『好きな人』
クロノヒョウ
第1話
「なあ
「はあ? 何だよ突然」
「いや、あんのかなって……」
俺の部屋に遊びに来ていた
「な、ないよ。直哉は? あるの?」
直哉とは小学校からの友達だが今まで恋愛の話はしたことがなかったからか俺はなんとなく照れくさかった。
「いや……俺もない」
「ふ、ふーん。その漫画にそんな要素あったっけ」
「ない。ちょっと気になっただけ」
そう言って直哉はまた漫画に視線を下ろした。
「何だよそれ」
ハハッと笑ってはみせたものの俺の心臓はそれどころではなかった。
キスどころか彼女さえできたこともない。
この三年間、俺は直哉、お前に恋をしているんだから……。
五年生で初めて同じクラスになった直哉とはすぐに仲良くなった。
俺の前の席だった直哉は明るくて運動神経もよくていつも輝いていた。
少なくとも俺にはそう見えていた。
そんなクラスの人気者と言っても過言ではない直哉は最初からなぜか俺のことを気にかけてくれた。
直哉いわく「陸斗は天然で危なっかしいからほっとけない」そうだ。
確かに自覚はあった。
人よりおっとりしているとかすぐ騙されそうだとか言われたことがあったからだ。
それでからかわれたりしたことも何度もある。
でも直哉と仲良くなってからはそんな俺のことを直哉はすぐに助けてくれるようになっていた。
「お前ら陸斗にちょっかいだすなよ」とか「俺の陸斗をからかうな」と言っていつもかばってくれていた。
そんな直哉のことを好きだと気付いたのは忘れもしない六年生の運動会でのことだった。
運動会で借り物競走に出た俺。
俺がつかんだのは薄いピンクの紙切れ。
そこには『好きな人』と書かれていた。
俺は何も考えずに無意識のまま、気付いたら直哉の手を握って走っていた。
ゴールして当時担任だった女の先生に紙を見せた。
先生はその紙と直哉を交互に見ると俺にニッコリと微笑んだ。
そして両手を上げて頭の上で大きな輪を作ってくれた。
「オッケーよ」
あの時の先生の笑顔は今でも忘れられないでいる。
そして当然直哉は「その紙なんて書いてあったの」と聞いてきた。
俺はとっさに「親友」と言った。
その瞬間、俺は自分の気持ちに気付いたと同時にこれは誰にも知られてはいけない気持ちなんだということにも気付いてしまったのだった。
中学生になってクラスも別々になった。
俺は休み時間になるといつも廊下に出て直哉をひと目見ようと探していた。
たまにすれ違うと直哉はいつも俺に「よっ」と笑顔で声をかけてくれる。
嬉しかった。
ただただ嬉しくてそれだけで満足していた。
それが三年生になってまた同じクラスになれるなんて。
「陸斗、また同じクラスになれたな」
直哉は小学生の頃となんら変わりなくすぐにまた仲良くしてくれた。
身長も伸びてますますカッコ良くなっている直哉。
俺の直哉に対する気持ちはさらに大きくなっていた。
もちろんそんな俺の気持ちは知らずにちょくちょく俺の家に遊びにくる直哉。
直哉が一緒にいてくれる。
この二人だけの時間がずっと続けばいい。
何も望まない。
ただ直哉が隣にいてくれれば……。
そんな直哉が突然キスなんかの話題を口にしたもんだから俺は混乱していた。
もしかして直哉、彼女でもできたんじゃないのか?
