第1話『祝福と励ましと』

 愛実とあおいと楽しく喋っていたのもあり、あっという間に通っている東京都立調津ちょうつ高等学校に到着した。

 俺は部活や委員会などには所属していないので、高校に来るのは1学期の終業式の日以来。だから、懐かしく感じられた。去年の夏休み明けよりもその思いが強い。あと、愛実っていう恋人がいる中で学校に来るのは初めてだから新鮮さも感じられて。


「何だか、高校懐かしいです。駅から近いですから、夏休み中もバイトや買い物などに行くときに校舎が見えていましたが」

「そうだな、あおい」

「懐かしいよね。夏休み中は部活がなかったから一度も来なかったし。それに、夏休みの間に色々なことがあったからかな」


 そう言い、愛実は笑顔で俺とあおいのことを見てくる。

 ……そうか。去年よりも懐かしい気持ちが強いのは、今年の夏休みは色々なことがあったからだったんだ。

 11年ぶりにあおいと一緒に夏休みを過ごして。

 愛実とあおいから告白されて。

 愛実とあおいとそれぞれデートして。

 夏休み終盤には2人からの告白の返事をして、愛実という初めての恋人ができて。

 バイトをしたり、海水浴や花火大会に行ったり、同人イベントに参加したりしたのは去年と一緒だけど、去年以上に楽しくて。

 充実した夏休みだったからこそ、学校に来るのが久しぶりに思えるのだろう。


「きっとそうだろうな。本当に……色々なことがあったから」

「愛実ちゃんの言う通りですね。今年の夏休みは盛りだくさんでしたから。涼我君とは久しぶりに、愛実ちゃん達とは初めて一緒に夏休みを過ごせましたから。それに……涼我君に恋をしましたからね。それが一番大きいかもしれません」

「そうだね、あおいちゃん。私もリョウ君に告白したのが一番大きいかも」

「あおいと久しぶりに夏休みを過ごしたのも大きいけど、俺も一番は2人の告白について考えたことかな。こういうことは初めてだったし」


 今年の夏休みは初めてのことや久しぶりのことを経験した夏休みでもあった。それも、学校が懐かしく感じられる理由の一つなのかもしれない。

 俺達のクラスである2年2組の教室がある教室A棟に入り、昇降口でローファーから上履きに履き替える。

 履き替えた後、近くにある階段で教室のある4階まで上がる。

 階段を上がるのも1学期の終業式の日以来だけど……全く疲れを感じない。これも、夏休み中も定期的に早朝のジョギングをして、体力や筋力が付いたからだろうか。あとはバイト中は立っていることが多いのも影響しているかもしれない。

 あおいは平気そうで、愛実は……ちょっと息が上がっている。


「愛実、大丈夫か?」

「う、うん。久しぶりにこの階段を上がったから、ちょっとだけ疲れた」

「そうか。まあ、1ヶ月半ぶりだもんな」

「1学期のときのように、段々と慣れてきますよ」

「そうだね」


 1学期も何日か学校生活を送る中で、愛実は4階まで平気に上がれるようになっていた。あおいの言う通り段々と慣れていくだろう。

 4階の廊下を歩き、教室後方の扉から、2年2組の教室に入る。エアコンが掛けられているから、教室の中は涼しくて快適だ。

 教室の中には3分の2ほどのクラスメイトが既に登校していた。夏休みを経て、何人かの生徒は肌が日焼けしていて。

 長期休暇明けなのもあり、友達中心にクラスメイト達が「久しぶり」と声を掛けてくれる。俺達もそれに返事するように「久しぶり」と言う。


「おっ、麻丘達が来たな! みんなおはようだぜ!」

「麻丘、香川、桐山、おはよう」

「みんなおはよう!」


 窓側最後尾のところにいる友人達・道本翔太どうもとしょうた鈴木力弥すずきりきや海老名理沙えびなりささんが元気良く声を掛けてくれる。あおいが窓側最後尾の席で、俺はあおいの隣。愛実の席も俺の一つ前の席なので、登校すると3人があの場所にいることが多い。2学期になっても馴染みのある光景が見られるのは嬉しい。

