第37話 合宿の思い出

なんだか慌ただしい一日目を終えた男子応援団は、二日目から本格的な合宿活動を開始した。


朝は砂浜でランニングと体操。


森さん、剣さん、専属トレーナーがついての指導は贅沢なことだ。


別荘にはトレーニング器具から道場まで用意されていた。

個々にあった指導をしてくれるので効率のよい体力アップができた。


昼は生徒会メンバーと食事をして、午後からはダンストレーニングとボイストレーニング。


ダンストレーニングはnewtubeを参考に練習を開始した。

それほど難しい振りつけは出来ないので、三人の動きを合わせるように鏡を使ってチェックを行っていく。


ボイストレーニングはテルミ先輩に指導してもらうことになった。


テルミ先輩は、コーラス部所属で部長を務めるほど歌が上手だった。

キヨエ先輩のピアノ伴奏に合わせてテルミ先輩が歌う姿は素敵だった。


生徒会メンバーは、勉強だけでなくそれぞれに特技を持っているそうで。


レイカさんはバイオリン

キヨエさんはピアノ

テルミさんは歌

カホさんはフルート

ハルミさんはギター

倉峰さんはほとんどすべての楽器が出来るそうだ。



「他にも会長は日本舞踊も上手ですよね。キヨエさんは生け花の師範代の資格も持ってましたよね」


「そうですね。私はレイカお嬢様のついでですよ。

お嬢様は、この国で習得できる資格はほとんど習得されています。

あのような態度を取られていますが、実は凄い人なんですよ」



休憩時間の間にお茶とお菓子を食べながら、生徒会メンバーの話を聞く。

改めてレイカ会長のハイスペックなところが披露され、綺麗で凄くて大金持ち。

いったいレイカさんはどんな人なのか、気にならずにはいられない。



「やっぱり凄いんですね」


「ええ。ですが、そのための努力をしてこられた方です。

こういう別荘での療養は、レイカ様にとっては人生の中で本当に少しだけ訪れる安息の時間なのでしょうね」



キヨエさんはレイカさんを心から尊敬しているのだろう。

慈愛に満ちた顔は、心配と同時に信頼が込められているように思えた。



「さぁ夜までミッチリやってくぞ」



午前の体力アップでは苦しんでいたヨウヘーも音楽指導になってからは気力を取り戻して誰よりも張り切っていた。


二日目を合宿での訓練日と決めていたので、夕食を食べてからもミッチリと練習に当てて風呂を入ってすぐに寝た。



三日の午前も同じように筋トレを開始して、午後はボイストレーニング。


ただ三日目は、夜にイベントが待っていた。



「皆さん~こちらですよ~」



ゆっくりと呼びかけるレイカさんの声。

呼ばれて夜の砂浜に降りていく。



「せっかくの夏の休みですからね。夏の思い出を作りましょう。花火ですよ~」



女性陣は浴衣に着替えて、男子を迎えてくれる。

たくさんの花火が用意されていて、夏の風物詩が待っていた。



「凄い!」



セリーヌさんが上げてくれた打ち上げ花火をスタートに、手持ち花火を持って全員ではしゃぎ合う。


浴衣を着た生徒会メンバーは、元々の見た目の良さにお淑やかな雰囲気が合わさったような和の美しさを放ち。それでいて楽しく花火を見る姿は年相応に可愛くて凄く綺麗に見えた。



「ヨル君。少しよろしいですか?」



皆が楽しむ姿を見ていると、レイカさんから声をかけられる。



「レイカさん。もちろんです」



誘われるままに砂浜から少し離れた岩場へと移動する。


別荘の明かりが届くと言っても足場が悪くなって見え辛い。



「キャッ!」



レイカさんがバランスを崩して倒れてきたので慌てて支える。



「大丈夫ですか?」


「ええ。ありがとう。ふふ、ヨル君は凄く立派な体をしているのですね」



胸でレイカさんを受け止めたことで抱き着いた状態になってしまった。

レイカさんが俺の胸に手を置かれて、最近鍛え始めた大胸筋に触れられてこそばゆい。


レイカさんの指は細くて、女性らしく美しい。

貞操概念逆転世界なら、女性が強引に押し倒す構図も想像出来るが、どうしてもか弱い印象を受けてしまう。

何より抱き着かれて感じる胸の感触は、天国にいるのではないかと誤解してしまうほど柔らかい。



「ヨル君、私は後半年ほどで青葉高校を去る身です」



抱き着かれたままなのは解消して頂けないのでしょうか?

物凄くドキドキしてしまうんですけど。

レイカさんが顔を伏せて、どんな顔をしているのか見ることができない。



「卒業しちゃうんですね。寂しいですね」


「寂しく思っていただけますか?わたくしは、あなたよりも先輩ですからね。仕方ないのだけれど」



レイカさんの髪からシャンプーの良い匂いがする。

抱き合う体温が互いに上昇して熱く。



「ねぇ、ヨル君。あなたにとって私は恋愛対象になりますか?」


「えっ?」


「ヨル君に好きな人がいることは知っています。

それが私ではないだろうことも……だから、答えてくれませんか?

私はあなたにとって恋愛対象になりますか?」



これは告白?


レイカさんが俺に?


勘違い?現実?



「えっえっと、もっもちろん。レイカさんは綺麗ですし。魅力的な女性だと思います」



言い訳するように早口で言葉を発してしまう。

ただ、一瞬だけ……ランさんの顔が浮かんでは消えた。



「嬉しい。だけど……せめて一年早く会えていれば……焦ることもなかったのかもしれないわね」



不意にレイカさんが顔を上げる。

瞳は潤み。顔は赤くなっていた。



あっこれは……



気付いたときには唇が重なっていた。



「ごめんなさい」



唇が触れ合うだけの……優しいキス……



走り去っていくレイカさんの後ろ姿を見つめるだけの時間。



砂浜では、花火の終わりを告げる打ち上げ花火が上がっていた。


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