第13話

 ピヨピヨピヨ――


 小鳥のさえずりが聞こえるさわやかな朝。彼はカーテンの間を縫って顔に当たった日光によって目覚めた。

 ゆっくりと開かれた瞼から覗いた瞳は今だ眠そうで、焦点のはっきりしないまま起き上がった。まだ眠気が冷めないのだろう。小さなあくびをしながら右手で目を擦る。その姿は大変可愛かった。


「ふぁあ……眠い……今、何時だ? ……」

「そろそろ九時になるところです、ルミナス様」

「ふぁ?」


 返事など期待していなかった彼のつぶやきに答える者がいた。

 まだはっきりとしない視界をさまよわせ、彼は声の主を探した。それらしきシルエットを見つけ、彼はそれを見つめた。

 やがてはっきりとした視界に映ったのは、歳は18といったところだが、背中半ばまで伸ばされた茶髪のせいか大人びて見える。洗礼された作法と綺麗に仕立てられたメイド服のおかげでメイドにしか見えないが、どこか聖職者のような印象を抱かせた。

 そして、翡翠色の瞳をしている。落ち着いた雰囲気を漂わせるその女性は、確かに人間だった。


「き、君は?」


 まだ混乱する頭だったが、彼はどうにかその言葉をひねり出した。彼に対して、彼女はこう返した。


「ティナ、と申します。本日よりルミナス様の専属メイドを務めさせていただくことになりました。以後よろしくお願いします、ルミナス様」

「は、はぁ……よろしく?」


 意識のはっきりしないまま、彼は挨拶を返した。


「ではお食事を運んでまいります。それと料理長が、承りました。これらの材料を使わず最高の料理を提供しましょう、と言っておりました」

「あ、ああ。ちゃんと見てくれたんだな。ありがとうと伝えてくれ」

「かしこまりました」


 恭しくお辞儀をして、ティナと名乗った女性は部屋を出ていった。


「えっと、どういう状況だ? これ」


 彼は、小さく呟いた。


「落ち着け。今の俺はルミナス・フレイアとして魔王の部下になってここら一帯の領主をしている。そして昨日は疲れて寝て、そのまま朝になったということだろう。さっきの自称専属メイドが料理長とか言ってたし、きっと魔王が手配した人員が到着したんだ。……なるほど、順調なだけだ」


 彼は一人納得すると、ベットを降り、大きく伸びる。


「ん、んん~んっ! ふぅ……久々にすっきりした朝だな。まあ、部屋がきれいだからかな」


 自身がこれから使うことになる寝室を見渡しながら、彼はつぶやいた。

 彼の部屋は決して綺麗とは言えなかった。散乱する痛み止めのごみ、ペットボトル、服。定期的に掃除を行ってはいるがすぐに散らかってしまい、そんな部屋で迎える朝は決してすがすがしいとは言えないものだった。

 しかし今寝ているのはまるで、という言うか実際新築の寝室だ。寝具こそ多少彼が使っていたものに劣るとはいえ、眠りの質で言えばこの世界の方が数段上だった。


「《巡る運命リ・フェイト》、っと。よし、これで洗濯もお風呂もいらないな」


 彼の使った《巡る運命リ・フェイト》は、一定範囲内の無機物や体の状態を過去のものに戻す、という魔法だ。自身に使うことで一定時間内についた服の汚れや傷を治すことができる魔法だ。ついでに、体に着いた不純物についても排除されるため、清潔保持も可能だ。

 このような魔法が使える設定だったルミナスは、優秀なアタッカーというだけでなくサブスキルで回復もできた。耐久しつつ火力を出せる。そんなキャラだったためにルミナス・フレイアはそのソシャゲにおいてトップランクの強キャラとされていた。


「さて、朝食を持ってきてくれるとのことなのでそれまでにとりあえず書類にサインだけ入れておくか」


 寝室の仕事机の上には、屋敷についての資料とともに置かれていた領主任命書があった。魔王のサインは既に書いており、あとは彼が記名するだけで領主として確約される。魔道具であるため、紛失する心配もない。サインは直筆でないといけないようだが、サイン程度ならば彼でもできた。

 机のわきに置かれていた羽ペンでササっと仕上げると、紙は青白い光となって消えた。


「うおっ、これが魔道具ってやつか……すげぇな」


 現実味のない現象を前に、彼は思わずそんな言葉を漏らした。

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