従者

第12話



 初任務を果たして王都へと帰還した僕を待っていたのは、従者として着任してくれる僕の叔父、バロウズだった。

「やぁやぁ、ウィルズ。我がアルタージェ家の誇りにして希望の若様よ。久しぶりだね。早速任務に出てたんだって?」

 なんて大仰で気障な振る舞いで僕を出迎えてくれるバロウズ叔父さん。

 昔からそうだけど、この人は傭兵なんて仕事をしてる割に、粗野な振る舞いを滅多にしない。

 物腰穏やかで話題も豊富だから、アルタージェ村では大人から子供まで、偶に帰って来る叔父の話を聞きたがった。

 もちろん僕も、そんな風にバロウズ叔父さんに土産話を強請った一人である。


「叔父さん来てくれてありがとう。あぁ、アリーも連れて来てくれたんだ!」

 更に嬉しい事に、叔父はアルタージェ村から、僕の愛馬も連れて来てくれていた。

 従者もなしでは世話もままならないからと、王都には連れて来なかった僕の愛馬、アリー。

 手を伸ばせば、ガチンと歯を鳴らして噛み付いてこようとするので、首を引っ掴んで動けなくしてから、思う存分に撫でまわす。

 アリーは爺様が下賜された名馬の子で、非常に賢く体格も大きくて、雄だからか気が強い。

 足もとっても速いのだが、その背を許すのは僕と爺様のみだった。


「そうだよ。本当に苦労させられたよ。その馬、私が乗ったら怒るしね。君のところへ行くからと、何とか言い聞かせて連れて来たんだ」

 肩を竦めてみせるバロウズ叔父さんに、僕は苦笑いを溢す。

 何せこれから先、馬の世話の幾らかは従者である叔父にも任せるのだ。

 けれどもその背は許さずとも、言う事を聞かせて連れて来るだけでも充分に凄い。

 てっきり僕は、叔父が従者として到着した後、休暇を取ってアルタージェ村にアリーを連れてくる為に帰らないといけないと思っていたから。


 しかし今は、アリーだけに構う訳にも行かないだろう。

 何故なら叔父が連れて来たのは、馬のアリーだけではないのだから。


「そちらの二人が、叔父さんの傭兵仲間? えっと、僕がウィルズ・アルタージェです。縁も薄い僕の従者になって戴ける事に、心から感謝します」

 そう言って頭を下げると、叔父が連れて来た二人の傭兵は驚いた顔をする。

 恐らく騎士である僕が頭を下げたのが意外だったのだろう。

 そりゃあもちろん僕だって、アルタージェ村にいる郎党、爺様の代からアルタージェ家に仕える人々には、安易に頭を下げたりしない。

 彼等に感謝の気持ちを忘れた事はないが、立場を考えない行為は、時に互いにとっての不幸を生む。


 でもこの二人の傭兵は、叔父の仲間と言う縁だけで、僕の従者となる為にわざわざ遠方から来てくれたのだ。

 いずれは上下の関係をはっきりと、確りケジメを付けた態度を取る必要はあるだろうが、最初くらいは素直に感謝を示したかった。


「拙者は十座と申す者。名高きアウェルッシュ王国騎士の従者となれる栄誉に感謝致す」

「あ、アタシはクレア。十座とは別だけど、やっぱり他所の国の出身だよ。……えっと、若様は本当にアタシ等が従者で良いの?」

 十座は25、6歳位に見える黒髪の男で、クレアはか18か19か、恐らく20には未だなっていないであろう赤髪の女性だ。

 どちらもアウェルッシュ王国の出ではないけれど、別に従者の出身国に規定はなかった筈である。

 ちなみにバロウズ叔父さんは確か28歳で、僕の父より8歳下だ。


「十座は大草原を越えた先に在る東の海を隔てた、九十九と言う島国の出身で、少しだけだが気も使える。クレアは逆側、西の闇国の出身だね」

 叔父の言葉に、僕は頷く。

 どちらもかなり遠い国だ。

 寧ろ下手に近場の国よりも、アウェルッシュ王国と利害の絡まぬ遠方出身の方が、周囲にも妙な疑いを持たれずに済むだろう。


 九十九はその名の通り小さな領地が百近くから集まって成る島国で、争いの絶えない地だと聞いている。

