第22話

 彼とキアラが門をくぐると、ティナが出迎えた。どうやら丁度手当の支度をしていたところらしく応急処置用の救急医療キットを持っていた。


「ルミナス様!? ご無事ですか!?」

「わたくしは無事。キアラも命に別状はないわ。ただ足を捻ったみたいだから見てあげて頂戴」

「わ、わかりました!」

「す、すみません……」


 キアラは怯えによる体の震えが治まっていないというのに、ティナに対して深々と頭を下げて謝罪をした。よっぽど自分が迷惑をかけたと思っているらしい。


「いえ、無事だったのならそれでいいんです。ルミナス様に良く感謝してくださいね。ご迷惑をした分、謝罪も」

「は、はい……」

「では軽く治療をしますね……傷はないですし、捻挫でしょうか。今氷袋を持ってくるので安静にしていてください。ルミナス様もお疲れでしょうし、ご休憩を――」

「それはできないわ」

「はい? それはどうしてですか?」


 ティナが優しい笑みで言った提案を彼は否定する。ティナは当然だが疑問を抱いたようで彼に聞き返す。


「先ほどわたくしたちを襲ってきた魔物に覚えがあるの。狼型で、大きな群れを成す魔獣。わからない?」

「そうですね……ブラックウルフもかなりの数で群れを成しますが、その群れの数はどれくらいだったのですか?」

「おそらく五百。それよりも多いと考えられるわ」

「そ、そんなにですか!?」


 あの森には見えるだけでも四百匹程度。足音や群れの並び的にあと百匹は必ずいた。そして、森の奥にもっといる可能性もある。


「そんな大量の狼で群れを成している? ……待ってください、そうなるとその狼は――」

「多神だとか呼ばれる神獣ね。大袈裟だとは思うけれど、世界中の獣を一晩で食らい尽くすというわ。そして鋭い嗅覚と高い攻撃力。食い意地が張っていて、狙った獲物は必ず捕らえ、食らい尽くすと言われているわ。そして、あいつらはすぐにわたくしの居場所を察知してこちらに向かってくるでしょう。もしかしたらもう向かってきているかもしれない」


 多神。ルミナスの登場するソシャゲのボスの一種で、大量に出現する多神を倒すことでスコアを稼ぐといった感じの相手。実際には制限時間があるためお目にかかれることはないが、設定上は千体ほどの群れを成すこともあるという。

 その上その中には他の多神をまとめるリーダー的存在もいてそいつだけやけに強い。額に十字が刻まれていて他の多神よりも毛皮が濃い黒色をしているため見ればわかるが厄介であることに変わりわない。そして多神のもう一つの特徴として言えるのは索敵能力の高さ。神の名を冠するだけはありその身体能力はハイスペックだ。特に嗅覚が鋭く一度嗅いだ匂いは数十キロ離れても見つけ出すとされている。つまり、すでにルミナスの場所はばれていると考えるのが妥当だった。


「わたくしは多神の足止めをするわ。それまでに逃げる支度を始めておいて頂戴。もしも倒しきれなかったらすぐにでも逃げられるように」

「し、しかしルミナス様! 危険です! ルミナス様のお力がいかほどかは存じませんが、多神の群れにお一人でなんて……!」

「幾度となく、終わりない時の中で殺し合い、奪われていった仲間の命。そして今抱える、あなたたちの命。それらに意味を持たせるためにも、これ以上にわたくしの周りの命を理不尽に奪われないためにもここで逃げるわけにはいかないわ」


 それはゲーム内でルミナスの発した言葉。ルミナスとの絆を深めることで解放されるストーリーの最終話、そのボス戦の直前にルミナスが放った言葉。最高のシナリオと言われ、そのゲームのプレイヤーの間では大人気を誇っていたストーリーだが、その裏側は重く苦しい。

 ルミナスが抱える苦痛の圧に押しつぶされ、涙した者も少ないくないという。


「安心しなさい。わたくしは、わたくしこそが冥界からの使者ルミナス・フレイア。時空を司る邪神教最高司祭にして、邪神の加護を受けし最恐の魔人よ。相手が神獣というなら相手にとって不足はないわ。多神がどの神の使いだか知らないけれど、わたくしが邪神様に代わって始末することにするわ」

「ルミナス様……!」

「そう不安そうな顔をしていないで、早くキアラの手当てをしてあげなさい。わたくしは必ずあなたたちのもとに戻るわ。だから、わたくしの戻る場所であり続けるために今は逃げる支度を進めなさい。事が済んだら迎えに行くし、必ずここに戻ってきて一緒に暮らせるわ」

「……わかりました。皆にそう伝えます。どうか、ご無事で!」


 ティナは苦しそうに、悲しそうに、胸の痛みを抑えながら絞り出されたかのような声でそう言った。


「ルミナス様。キアラのせいで迷惑をかけてしまってすみません。キアラには何もできないし、ルミナス様に頼るしかないこともわかっています。ですから、生きてキアラに恩返しの機会をください。必ずです」

「当然よ。これから少なくとも数年間はわたくしのお世話をしてもらうのだから。逃げたって地の果てまで、それこそ世界を越えてだって連れ戻すわ」

「はい! ……ご無事で!」

「ええ……行ってくるわ。《冥府の門ハーデスゲート》」


 ルミナスの目の前に、黒い門が合われた。

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