いや、でも直哉もキスはしたことないって言ってたし。
いや、でも……もしも直哉に彼女ができたら……。
俺は……。
「ん? どうした陸斗」
「えっ! ううん、な、なんでもない」
俺が考えごとをしてモヤってたからか直哉は不思議そうな顔で俺を見ていた。
「な、直哉は好きな人とか……いるの?」
思いきって聞いてみた。
「うーん……最近気になってるヤツがいる」
「へ、へえ……」
俺は聞いたあとに後悔した。
胸が痛くなった。
「ど、どんな子? 直哉が気になるってよっぽど可愛い子なんじゃ……」
いや、聞きたくない。
聞きたくないのに勝手に口が動いていた。
「うん。可愛いよ」
ズキッと胸に痛みが走る。
直哉の少し照れたような顔。
そんな顔、初めて見るよ。
「陸斗は? 好きな人いんの?」
「えっ? お、俺? うん……まあ、一応」
「へえ。いつから?」
「いつ……って……もう三年くらい前から……」
「じゃあさ、もしかして俺も知ってるヤツ?」
「ふぇ……あ……ど、どうかな」
ヤバい。
顔が熱くなるのがわかった。
「なんだよ、教えろよ」
「ええっ……い、いいよ。ずっと片想いだし」
「なんで? 告ってもないのに?」
直哉が興味深そうに身を乗り出してくる。
俺の心臓は違う意味で加速している。
「告んなくてもわかってるから。向こうは俺のことなんて恋愛対象じゃないことくらい」
「……なんでそんなの決めつけるんだよ。そんなの言ってみなきゃわかんねえだろ」
「わかるよ。言わなくてもわかる。もういいんだ。俺はただ……」
言いかけてハッとした。
「ただ……なに?」
「なんでもない」
危ないところだった。
こんなの初めてだ。
感情が溢れて止まらなくなりそうだった。
深呼吸して自分を落ち着かせた。
それから俺たちはなんだか気まずい雰囲気のまま解散した。
直哉が帰ってから俺は自分の部屋の机の引き出しを開けた。
そして一枚の古くなった紙切れを取り出した。
ずっと写真立てに入れて机の上に飾っていつも眺めていた物。
今は直哉が遊びにくるようになったから引き出しにしまってある。
六年生から大事にとってある俺のお守り。
自分の気持ちに気付かされた大切な言葉。
『好きな人』
そう書かれた薄いピンクの紙切れを眺めていた。
直哉……。
ずっと友達として隣にいられればいい。
そう思っていたはずなのに、直哉に彼女ができることを想像しただけでこんなにも辛い気持ちになるなんて。
直哉が好きだ……。
俺はそっと紙切れを引き出しの中に戻した。
次の日学校に行くと直哉はいたって普通だった。
そりゃそうだよな。
俺が勝手に意識して勝手に落ち込んでるだけだもんな。
それでいい。
それでいいんだ。
「なあ、今日も陸斗んち行っていい?」
「えっ、あ、うん。いいよ、もちろん」
単純に嬉しかった。
友達としてなら直哉とずっと一緒にいられるんだから。
放課後直哉がうちに来て俺の部屋で二人で映画を見ていた。
「昨日の話なんだけどさ」
何を思ったのかまた突然直哉が言いだした。
「何?」
「昨日の、気になるヤツがいるって話」
「直哉、俺もうその話は……」
「いいから聴いて」
直哉が少し声を荒げた。
「……わかった」
正直もうその話は勘弁してほしかった。
でも直哉は話し続けた。
「俺、気になるヤツがいるって言っただろ」
「あ、うん。可愛い子なんだろ」
「うん。可愛い」
やっぱり俺の胸はチクチクと痛くなる。
「俺さ、そいつのこと今までずっと友達だと思ってたんだ。普通に友達として好きだったって言うか」
「うん……」
「三年生になってからさ、またそいつと仲良くなってそいつの家にも遊びに行くようになったんだ」
「へえ……」
家に遊びに行く?
まさか直哉にそんな相手がいたなんて知らなかったぞ。
いや、でも三年生になってからはほとんどうちに来てなかったか?