 ちなみに、道本と鈴木が半袖のワイシャツ姿、海老名さんが半袖のブラウスに水色のベスト姿と1学期によく見た服装だ。

 俺達は道本達に「おはよう」と挨拶し、それぞれ自分の席に荷物を置いた。


「麻丘君達と会うのは花火大会のとき以来かしら」

「そうだな。あの日の夜にメッセージで伝えたけど、愛実と恋人として付き合うことになりました」


 愛実と付き合い始めてからは初めて会うので、道本達に改めて報告した。

 俺に続いて、俺の隣に立つ愛実も「付き合うことになりました」と言った。


「2人とも幸せそうね。改めておめでとう」

「おめでとうだぜ! 友人達がカップルになるのっていいな! 彼女の美里みさとも嬉しそうだったぜ!」

「おめでとう、麻丘、香川。2人とも中学入学以来の付き合いだし、本当に嬉しいよ」


 海老名さんは落ち着いた笑顔で、鈴木はとても明るい笑顔で、道本は爽やかな笑顔でそれぞれ俺達を祝福する言葉を贈ってくれる。付き合い始めた直後に祝福のメッセージをくれて嬉しかったけど、こうして面と向かって言われるのも嬉しいものだ。

 また、今の3人の様子をあおいはニコッとした笑顔で見ていた。


「そして、あおい。あのときのメッセージにも書いた通り、あたし達は仲間ね」

「ですね、理沙ちゃん。涼我君を好きになって、告白して、フラれて。これからは失恋仲間としても仲良くしていきましょう!」

「失恋仲間って。ストレートに言われると、心がチクッとするわ」

「す、すみません」

「いいのよ。紛れもない事実だから。失恋仲間としてもよろしく、あおい」


 海老名さんが笑顔で受け入れると、あおいは海老名さんのことを抱きしめる。海老名さんは「ふふっ」と笑いながら、あおいの頭を撫でた。その光景を見て心が温かくなる。

 俺にフラれてから1週間も経っていない。それでも、あおいが今までと同じように元気でいられる理由の一つは、海老名さんという俺にフラれた「失恋仲間」の友人がいるからかもしれない。

 今の俺達の会話を聞いたり、事前に道本達から愛実と俺が付き合ったことを話されたりしたからだろうか。友人を中心に、


「愛実ちゃん、麻丘君と付き合い始めたんだよね! おめでとう!」


「2人ともおめでとう! 小学校のときから一緒だったもんね!」


「おめでとう、麻丘。香川と桐山から告白されて、香川と付き合うなんて羨ましいぜ」


 などと、愛実と俺が付き合い始めたことを祝ってくれた。こんなにも祝ってもらえて嬉しいな。中には小学生の頃からの付き合いの友人もいるし。愛実も嬉しそうにしており、愛実を見ていると嬉しい気持ちが膨らむ。

 俺達を祝福してくれているので、愛実と声を揃えて、


『ありがとう』


 とお礼を言った。だから、ちょっと気持ち良さも感じて。

 また、女子中心に、


「あおいちゃんドンマイ!」


「あおいちゃんなら、麻丘君みたいないい人とまた出会えるよ!」


 と、あおいを励ましたり、慰めたりする声もあって。あおいの頭を撫でたり、肩や背中をポンポンと優しく叩いたりする女子もいて。それを受けてあおいは、いつもの明るい笑顔で「ありがとうございます」とお礼を言っていた。

 それからは道本達と一緒に夏休み中のことを話しながら、朝礼前の時間を過ごした。久しぶりなのもあり、こうして普段通りの時間を過ごせるのがいいなって思う。


「やあやあやあ。みんなおはよう。まだチャイムは鳴っていないから自由にしてていいよ」


 チャイムが鳴る前に、ジーンズパンツにノースリーブの縦ニット姿の佐藤先生が教室に入ってきた。先生は持っているトートバッグを教卓に置くと、俺達の所にやってきた。


「みんなおはよう。そして、涼我君と愛実ちゃん。おめでとう。花火大会の夜にメッセージはもらったけど、2人が付き合い始めてから会うのはこれが初めてだからね。直接言いたかったんだ」


 佐藤先生はいつも通りの落ち着いた笑顔で、愛実と俺に祝福の言葉を言ってくれる。もしかしたら、俺達におめでとうと言いたくて、早めに教室に来たのかもしれない。


「ありがとうございます」

「樹理先生、ありがとうございます!」

「いえいえ。これからも仲良くね」


 佐藤先生はとても優しい笑顔でそう言った。

 また、佐藤先生は優しい笑みを浮かべたまま、あおいのすぐ近くまで行き、無言であおいの頭を優しく撫でる。先生なりに失恋したあおいを慰めているのかもしれない。俺と同じようなことを考えたのか、あおいの口角が上がった。


 ――キーンコーンカーンコーン。

「おっ、チャイムが鳴ったね。みんな、自分の席に着いてね」


 そう言うと、佐藤先生はあおいの頭をポンポンと優しく叩いて教卓へと向かう。俺達もそれぞれの席へと戻る。


「2学期初日にクラス全員の顔が見られて嬉しいよ。じゃあ、朝礼を始めるよ」


 こうして、2学期の学校生活が始まるのであった。

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