第54話『吸って、吸われて。』

 あおいがスキンケアとストレッチをした後は、『名探偵クリス』のアニメを観ることに。あおいの淹れてくれたアイスティーを飲んだり、リビングから持ってきてくれたチョコレートマシュマロを食べたりしながら。

 隣同士で寄り添う姿勢で見たり、さっきは舌を絡ませるキスをしたりしたから、観始めてすぐはあおいのことばかり気になってしまって。

 ただ、クリスはあおいも俺も小さい頃から大好きな作品。クリスのおかげもあり、段々とあおいとクリスのことを話すようになって。1話分を観終わった頃には、普段とあまり変わらない空気感に戻っていた。


「やっぱりクリスは面白いですね!」

「面白いよな。原作エピソードも面白いけど、今みたいにアニメオリジナルエピソードも面白いのがいっぱいあるよな」

「そうですね!」


 あおいは明るい笑顔でそう言うと、ローテーブルに置いてあるマシュマロを一つ食べる。マシュマロの甘さがお気に召したのか、「ふふっ」と可愛らしい笑い声を漏らす。

 あおいのことが可愛いなと思いつつ、俺はアイスティーを一口飲む。


「こうして、寝間着姿でお菓子や飲み物を楽しみながらクリスを観ていると、昔のお泊まりを思い出しますね」

「そうだなぁ。麻美さんと聡さんが作ってくれた夕ご飯を食べて、あおいと麻美さんと3人でお風呂に入って、その後にお菓子やデザートを食べながらクリスとかのアニメを観たよな」

「観ましたね。小さい頃もこうして隣同士で座りながら観ましたよね」

「そうだったな。懐かしいなぁ」

「そうですねっ」


 クッキーとかマシュマロとかお菓子を食べたり、オレンジジュースとかコーラとか甘い飲み物を飲んだりしながら、あおいとアニメを観ていたっけ。小さい頃だから、麻美さんや聡さんと一緒に観ることもあって。クリスは当時のお泊まりでも観ていたから、とても懐かしい気持ちになる。


「涼我君がお泊まりに来ると、夜までお菓子をたくさん食べたり、ジュースを飲んだりすることができて。それが嬉しかったですね。もちろん、涼我君の家でお泊まりしたときも。それも涼我君とお泊まりするのが楽しかった理由の一つでした」

「ははっ、そうか。うちも、あおいがお泊まりしに来ると、デザートが普段より豪華になったり、お菓子をたくさん出してくれたりして嬉しかったなぁ。あおいの家でお泊まりしたときは、麻美さんと聡さんが色々と準備してくれていたし」

「ふふっ。子供の頃ですから、そういうことで凄く嬉しくなりますよね」

「分かる。お泊まりいいなって思った」


 俺のその言葉に、あおいは「ふふっ」と声に出して楽しそうに笑う。

 小さい頃はお菓子やジュースが大好きだったからな。お菓子もジュースもいっぱいあることにワクワクして。寝るまであおいと一緒なのもあり、お泊まりをするといつもと全然違う時間を過ごしている感じがしたな。その時間がとても楽しかった。ただ、それは愛実とのお泊まりでも言えることだ。


「家自体は違いますけど、10年経って、私の家で涼我君とまたお泊まりができて嬉しいです。プールデートをした流れなので本当に嬉しいです」

「俺も嬉しいよ、あおい。誘ってくれてありがとう」


 あおいの目を見ながらお礼を言って、俺はあおいの頭を優しく撫でる。

 あおいはとても嬉しそうな笑顔を見せてくれて。あおいの髪の柔らかさやシャンプーの甘い匂いも香ってくるのもあり、結構ドキッとした。


「今は……10時くらいか。まだまだアニメを観られるな」

「そうですね! 引き続きクリスを観ますか?」

「ああ。思い出話をしたら、クリスを観たくなった」

「ふふっ、そうですか。私もですよ。では、このBlu-rayの続きを観ましょうか」

「そうしよう」

「……ただ、今までのように隣同士に座るのではなくて、涼我君の脚の間に座って観てみたいです。隣同士よりもくっつけそうな気がしますし、一度もやったことがありませんから試してみたくて。どう……でしょうか」


 あおいは俺のことをじっと見つめながら、そんなお願いをしてくる。隣同士で座るよりもくっつけそうと言うだけあり、あおいの頬が赤くなっていて。そんな反応をされたら断れない。断る気は元々ないけど。


「いいよ。一度、やってみようか」

「はいっ」


 提案が通ったからか、あおいは嬉しそうに返事した。

 俺はベッドに寄り掛かって、両脚を広げる。このくらい広げれば、あおいも座れそうかな。

 あおいは俺の脚の間に体操座りのような形で座って、俺にもたれかかってきた。そのことで寝間着越しにあおいの温もりが、髪からはシャンプーの甘い匂いが濃く感じられる。確かに、隣同士で座るよりもくっついているな。


