第11話


 翌日、ショアンから王都のスパイが集めた情報を受け取っただろう商人の後を、僕とハウダート先輩は密かに追う。

 残る二人、先輩の従者であるクドルカとダーリャンとは二手に別れ、念の為に五つ目の村までショアンを追跡してもらってる。

 あの商人を遠目に確認した先輩も、一目で黒だと断言したが、それでもヴァーグラードからの工作員が一組だけとは限らない。

 故にあの商人、多分偽名だろうがリリトの村で泊まった宿の台帳にはロゴールと記名していた、の捕縛を担うのは、僕と先輩の役割だった。


 リリトの村を出たロゴールは、今の所真っ直ぐに北西に向かって進んでる。

 勿論捕縛が役割だから、後を付けるだけでは意味がない。

 だから邪魔の入らない、人里離れた場所に差し掛かれば、一気に襲い掛かって捕まえようと考えていた。

 幸い相手は旅商人に偽装していて、つまり馬車を使って移動しているから、捕縛が済めばその馬車を使って王都までの移送が可能だ。

 まるで盗賊にでもなったかのような気分だけれど、これも任務故に仕方なしである。


 村を出て二時間程街道を進んだ所で、一つ頷いたハウダート先輩が駆け出す。

 さぁ、いよいよ捕縛だ。


 王家の直轄領は村の数が多く、半日も進めば次の村に辿り着いてしまうから、襲撃に適した場所は数少ない。

 それは治安の良さを意味するが、目立ちたくない今回の僕達にとってはマイナス要素になる。

 時間を掛ければ誰かに見られるかも知れない。

 その誰かが正義感を発揮すれば、介入してこようとするかも知れない。

 だからこそ工作員、ロゴールの捕縛は、一瞬で終わらせる必要があった。



 最初に僕等の接近に気付いたのは、馬車を下りて歩いていた護衛の一人。

 高速で接近する僕等を見、

「敵襲だ! クソッ、騎士だ!」

 と叫ぶ。

 どうやら彼も単なる雇われ護衛ではなく、ヴァーグラードの工作員の一人らしい。

 確かに単なる盗賊が高レベルな身体強化を使って突っ込んで来りはしないだろうが、だからってそれを瞬時に騎士だと判断し、尚且つ敵だと断言できるのは、高度な訓練を受けた他国人だ。


 二人の護衛が街道を塞ぎ、馬車は速度を上げて走り出す。

 殿、足止めの心算か。

 護衛の一人は剣を抜き、もう一人の護衛は手に炎を宿してる。

 厄介な事に魔術師だ。

 他国へ潜入させられ、しかもこの程度の任務で殿になろうって人材だから、大した腕では無いだろうが、それでも魔術師はそれなりに厄介だ。


「ウィルズ、跳べ!」

 前を走る先輩が、槍を構えて叫ぶ。

 だから僕は一瞬、強化の気の力を強め、速度を上げて先輩の槍の柄に飛び乗った。

 振り回される槍の柄を足場にして、更に大きく飛ぶ。

 殿に残った護衛達の頭を遥かに飛び越えて、放たれた炎の矢をすり抜けて、着地した僕はそのまま馬車の後を追う。


 普通なら走る馬車に距離を離されれば、人の足で追い付く事は絶望的だろう。

 しかしながら僕は闘気法を扱う騎士だ。

 成り立ての騎士である僕の強化でも、全力を発揮すれば一時的には裸馬と並んで走れる速度が出る。

 だから重量のある馬車を引く馬の速度に負ける道理は欠片もなくて、僕はすぐさま追い付き、馬車へと取り付き屋根へと上った。


 しかし問題はここからだ。

 僕はヴァーグラードの工作員であるロゴールを捕縛し、更に暴走気味に走る馬車を横転させずに止めなきゃならない。

 仮に馬車が横転して壊れてしまえば、捕縛したロゴールを、それから残る護衛の二人を王都まで移送するのに要らぬ苦労をする羽目になるだろう。


 屋根を伝って御者台へと移る。

 すると手綱から手を離したロゴールが、短剣を引き抜き突き出した。

 少し正気を疑うロゴールの行動に、思わず気で硬化した手で短剣を受け止めようとするが、ふと嫌な予感がして僕は回避に切り替える。

 掠めた短剣は、いとも容易く硬化の気を切り裂いて、僕の腕に浅く切り傷を刻む。

 驚くべき事態だが、でも驚いてる暇はない。

 僕は突き出された短剣を握るロゴールの腕を捻り上げ、更に拳を一発彼の背に落とした。


 拳を通して衝の気が浸透し、ロゴールの体内を掻き回して昏倒させる。

 一瞬の攻防だったが、無事にそれが終わった事に僕は安堵の息を吐く。

 傷を負った時は吃驚したが、それでもロゴールが戦いを選んでくれてよかった。

 仮にロゴールが自害を選んでいたら、それを止める事はとても困難だっただろうから。


 手綱を拾って馬を宥め、少しずつ、少しずつ速度を落として行く。

 馬車も急には止まれない。

 幸い平坦な街道がずっと続く場所だったから、やがて馬は完全に大人しくなり、馬車は静かに停車した。



 ロゴールを容易には自害もできぬ程に拘束してから馬車に乗せ、僕は馬の手綱を引いて元来た道を引き返す。

 その途中、僕は地に落ちていた短剣を拾う。

 そう、僕の気を裂き、腕に傷を付けた短剣だった。

 戦いの最中にロゴールの腕を捻り上げた時、馬車から転げ落ちたのだ。

 一見しただけなら普通の短剣だけれど、良く観察すれば刃の部分には鍍金が施されている。

 この刃に被膜させられた金属が、僕の気を裂いたのだろう。

 そしてその金属とは、多分ミスリル銀だった。


 ミスリル銀は別名を不可侵の銀と呼ばれ、魔力や気といった力を通さない金属だ。

 仮にミスリル銀で盾を作れば魔術を通さぬ盾となり、剣を作れば気の防御を許さぬ剣となる。

 尤もこんな風に刃に鍍金をしてる程度なら、そこまでの性能は到底発揮できないから、傷を負ったのは必要最小限の気で攻撃を防ごうとした、僕の油断に他ならない。


 しかし確かにミスリル銀は気の使い手が多いアウェルッシュ王国に持ち込む武器としては有効だけど、その効果と希少性故に恐ろしく貴重品だった筈。

 刃に薄く鍍金しただけの代物とは言え、一介の工作員程度が所持していた事に僕は疑問を抱く。

 ……まぁ考えた所で何かがわかろう筈もない。

 ロゴールの身柄と一緒に短剣も一緒に提出すれば、上が判断を下すだろう。


 気を通さない金属だけに、気による強化も受け付けないミスリル銀は、騎士からは好まれない金属だ。

 当然僕も好きじゃない。

 故にそれ以上、僕はミスリル銀に関して考える事をしなかった。


 道の向こうで、ハウダート先輩が槍を掲げて振っている。

 その足元には倒れた二人の護衛の姿。 


 今回の任務、僕の初任務は、どうやら無事に終了しそうだ。





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