プルソンの図書館

五三六P・二四三・渡

約束

 昔飼っていた猫の様子を見て来てほしい。

 古い友人がそう、今際の際に頼み込んできた。

 幼いころは姉妹のように仲良く遊んだ。お互い別の男性と結婚することになっても、夫が冗談交じりに嫉妬するほど頻繁に出会って生活のあれこれを話し合ったりもした。

 しかし、数十年ほど前に友人が家の都合により隣の国に引っ越すことになった後は、手紙でのやり取りのみとなった。

 たわいないやり取り。市場で買った洋服がよかったということ。夫に関する愚痴。子が戦争に行くことになった時の涙がにじんだ励ましの言葉。

 顔を合わせずとも大切に保管してある積み重ねた葉書の束を見返すだけでも彼女との関係の強さを自覚できた。そして「おそらく最後になるでしょう」という書き出しから始まる手紙が届いた時、すべてを放り投げるように列車に飛び乗った。

 ベッドで横になる彼女を見た時は「思ったより元気そうだ」という印象をすがるように抱いた。しかし彼女の子や孫たちの隠しきれない諦めと悲しみの表情を見ると、やはり「最後」だということをまざまざとつきつけられた。私のことはすでに聞いていたのか、幸いにも二人きりにしてもらえた。数十年の時間を埋めるようにまくしたてたかったが、あまり話す体力はないようで、言葉を発するたびにもどかしさを何度も感じ、咳こむたびに自制をした。いくら話しても物足りず、日が傾くにつれ彼女と話せる時間が少なくなっていくという事実に悲しくなった。

 本当にこれで終わりなのだろうか。そう思いつつも別れの話に舵を取った所で、彼女が頼み事をしてきたのだった。

「覚えてる? 私の家で昔飼っていた猫のこと」

 少し記憶の物入れから取り出すのに時間はかかったが、確かに覚えていた。二人で抱き合う権利を争い、それを猫が嫌がって逃げていったことを少し思い出した。

「あの子、引っ越しした後も大切に飼って可愛がってたんだけども、やっぱり年齢には勝てないのか年々弱弱しくなってね……仕方ないことなんだけど、娘が駄々をこねて……死んでほしくない。死んだ後も出会いたいって。だから」

 彼女が強くせき込んだ。私は慌てて背中をさする。他の人を呼ぼうかと聞いたが、首を否定の形に振られた。

「でも戦火が強くなってきた時からその国から避難せざるを得なくなったの……そしてあっというまに十年がたって……娘は猫のことなんか忘れちゃって……私は覚えていたけど、まだまだ国が不安定な状況だから戻るに戻れなくて……最近安定したみたいだけど私はもうこんな体だから……だから……」

 彼女は私の手を強く握った。

「あの子の後のことを、あなたに決めてほしいの」

 それが彼女との最後の会話だった。

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