第2話『お見舞いへ』
「それじゃ、これで終礼を終わります。週が変わったので、掃除当番は6班になります。委員長、号令を」
「起立、礼」
『さようなら』
放課後。
あおいが欠席したのもあって、今日はやけに長く感じたな。ようやく放課後を迎えられた感じがする。
今週の掃除当番は6班なので、愛実も俺も掃除当番ではない。なので、これからすぐにあおいのお見舞いに行ける。
「リョウ君、行こうか」
「ああ、そうだな」
「涼我君、愛実ちゃん」
席を立って、スクールバッグを持った直後、佐藤先生が声を掛けてこちらにやってきた。
「これからあおいちゃんのお見舞いに行くんだよね」
「そうです、樹理先生」
「じゃあ、お大事にって伝えておいてくれるかな。朝にメッセージを送ったんだけどね」
「分かりました!」
「あおいに伝えておきます」
「ありがとう」
佐藤先生は穏やかな笑顔でお礼を言った。
さようなら、と佐藤先生に挨拶して、愛実と俺は教室を後にする。
今週は道本達も掃除当番ではないので、5人で昇降口のある1階まで降りた。
「じゃあ、私達は部活に行ってくるわ」
「部活が終わったら、3人で桐山のお見舞いに行くよ」
「また後で会おうな!」
「ああ。3人とも部活頑張って。怪我とかには気をつけて」
「頑張ってね」
怪我や熱中症といった体調不良などに気をつけて部活を頑張ってほしい。あおいが風邪で休んだから、いつもよりもその思いが強い。
道本達と別れ、愛実と俺は昇降口へ行き、上履きからローファーに履き替えた。
校舎を出ると、秋の午後の日差しが照り付ける。日差しは暑いけど、たまに吹く柔らかな風が爽やかで気持ちがいい。真夏の時期はこの時間でもかなり蒸し暑かったので、もう秋になったのだと実感する。
「やっと放課後になったね」
校門を出てすぐのところで、愛実はニコリと笑いながらそう言った。
「そうだな。俺も同じ気持ちだ。あおいがいなかったからだろうな」
「そうだね。私の前の席があおいちゃんだから、席に座ると視界が凄く広く感じて。寂しかったな」
「その気持ち……分かるよ。俺も右斜め前があおいだから、板書を写すときは自然とあおいが視界に入るんだ。だから、今日はあおいが欠席しているんだって実感させられたというか」
「そうだったんだ。放課後になったから、やっとあおいちゃんに会えるね」
愛実は嬉しそうに言う。
今日の学校生活がやけに長く感じたのは、あおいのいない寂しさだけでなく、放課後になってあおいに会いたい気持ちもあったからかもしれない。
「あおいちゃん、元気になっているといいね」
「そうだな。午前中に病院へ行って、帰ってきた後に玉子粥とりんごのすり下ろしを食べて、処方された薬を飲んで寝たそうだから、ある程度治っていると信じたいな」
今言った内容をお昼前に母さんからメッセージで受け取った。
母さんはあおいと麻美さんが病院から帰ってきた直後にあおいの家に行き、玉子粥とりんごのすり下ろしを食べさせたとのこと。玉子粥はお茶碗半分ほど、すり下ろしもりんご半分くらいの量を食べられたそうだ。栄養を摂り、薬を飲み、寝ることであおいの体調が良くなってきていると思いたい。
その後、帰り道の途中にあるコンビニで、ぶどうゼリーとマスカットゼリーを買った。その際、愛実と割り勘する形で支払った。
コンビニを後にして、俺達はあおいの家の前まで向かう。朝以来だけど、随分と久しぶりな気がする。
愛実がインターホンを押した。
『はい。……あっ、涼我君と愛実ちゃん。お見舞いに来てくれたのね』
「はい。学校が終わったのでお見舞いに来ました」
「あおいちゃんの好きなぶどうゼリーとマスカットゼリーを買ってきました」
『ありがとう。すぐに行くわ』
そう言う麻美さんの声は落ち着いていた。
それからすぐに玄関が開き、朝と同じ服装の麻美さんが姿を現す。
「2人ともいらっしゃい」
「こんにちは、麻美さん」
「こんにちは。あおいの具合はどうですか? 母さんからは昼前に、お粥とりんごのすり下ろしを食べて、処方された薬を飲んで寝たとメッセージをもらいましたが」