「初めてそいつの家に行った時にさ、俺すっげえ懐かしいモノ見ちゃったんだ」
「ん?」
「それからなんだよな。俺がそいつのこと気になりだしたのって」
「……そっか」
「なあ陸斗。六年生の運動会の借り物競走の時の紙切れ、なんでずっと持ってんの?」
「ふあっ?」
「あの写真立てに入れてたのって借り物競走の紙切れだろ。俺が初めてここに来た時に机の上に置いてあった」
「は、えっ? そ、そんなのあったっけ……」
直哉が黙って俺の顔を見ている。
まずい。
そう言われれば最初に直哉がこの部屋に来た時はまだ机の上に置きっぱなしにしていたかもしれない。
俺は焦った。
「ち、違うよ。あれは何て言うかお守りって言うかおまじない……そう、おまじないで飾ってるだけでそんな昔の運動会の紙切れなんかじゃな……」
「俺調べたんだ。気になって運動会の写メをおふくろとか同級生に見せてもらった。やっぱりあの紙切れは間違いなく陸斗、お前が持ってたあの時のピンクの……」
「違うって。直哉の勘違いだしさ。たまたま同じ色だったんじゃないの」
「陸斗……」
「そうだよ。だ、だいたいあの借り物競走の時の紙には『親友』って書いてあったんだし」
直哉には絶対に知られたくない。
知られたらきっと友達のままではいられなくなってしまう。
そんなのは絶対にイヤだ。
「じゃあ俺の勘違いでも何でもいいから聴いてくれ。あれから俺はずっとお前のことを考えてた。もしかすると陸斗は俺のことを好きだったんじゃないかって」
やめろ直哉。
頼むからこれ以上は……。
「でもその好きは友達としての好きなのかもしれないし恋だのなんだのの好きかもしれない。で、俺は恋の方でも考えてみた」
「直哉……本当にもう……」
俺は泣きそうだった。
いや、もうすでに涙がこぼれるのを押さえられてはいなかった。
「俺は陸斗と知り合った時からお前のことがほっとけなかった。いつもからかわれている陸斗を守りたかった。クラスが離れても陸斗の顔を見ると安心してた。嬉しかった。そんなことを考えれば考えるほど俺ももしかして陸斗のことが好きなんじゃないかって思った」
「ふぇっ……」
俺は泣きながら直哉の顔を見た。
「これが恋の方の好きなら俺は陸斗とキスできるかなって想像してた。んで昨日のあの質問」
「キス……?」
「うん。昨日のあの質問で俺は自分の気持ちがはっきりとわかったんだ」
「……なに?」
「陸斗が誰ともキスしたことないって聴いてめちゃくちゃ嬉しかった。んで、陸斗が他の男とキスするの想像してめちゃくちゃイヤだった。なあ、これでも陸斗はまだあの紙切れはあの時のじゃないって言うのか?」
「それは……」
「あの運動会から三年。陸斗は三年も片想いしてるって言ったよな。それって、俺ってことでいいの?」
俺は頭が混乱して何がなんだかわからなかった。
いや、ただただ嬉しかったんだろう。
きっと嬉しくて涙が溢れてくるのだろう。
もう今さら何も隠す必要はないんじゃないかと思った。
「……いいよ」
俺は精一杯の勇気を出して言った。
「直哉の言う通りだよ。あの借り物競走で無意識に直哉の手を握った時に気付いたんだ。直哉が好きだって。あの頃から俺の気持ちはずっと変わらない。ずっと直哉が好きだ」
「陸斗……」
直哉は俺の涙を手でふいてくれた。
「はは、やっと言ったな」
「……ごめん」
「謝んなって。俺の方こそごめんな。ずっと陸斗の気持ちに気付かなくて」
直哉は優しく俺の頭を撫でてくれる。
「違う……好きになっちゃってごめん……」
「なんだよそれ。俺は嬉しいよ」
「き、気持ち悪くないの」
「ぜんぜん……ってか超恥ずかしい」
直哉の顔が赤くなっていく。
「ふふ……」
また俺の知らない直哉の顔。
「あ、今笑ったろ」
「アハ……だって直哉、ん……」
不意に口をふさがれた。
柔らかい感触が俺の唇に伝わってくる。
「ごめん、陸斗が可愛いかったからつい」
目の前には直哉の顔。
俺は何が起きたのかを理解すると顔から火が出るほど熱くなっていた。
「ちょっと……見ないで」
真っ赤になっているであろう顔を直哉に見られるのが恥ずかしかった。
「見せて。俺も同じだから」
直哉が俺の顔を覗き込んだ。
「あは……」
直哉の顔も真っ赤だった。
「ハハ……な?」
直哉が照れくさそうに笑う。
直哉も俺と同じなんだ。
「好きだよ……陸斗」
「うん。直哉が俺の『好きな人』」
それからあのピンクの紙切れはまた写真立てに入れられて俺の机の上に大切に飾られることとなった。
完
『好きな人』 クロノヒョウ @kurono-hyo
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます