二学期編
第44話 気づかれた?
夏の終わり……ツキと二人でいる時間にも随分と慣れてきた。
広いリビングには寝ることも出来るソファーが中央に置かれ、100インチのテレビに、街を見下ろすことが出来る大きな窓。
お金持ちの息子に生まれたことを実感できるスペースは最初こそ落ち着かなかったが、最近は慣れてきて街を見下ろしながら飲む牛乳は最高に美味い。
「兄さん……ちょっと話があるんだけどいい?」
それはいつも通りの日常の何気ない風景でしかない時間。
「どうした?」
黄昏時が、現世とあの世を繋ぐ曖昧なとき。
ツキが突進するように近づいてきて、俺は窓へと押し付けられる。
壁ドンならぬ、窓ドン状態。
「……高校に入る前から、違和感を感じてたの。
私の知っている兄は本当に今の兄なのかなって?
中学時代のお兄は頼りなくて、身体は大きかったけど。私が守らないとダメだって思ってた」
妹とはいえ、美少女であるツキの顔が近い。
しかも、真剣な顔をしているから、整って綺麗な顔は少し怒っているような雰囲気に見える。
「そっそうか?お兄ちゃんはもう大丈夫だぞ。だから、ツキはツキで好きにすればいいよ」
「ううん。そういうことじゃないの。
ねぇ、兄さん……兄さんって本当に私の知っているお兄なの?」
ツキから発せられた言葉に、鈍器で頭を殴られたような衝撃が走る。
今まで、誰にもそんなことを言われたことがない。
それはヨルが中学時代、誰とも話をしていなかったから……妹のツキですらキモイと言われるだけでマトモな会話をしてこなかった。
ユウナやユイさんだって、メッセージのやりとりや一方的に相手が話しているだけだった。
だから、誰にも気づかれないと思っていた。
このまま誰にも気づかれずに、俺はヨルになっていくのだと疑問すらもたなくなっていた。
それなのに、ツキから発せられた言葉にショックを受けてしまう。
いつ?どこで?どうして?なぜ?どうやって?
ツキは俺に気付いたのか?一緒に暮らし始めて半年ほどの時間が経っている。
その間も疑われるようなことはしていない。
多少、身嗜みを整えて運動に力を注いだだけだ。
「どういう意味だ?」
背中に冷たい汗が流れる。
俺が転生者だとバレたらどうなる?
頭をフル回転させて貞操概念逆転世界での、転生者たちがどうなったのか思考を巡らせる。
「ちょっと黙って!」
強い口調で睨まれ、俺を身を固くする。
ツキは不意に俺のシャツへと手を伸ばしてボタンを一つ一つ外していく。
「何を!?」
「うるさい」
全てのボタンが外されて、妹にシャツをめくられる。
何を考えているのか全然わからない。
「顔も、体も、兄で間違いない……」
シャツをまくって脇腹を覗き込んだツキは何かを確認してさらに思考していた。
「脱いで」
「えっ?」
「いいからシャツ脱いで」
「はい」
俺は言われるがままにシャツを脱いでツキに渡す。
ツキは受け取ったシャツを顔に近づけて匂いを嗅ぎだした。
「うん。間違いない。お兄の匂い……でも……ねぇ、兄さん」
「はっはい!」
ツキが怖い!鬼気迫る視線で睨まれる。
「お兄は、兄さん?間違いない?」
怒っているのか、不安に思っているのか、ツキの問いは真実には届いていない。
「ああ、ツキのお兄ちゃんだよ」
ウソはついてない。
俺はヨルで、ヨルは俺で間違いないのだから。
「そう……」
ツキは俺から距離を取り始める。
上半身裸なのでシャツを返してほしいが、ツキは握りしめたまま遠ざかっていく。
「兄さんは、お兄じゃないんだね」
「えっ?」
「私の知っているお兄はね。凄く優しいの。優しくて、気弱で、私に詰められるとオドオドして言葉を発することも出来なくて、ドモッて顔を避けるの……最近は少し明るくなろうと頑張っているから放置してた。
だけど……ずっと違和感があって、この間の温泉で確信したの……お兄は私の知ってるお兄じゃない」
バレた!
温泉で?いやいや、多分ずっと違和感を感じていたんだ。
ツキだけはずっと一緒に暮らしていたから、どんなに離れていたとしても気付いてしまったんだ。
「あなたは誰?私のお兄をどこにやったの?教えなさい!!!」
ツキは俺が来ていたシャツを抱きしめて、ヨルの行方を問いかける。
もう、黙っていることはできない。
貞操概念逆転世界に転生した主人公たちは……
良い展開であれば、性格が変わってしまっただけで優しくなったと言われて、女性たちに家族を含めて主人公を好きだとみんなに言ってもらえる。
悪い展開であれば、魂が入れ替わったら家族ではないと肉奴隷として辱めを受ける。
…………
……………………
うん?それってどっちでもよくね?
いやいやいや、よく考えろ俺。
今の俺にはランさんがいるんだ。
いくらツキが美少女で可愛いと言っても妹に手を出すわけにはいかない。
もちろん、出されるわけにもいかないんだ。
「俺はヨルだよ。ヨルに間違いない。ただ、中学時代は暗黒時代だった。
誰からも相手にされなくて、家族からもキモイって言われて、だから変わろうとしてるんだ!」
いつの間にか口調が荒くなってツキに対して怒鳴っていた。
「……そう……もういい」
ツキはシャツを抱きしめたまま自分の部屋へと戻っていった。
俺は窓にもたれたまま座り込んで息を吐いた。
「いつか……こんな日が来るかもしれないって思ってた。だけど、どうすりゃいいんだよ……」
気持ちの整理ができないまま、俺は顔を上げて窓へ頭を打ち付けた。
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第三章序章です。
IFは楽しんで頂けましたか?
残りの三人も思いついたら投稿していこうと思います。
どうぞ第三章もお付き合いよろしくお願いします。
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