王国騎士物語

らる鳥

新人騎士

第1話


 騎士。

 その言葉は、元々は騎馬を自分で用意し、戦争に参加する富裕層の戦士を意味していたらしい。

 馬はそれ自体が高価だし、その維持にも労力が、つまり世話をする人手が必要となる。

 当たり前の話だが、馬を飼い、それを世話する人間を抱えるだけの財産を持つならば、戦争に出るにあたっては優れた武器防具だって揃えるだろう。

 それどころか自身のみならず、金で雇った、或いは自身に仕える人間を配下として引き連れさえするかもしれない。


 故に戦場において、騎士は特別な存在だった。

 馬に乗るだけで高所から戦場を俯瞰できるし、馬上には下からの攻撃が届き難く、逆に馬上から下への攻撃は威力が跳ね上がる。

 いや、そもそも馬に撥ねられただけでも人は簡単に死ぬのだ。

 ましてやその脇を引き連れた配下、徒歩の兵が固めていれば、それは隙のない大きな戦力となる。


 数え切れない戦場で、騎士は無数の手柄を立てて、やがてその存在は、或いは騎士という言葉自体が特別な意味を持つようになっていく。

 多くの物語で語られ、やがて騎士は特別な身分となった。


 今、現在、騎士は単に騎馬に乗って戦う富裕層の戦士を意味しない。

 別に徒歩でも良いし、馬以外の別の生き物、例えば空飛ぶグリフォンに跨っても良い。

 尤も後者の場合は天騎士なんて風に呼ばれもするが、それでも騎士には変わりない。

 空を駆ける天騎士以外にも、神に仕える神殿騎士なんて風に、騎士にだって種類は色々とある。

 いずれにせよ騎士とは、高い技量と身体能力を有し、その振る舞いと力に多くの人が憧れ、羨望を抱く者の事をいう。



 そして僕、ウィルズ・アルタージェも今日、善き春のこの日に、そんな騎士の一員に仲間入りする。

「面を上げよ。汝、ウィルズ・アルタージェを正騎士に任ずる」

 玉座に向かって膝を突いて首を垂れる僕に、この国の王、ラダトゥーバ陛下がそう告げた。

 僕はその言葉に顔を上げ、玉座を、仕えるべき主である陛下を見る。


 ……思ったよりも普通だ。

 年の頃は30の半ばから40程だろうか。

 精悍な顔つきで、強い覇気を感じる。

 でもパレードで陛下を遠目に見たという旅商人が噂していたような、光り輝く姿はしていない。

 少しだけ、安心した。

 あまりに人間離れした相手だと、どんな風に仕えれば良いかもわからなかったから。


「私の忠誠を捧げます。私の剣は、常に王国と陛下の為に振るわれます」

 僕は胸に手を当て、誓いの言葉を口にする。

 誓いの言葉は自分で考えろと言われていたので懸命に考えたのだけれど、ラダトゥーバ陛下の隣に控えた大臣、マルドラム侯爵が微笑まし気に曖昧な笑みを浮かべたのが見えた。

 ……どこか変だったのだろうか。

 先程は『私の剣は』等と言ってしまったが僕は槌矛も使うし、『私の武は』にすべきだったか。

 後はまぁ、僕みたいな若輩者が大袈裟な台詞を口にしたのが似合わなかったのかも知れないけれども。


 実際、このアウェルッシュ王国で騎士に叙任されるのは早くても18歳以上、大体は20を越えてからだ。

 けれども僕は、つい先日14になったばかり。

 実はアウェルッシュ王国の騎士叙任最年少記録に並ぶらしい。

 そんな大仰な事態になった理由は幾つかあるが、最も大きな物を一つ挙げれば、それは僕が闘気法と呼ばれる技術を上手く扱えたからだろう。


 尤もその闘気法は僕だけが扱える特別な技術という訳じゃなく、このアウェルッシュ王国に仕える騎士ならば誰でも扱える代物である。

 より正確に言えば、王国に忠誠心を持ち、闘気法を一定レベル以上で扱える人間が騎士になれるのだ。

 逆に言えばどんな事情があってもその条件を満たさねば騎士とは認められない。

 故に若年の僕が騎士になれたのは、色々と別の理由はあるにせよ、忠誠心と闘気法の実力を認められたからに他ならなかった。



 ではその闘気法とは何なのかという話になるが、これは少しばかり長くなる。

 物凄く簡単に言えば、その名の通りに生物が持つエネルギーである気を用いて戦う方法だ。

 遠い別の国では気功術なんて風にも呼ばれるらしい。


 闘気法が生まれたのは遥か昔、伝説の魔導帝国時代にまで遡る。

 何でもその魔導帝国では魔術を使えるか否かで身分が決まり、魔術の使えぬ人々は知恵なき者と呼ばれて奴隷に等しい扱いを受けていたという。

 勿論魔術なんて代物は扱える才を持つ者の方が圧倒的に少数派なのだから、一部の支配者がその他大勢を奴隷として扱っていたそうだ。

 そんな時代に、魔術を使えぬ人が魔術師に対抗する為に生み出した技術が闘気法である。


 ……なんて風に言うと、さぞや魔術師と闘気法の使い手が激しくやり合った風に思えてしまうが、残念ながらその頃の闘気法はまだ未発達で魔術に打ち勝てるほどの力はなく、尚且つ扱う為には特別な才能を必要としたから、結局は魔導帝国を揺るがす事すらできなかった。

 魔導帝国時代を終わらせたのは魔術師達自身の傲慢で、竜を倒す為に生み出した呪いの兵器、巨人の暴走が原因だ。

 とある国に大勢の知恵なき者を押し込めた魔術師達は、大規模な呪いで集めた人々を巨人と化した。

 だがその制御に失敗し、巨人は魔導帝国に牙を剥く。

 更にそんな巨人を危険視した竜が戦いに参戦し、魔導帝国は巨人と竜の争いの余波を受けて消し飛んだ。


 あぁ、話が逸れてしまったけれども、闘気法の使い手はその戦火から民衆を逃がす事には活躍をしたらしい。

 だからこそ今では闘気法の使い手が特別扱いを受け、騎士になる為には闘気法が必須とされているんじゃないだろうかと、僕は思ってる。

 尤も遥か昔は兎も角として、今の闘気法は魔術にも負けないくらいに強いけれども。


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