第7話 お前は何がしたいんだ?

学生生活の一か月などあっという間に過ぎてしまう。

入学式からゴールデンウイークまでの一か月。

高校に慣れるために勉強やカリキュラムについていく日々。


それでも何もなく過ぎていくかと言えば変化も存在する。



その一つが……



「ヨル、一緒にご飯食べようぜ」



中学時代のヨルには女性だけでなく、男子も近づいてこなかった。



声をかけてきたのは隣の席に座る白王子こと白金聖也だ。



白王子とは?幼馴染の青柳悠奈に聞いたのだが、白金聖也は女子人気が高くて、女子から白王子と言う二つ名を付けられているそうだ。



見たまんまのように思うが、男性に飢えている女子たちからすれば、気さくで優しく話しかけてくれるセイヤの存在を王子様と思っても仕方ないだろう。



「ああ」



セイヤは毎日のように俺を昼飯に誘ってくる。

セイヤを誘いたいと思っている女子も数多くいるだろうに申し訳ない。ただ、俺はセイヤ以外に食べる相手がいないので助かる。



「「「ご馳走様です」」」



お弁当を持ってきている女子が弁当を食べてもいないのに、声を揃えてご馳走様を叫ぶ声が聞こえいてきた。



女子の行動はよくわからない。



わからないついでに、食堂への道を歩いていると多くの視線を感じることになる。

セイヤと一緒に歩いているので仕方ないと思うが、やっぱりセイヤは貞操逆転世界の学校で特別な存在になりつつある。



「今日は何を食べようかな?ヨルはいつもの?」

「ああ、Bランチだ」



弁当など作ってくれる母親ではないので、毎日学食で食べている。

学食は安くて美味い。何より、セイヤが学食に入ると……



「到着!」



セイヤの声を聴いた女子たちが一斉に両端に避けていき、食券機までの道が出来上がる。



モーゼは海を割るが、セイヤは女子の列を割ることが出来るのだ。



「みんな、ありがとう」



最初は遠慮していたセイヤも、食券を買うまで女子が食券機を使わないということがあったので、今では急いで食券を買うようにしている。


便利なセイヤがいるので、食堂はセイヤについて行けば、簡単に食券を手に入れられる。


女子たちが作り出す食券ロードを歩いていくと、たまに生唾を飲み込む音や吐息のような声が聞こえてくる。

セイヤが近くを通ることが、それほどまでに嬉しいのだろう。



「僕はAランチ。ヨルはBランチだね」

「ああ」



Aランチは日替わり肉メニュー

Bランチは日替わり魚メニュー



それぞれの好みが分かれているのでありがたい配分だ。



美しい給仕さんに食券を渡せば手を握られる。



「今日も二人とも綺麗な顔してるね。どうだい?うちの子を嫁にしないかい?なんならおばちゃんが相手をしても」



食堂のおばちゃんが、うちの娘を薦める定番の言い回しではあるのだが、美魔女であるおばちゃん自身が相手をしてくれても全く問題ない気がしてくる。

中学時代、クラスメイトや家族からも避けられているのだから、構ってくれるなら美魔女のおばちゃんでも一向にかまわない。



「はいはい。おばちゃん。セクハラだよ。いつものお願いします」

「セイちゃんは釣れないねぇ。ヨルちゃんも寡黙だし。ふぅ~ほんと良い目の保養だよ」



食堂から中庭が見える窓際の席、ここが俺の特等席だ。


最初は女子の集団が座っていたのだが、セイヤと俺が座るようになってから、なぜか誰もその席に座らなくなった。


窓際の端に座って中庭を見る。



「相変わらず、ここが好きだね」


「ああ、青葉高校は三つの校舎に各学科が分かれているだろ。それぞれの校舎の間に作られた中庭は四季折々の見事な造りなんだぞ」


「ふふ。中庭について語る高校生ってお爺さんみたいだよ。ヨルは花が好きだね。そんなことよりも、今日仕入れた情報だよ」



五枚の写真が二人の間に並べられる。



「これは?」



ここ三日ほど、セイヤは食堂に来るたびに女子の写真を見せてくる。

最初は一枚だけだったが、今日は五枚に増えていた。


どの写真にも、セイヤとその子が映っているので盗撮などではないのだろうが、ツーショット写真を見せられる俺の気持ちも考えてほしい。



「どうかな?この五人の中にヨルの好みの子はいる?」



セイヤの発言に対して、それまで騒がしかった食堂の音が消えた。



「ハァ~」



意味がわからなくて溜息を吐く。


写真の中ではセイヤと写真が取れて嬉しそうな笑顔を浮かべている女子。


五人ともタイプの違う美少女が揃っていた。


部活をしているスポーツ女子。

眼鏡をかけた文系女子。

明るい髪型をしたギャル。

身長が高く恥ずかしそうにピースするモデル系。

色々未発達なロリ美少女。


昨日や一昨日見せられた子たちのよりも、確かに可愛さのレベルが上がっている。


だが、それが俺の好みと何の関係があるのかわからない。



「う~ん。ダメか……なかなかガードが堅いね」


「お前は何がしたいんだ?女子と仲良くしたいなら、俺と飯を食わずに女子と食え」


「いやいや、絶対ヨルと食べた方が面白いよ。女子は可愛いけど。ヨルの側にいる方が面白いイベントが目白押しなんだもん。それとも女の子より僕の身体が目当て?」



食堂中から、盛大に飲み込む音が聞こえて来る。



「キモイっ!」


「えーキモくないよ!僕、綺麗だよ!」


「自分で言うな」



意味がわからない。



貞操概念逆転世界に来たはずなのに、女子は俺を避けるし。妹や幼馴染からキモイと言われるし。遠巻きに美少女たちを眺めるのが唯一の楽しみなのに、美少年が側にいてゆっくりとその時間を取ることも出来ない。



「そういえば幼馴染がいるんだよね。どんな子なの?」


「ユウナか?ユウナは……元気で良い奴だ」


「元気で良い奴?何それ?可愛いとか好き?とかじゃないの?」



純粋そうな目で問いかけてくる。



幼馴染の笑顔を思い出す。

幼い頃からずっとそばにいて、水泳が好きで、ちょっと天然。


出会った時に彼女は「ずっと一緒にいようね」と言った。

ヨルはそのつもりでいつも幼馴染の側にいた。


だけど、中学一年生のとき「あっあんな奴、恋人じゃないし。むしろ男なんてキモいじゃん」と陰で友人と話しているのを聞いてしまった。


信頼している人から受けた裏切りは、ヨルの心に深い傷をつけた……



「友人だと思ってるよ。俺は」



どんな顔をしてその言葉を言ったのかわからない。

ただ、セイヤはそれ以上聞いてこなかった。



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