷たい声が出る。


 それに対してツユちゃんの身体がビクッと震える。



「少し部屋に戻るわね。

 それから、私たちはこの国の頂点に立つ者達です。

 慌てる前に出来ることを考えなさい」


「……はい」



 私は部屋に戻って、スマホを手に取る。


 今までヨルへの気持ちを我慢するために触っていなかった。



「100件以上の着信記録に、メッセージは……」



 私は一つ一つメッセージを確認して、ツキちゃん、テルミちゃん、タエさんからの情報をまとめる。



 ・ヨルが誘拐されたのは、箱根駅伝の会場。

 ・時刻は第四区の走者が出発してすぐ。

 ・実行犯は神奈川湘南暴走族。

 ・犯行が行われたのは昨日。



「ヨルを誘拐する理由はたくさん思いつきますが、このタイミングでさらわれたことを考えれば……」



 私はメッセージを送信してから、一人の人物へ電話する。



「もしもし、珍しいなぁ~レイカさんから電話もらうなんて」



 関西弁を話す男の声に今は虫酸が走る。


 今日ほど、この声を嫌いだと思ったことはない。



「単刀直入に申します。ヨルはどこですか?」


「……いきなりやけど。なんのこと?意味がわからへんねんけど」


「私の想い人を誘拐したのは、あなたですよね?」


「ようわからんけど。丁度今、君の部屋の前についたところや入れてもらえるか?」



 扉が開かれ伊集院是人が部屋へと入ってくる。



「レイカさん。明けましておめでとうさん。新年の挨拶も兼ねて、私とあなたの婚約発表をするために義母様に呼ばれてきました」




 私の反発を許さないお母様の行動か?それとも彼の独断なのか……




「そうですか……ですが、すでに婚約はお断りしたと思いますが?」



「あきまへん、あきまへん。ご当主様の決定は絶対や。まだ、当主様やないレイカさんでは婚約破棄を口にしても効力はないよってあきらめてな」



「ヨルはどこ?」


「ハァ~さっきから質問とか、おしつけばっかりやな。

 いい加減にしてくれへんか?あんたは私の妻や。

 他の男のことなんてどうでもええやろ。どうせ今頃他の女の物になっとるわ」



 これまで見たこともない醜悪な笑みを浮かべる是人は勝ち誇った顔をする。


 この男に質問しても仕方ない。


 すでにキヨエさんには連絡を入れて部隊は動かした。


 神奈川から移動させているなら、車の記録が残り、神奈川から出ていないなら、人目にバレずに人を監禁できる。しかし、最近人の出入りが成された痕跡のある場所。



 ヒントを伝えて、キヨエが動けば後は……



「そや、今から義母様に挨拶にいくやけど、一緒に行かへんか?

 ついでにここに集まった各県の代表様たちに挨拶もしたいしな」



「……ええ。いいでしょう。行きましょう」



「なんや急に素直になるやないか。まぁ最初からそうしてれば無駄な犠牲もなかったのにな」



 どこから出したのか扇子で口元を隠した是人と共に母の下へと向かう。



「失礼します。義母様。伊集院是人、ここに参上いたしました」


「入り」



 母の声が聞こえて扉を開けば男衆は誰もおらず、小母様が母の横に立っていた。



「よう来たな。伊集院さん」



 母の圧に多少は臆したのか、一瞬だけ是人の動きが止まる。



「義母様、お初にお目にかかります」


「写真では見てが、平凡な顔。まぁいい。レイカ、これが夫だ。それは変わりない」



 是人のことなど気にしていない母は一度見ただけで興味を失って私を見る。



「話した通りです。私はこの人とは結婚しません」


「まだ、そんな子供のようなことを言っているんか?」



 この間のような怒りではなく。呆れたような口調で話す母。



「いえ、私も感情だけで話すのでは当主様の意向に反してしまうことは理解しています」


「ふむ。それでも、結婚はしないと?」


「はい。もうすぐ逮捕される犯罪者とは結婚できません」



「どういうことだ?」「なっ何言うとるんや?」



 私の発言に母と是人が同時に反応する。



「私も結婚する人の事なので、色々と相手のことを調べさせておりました」


「ほう」



 母はここに来て初めて反応を示した。


 是人は状況の変化に顔色を変える。



「なっ何言うとるんや?さっきから!」



 立ち上がり怒りを表す。



「黙れ!」



 そんな是人に怒気を含んだ母の声が響く。



「ひっ!」



 母の圧によって、へたりこむ情けない男。



「彼の悪行を話していきたいと思います」


「ええよ。聞かせておくれ」



 母の許可を得て、私はおぞましくも本性を現した男の話を始める。

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