「薬を飲んだのもあってか、ぐっすり寝ているわ。だから、良くなってきていると思う。お手洗いだと思うけど、お昼過ぎに一度部屋を出ていたわ」
「そうですか。なら良かったです」
薬の力でもちゃんと眠れているようで安心した。愛実も同じような気持ちなのか、ほっと胸を撫で下ろしている。あと、個人的に風邪を治す一番の薬は寝ることだと思っている。
「さあ、入って」
「はい、お邪魔します」
「お邪魔しますっ」
俺達はあおいの家に上がり、2階にあるあおいの部屋の前まで向かう。
――コンコン。
「あおい。愛実と一緒にお見舞いに来たよ」
「ゼリーを買ってきたよ」
俺が部屋の扉をノックした後、俺達はそれぞれそう言う。
あおいは今、どうしているだろう。ぐっすり寝ていると麻美さんが言っていたから、今も眠っているかな。それとも、インターホンの音やノックの音で目が覚めただろうか。
『どうぞ……ふああっ……』
あおいの返事が聞こえた直後、可愛らしいあくびも聞こえてくる。もしかしたら、たった今、目が覚めたのかもしれない。
あくびを聞いてか、愛実はクスッと笑った。
「入るよ」
俺はそう言い、あおいの部屋の扉を開ける。
今朝と同じく、部屋の中は薄暗くなっており、エアコンがかかっているので涼しい。そんな中、あおいはこちらを向きながらベッドで横になっていた。
「よっ、あおい」
「あおいちゃん、こんにちは。お見舞いに来ました」
「2人ともありがとうございます。荷物は適当な場所に置いてください。あと、電気を点けてもらえますか?」
「ああ」
扉の近くにあるスイッチを押して、部屋の照明を点ける。バッグはローテーブルの周りに置かせてもらい、ゼリーの入った袋はローテーブルに置いた。
改めてあおいを見ると……あおいの顔色は結構良くなっているな。今朝は薄暗い中でもはっきり分かるくらいに顔が赤くなっていたから。
「あおいちゃん、体調はどうかな?」
「顔色は良くなっているように見えるけど」
「熱っぽさは特に感じませんね。頭痛や喉の痛みも全然ありませんし。体のだるさも……」
あおいはすっと上体を起こす。
「……うん、特にだるさや重さも感じませんね」
あおいはいつもの明るい笑顔でそう言った。かぶりタイプの半袖の青い寝間着が似合っているのも相まってとても可愛らしい。あの寝間着、夏休みに俺がここに泊まったときにも着ていたな。
あおいが普段と変わりないところまで快復していて良かった。そのことにほっと胸を撫で下ろす。それは愛実も同じで。
「結構治ってきて良かった」
「良かったよ、あおいちゃん。安心した」
「ありがとうございます。病院でもらった薬がよく効いたのでしょうね。それに、お母さんと智子さんに玉子粥とりんごのすり下ろしを食べさせてもらいましたから」
そう言うと、あおいの笑顔はニッコリとした可愛らしいものになって。この笑顔も普段よく見る笑顔の一つだ。
「病院に行く前は体が熱くてなかなか眠れなかったのですが、病院から帰ってきて処方された薬を飲んだらすんなり眠れました。お昼過ぎに一度起きましたが、そのときには熱っぽさはなくなっていましたね」
「そうだったんだな。あの病院の薬、よく効くよな」
「私もあそこの病院でもらう薬を飲むと早く元気になれるよ」
「そうですか。……ローテーブルにある体温計を取ってもらえますか? 朝に測ったきりなので」
「分かった」
俺はローテーブルから体温計を手にとってあおいに渡した。
あおいは体温計を使って体温を測る。顔色もいいし、熱っぽさもなくなっているそうだけど、今の体温はどのくらいだろうか。
――ピピッ。
30秒ほどして、体温計が鳴った。
「……36度6分です」
あおいは微笑みながらそう言うと、俺達に体温計を見せてきた。体温計の液晶画面には『36.6℃』と表示されていた。
「結構下がったね」
「だな。今朝は38度以上あったそうだし」
「ええ。平熱よりもちょっと高いですけど、この調子なら明日には平熱まで下がっていると思います。学校にも行けるかと」
「良かったよぉ、あおいちゃん」
愛実は嬉しそうな笑顔で言い、あおいのことをそっと抱きしめた。あおいの頭を撫でていて。今日はあおいがいなくて寂しがっていたし、普段ほどの元気もなかった。だから、あおいの体調が良くなってきているのが嬉しいのだろう。