 逆にクレアの出身国である闇国は、双子の神である光神と闇神の内、闇神を崇める宗教国家だ。

 尤も隣国である光国、光神を崇める宗教国家とは二つで一つのような関係であり、争いとは縁遠い平和な国らしい。

 何故二人が自国を出て傭兵になり、更にはこんな遠方の国で僕の従者になろうとしてるのか、事情に興味は尽きないが、それも追々聞けるだろうか。


「もちろん! アルタージェ家は他の武家と違って、全然人手が足りてないから、本当に助かります」

 僕の言葉に十座は頷き、そしてクレアは、嬉しそうな、期待感を込めた表情でちらりと叔父を顔を見る。

 すると叔父は一歩僕に向かって前に出て、

「ところで従者としての俸給なんだが、いや、事前に聞いていた額で三人とも問題はないんだが、でもウィルズには頼みがある。十座とクレアに、気の手解きを頼めないだろうか。特にクレアは、導きから頼みたい」

 そんな事を言い出した。



 ……気の扱いの手解き自体は、実はそんなに問題がない。

 僕のアルタージェ家には特に秘匿するような技術はないし、それ以外は王都で六家の道場にでも通えば学べる事だ。

 まあ才能があった場合は、そのまま六家に囲い込まれるが、そんな才能を持ってる人間は千人に一人よりも少ないから、非常に稀である。

 また僕自身も、九十九の気の使い方には興味があるから、少しだけそれを使える十座との訓練は望むところだった。


 けれどもクレアに対しての気の導きとなると、少し話は変わってしまう。

 導きとは、外部から気を注いで人間が持つ門を開き、気の扱いに目覚めさせる事だ。

 しかしこの行為は、受ける側の才によっては、導き手に実力を要する行為だった。

 例えば、普通の人の門を開くなら、叔父でも充分に可能だろう。

 確か叔父は、斬1、衝1、硬2、強化1くらいの評価を爺様から受けていて、騎士とは比べられないが、世間一般の基準からすれば相当な実力者の部類に入る。

 もしかすると今なら、傭兵として経験を積んで、更に成長してるかもしれない。


 だが仮に受け手側がそれに近い、或いはそれ以上の才を持つのなら、叔父が気の導きを行う事は危険が伴う。

 もう少し具体的に言うと、門を開かれる事で溢れ出る気を、制御して鎮めてやれるだけの実力が導きには必要なのだ。

 そしてその際、特に必要となるのが治の気の扱いだった。


「僕がやるの? 爺様の方が確実で安全だと思うけれど……」

 父と叔父と僕は、爺様から導きを受けて気の扱いに目覚めた。

 クレアの才がどれ程の物かは、探ってみなければわからないが、爺様ならどんな才であっても問題なく導ける。

 そう思って僕は問うたのだが、

「あの父さんが他人に手解きしようと思う程の資質じゃないんだ。多分私と同等くらいだからね。それにウィルズ、彼女はお前の従者になるんだぞ」

 叔父は少し自嘲気味に、そう言った。

 そう言われてしまうと、僕はもうそれ以上言葉が出ない。


 何時も明るく余裕を持って振る舞う叔父だけれど、爺様の才をあまり受け継げず、世間からの期待に応えられなかった事や、……それに僕の存在に対しても、何も感じていない筈がないのだから。

 ただ一つ思うのは、多分叔父が頼めば、爺様は才の有無なんて関係なしに導きを行うだろうって事。

 爺様は色々と計り知れない人だけれど、それでも僕や父、そして叔父に強い愛情を抱いているのは、間違いないと思う。

 でもそれは、僕の口から発したところで意味のある言葉じゃない。

 爺様が、バロウズ叔父さんが、もっと互いに接して伝え気付く事だろう。

 このアウェルッシュ王国に叔父は帰って来たのだから、これからその機会は幾らでもある。


「わかったよ。じゃあクレア、僕が君の才能を引き出すよ」

 故に僕はクレアを見据え、はっきりとそう宣言した。



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