「良かったよ。海老名さん達も部活が終わったらお見舞いに来るってさ。あと、佐藤先生がお大事にって言ってた」
「そうですか。嬉しいですね。……今日の学校はどうでしたか?」
「理沙ちゃんは結構寂しがってたよ。女子は寂しがっている子が多かった」
「あと、あおいがいないから、道本と鈴木は1年の頃みたいだって言ってたよ。ただ、あおいもいる6人がしっくりくるとも言ってた」
「そうでしたか」
ふふっ、とあおいは嬉しそうに笑った。
「あおいちゃん。何かしてほしいことはある? 遠慮なく言って」
「愛実の言う通りだ。何でも言ってくれ」
俺の場合は1学期に風邪を引いた際、お見舞いに来てくれたときに看病してくれたことのお礼をしたいのもある。あおいがしてほしいことをできるだけ叶えさせてあげたい。
「ありがとうございます。では……汗拭きとお着替えをしたいです。熱が出て、何時間も寝ていましたから汗を掻いていて」
「そうなんだ。じゃあ、汗を拭いて、お着替えをしてスッキリしようね」
「はい。着替えもするので……愛実ちゃんにお願いしたいです。涼我君は好きな人ですし、幼稚園の頃は一緒にお風呂に入りましたし、今年の夏は海とプールにも行きましたけど、全裸を見られるのは恥ずかしいので。愛実ちゃんという恋人もいますし……」
あおいはそう言うと見る見るうちに顔が赤くなっていく。このままだと熱がぶり返してしまいそうだ。また、あおいは「けほっ、けほっ」と咳をする。咳の症状はちょっと残っているようだ。
お風呂に入ったときにあおいの裸を見たことはあるけど、それは幼稚園の頃の話。あおいが全裸を見られるのが恥ずかしいと言うのは分かるし、同じ女性の愛実にお願いするのは自然な流れだろう。それに、高校生になった今、愛実以外の女性の裸を見るのはまずい。
「分かった。汗拭きと着替えをしている間は部屋の外にいるよ」
「すみません、涼我君。愛実ちゃん、お願いしてもいいですか?」
「もちろんだよ、あおいちゃん」
「ありがとうございます」
「じゃあ、俺は外に出ているよ。終わったら声を掛けてくれ」
「分かったよ、リョウ君」
俺は部屋から出て、扉の側の壁に寄り掛かる。
スマホは持ってきているし、ソシャゲをやったり、WEB小説を読んだりして、汗拭きと着替えが終わるのを待つか。ただ、その前に、道本達にあおいの体調が良くなってきているとメッセージしておくか。
スラックスのポケットからスマホを取り出し、6人のグループトークにあおいの体調が良くなってきたとメッセージを送った。
その後、小説投稿サイトにアクセスする。ラブコメが好きだから、新着で面白そうなラブコメ作品を探してみるか。そう思いながらサイトを見ていると、
『あおいちゃんの体……夏休みから変わらず綺麗だね。引き締まってて、くびれもしっかりとあって凄い……』
『ありがとうございます。立ち仕事のバイトと、愛実ちゃんに教えたストレッチをしているからだと思います』
『そっか。疲れるって言っていたし、バイトでも体力や筋力が付くんだろうね。私もあのストレッチのおかげで、甘い物を食べても体型が維持できるようになってる。くびれも前よりできてきた。あおいちゃんに感謝だよ。ありがとう』
『いえいえ』
という会話が聞こえてきた。愛実があおいの寝間着や下着を脱がせたのかな。
今の話を聞いたら、2人の水着姿や、付き合い始めてからお風呂や肌を重ねたときに見た愛実の裸が次々と思い浮かぶ。2人の水着姿も愛実の裸も綺麗だったな。だから、段々とドキドキして体が熱くなってくる。
『あおいちゃん、どう?』
『とても気持ちいいです』
『良かった。じゃあ、こんな感じで拭いていくね』
『お願いしますっ』
『はーい』
あおい、愛実にタオルで拭いてもらうのが気持ちいいか。笑い声も聞こえてきて。2人の声に癒やされ、ドキドキが収まっていく。
部屋の中から聞こえてくる愛実とあおいの会話が気になり、WEB小説を読むことにあまり集中できなかった。
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