「す、座れましたね。背もたれのように涼我君に寄り掛かっていますが、重かったり、痛かったりしませんか? あと、テレビが見えづらいとかはないですか?」


 そう言うと、あおいは顔だけをこちらに振り向いてくる。


「大丈夫だよ。俺もベッドを背もたれにしているから楽に感じるくらいだ。テレビ画面も問題なく観られるよ」

「良かったですっ」


 ニコッと笑うあおい。


「私も……楽ですし、背中から感じる涼我君の温もりや胸板の硬さがいいなって思います」

「それは良かった。ジョギングしていて良かったよ」

「ふふっ。……涼我君。両手は床に置くのではなく、私の体の前面に回してもいいのですよ? むしろ、そっちの方がいいといいますか。後ろから抱きしめられている感じになりそうですし……」


 そう言うあおいはさっきよりも頬が赤くなっていて。もしかしたら、後ろから抱きしめられる体勢になりたいのも、俺の脚の間に座りたかった理由の一つかも。


「分かった」


 俺は後ろからあおいのお腹の辺りに手を回す。これからクリスを観るので、抱きしめるというよりはあおいのお腹に軽く触れる感じだ。


「こんな感じでいいか?」

「……はい。凄くいいです。お腹からも涼我君の温もりを感じられて幸せです」


 あおいは赤みの強くなった顔に満面の笑みを浮かべる。あおいから伝わってくる熱も強くなったけど、この様子なら大丈夫だろう。


「では、クリスを観ましょうか」

「ああ」


 俺達はクリスが録画されたBlu-rayの続きを観始める。これから観るのは前後編構成の原作エピソードだ。

 漫画を読んだときも面白いと思ったエピソードだし、アニメになっても好きなんだけど……あおいを後ろから軽く抱きしめているから、クリスよりもあおいのことがどうしても気になってしまう。

 軽く抱きしめているけど、あおいの抱き心地……凄くいいな。あおいの背中から伝わってくる温もりも優しくて。

 あと……あおいの頭がすぐ目の前にあるから、常にあおいの艶やかな黒髪からシャンプーの甘い匂いが感じられて。呼吸する度に癒やされる。さっき、頭を撫でたとき、髪が柔らかくて気持ち良かったな。顔を埋めたらどんな感じなんだろう。そう考えたら、吸い込まれるようにして、顔をあおいの髪に埋めた。


「ひゃあっ」


 あおいの可愛らしい声が聞こえる中、俺はあおいの髪の中で鼻呼吸をする。……これまでよりもシャンプーの匂いが濃厚に香って。あおいの甘い匂いも混ざっていてとてもいい。顔全体にあおいの髪の柔らかさを感じているので、癒し効果抜群だ。


「りょ、涼我君っ。脳天から後頭部にかけてとても温かな息が当たるのですがっ」


 あおいがそう言うので、ゆっくりと顔を頭から離す。

 その直後に、あおいはこちらに振り返ってくる。頭部に温かな吐息がかかったのが刺激的だったのか、頬を中心に顔が赤くなっている。そんな顔には困惑した表情が浮かぶ。


「至近距離だから、常にあおいの髪からいい匂いがして。さっき撫でたときに髪が柔らかくて気持ち良かったから……顔を埋めたらどうなるのかなと思って。それで、髪に顔を埋めて深呼吸してた」

「なるほど、そういうことでしたか。何だか、猫吸いとか犬吸いみたいですね」


 猫吸いとか犬吸い……ああ、猫や犬に顔を埋めて息を吸い込む行為のことか。まさに、俺がやっていたのはそれだな。


「ああ。俺がやっていたのはあおい吸いだな。もし嫌だったならごめん」

「いえいえ。急に温かい吐息がかかってビックリしましたが、嫌ではありません。それに、嬉しい理由ですし。ちなみに……あ、あおい吸いしてどうでしたか?」

「……凄く癒やされました。甘い匂いがして、髪も柔らかかったから」

「……良かったです」


 えへへっ、とあおいは嬉しそうな笑顔を見せてくれる。髪とはいえ、突然顔を埋めて匂いを嗅いだからな。あおいに嫌がられるかと思ったけど……ほっとした。


「ただ、今の話を聞いたら……私も涼我君吸いをしたくなりました」


 あおいはそう言い、体ごと俺の方に向けてくる。そのことで、あおいを正面から軽く抱いている体勢となる。


「いいですよね?」

「ああ、いいぞ」


 俺があおい吸いをした後だからな。断るわけがない。そんな俺の心境分かっての訊き方だったと思う。

 ありがとうございます、と笑顔でお礼を言うと、あおいは俺の寝間着のボタンを外し始めた。


「あ、あおいさん?」

「む、胸に顔を埋めて涼我君吸いをしたいと思いまして。ただ、寝間着越しだとあまり匂いが分かりませんから。インナーシャツって着ていますか? ゴールデンウィーク前にお見舞いに行ったときには寝間着の下に着ていましたが」

「ああ。着ているよ」


 腕はまだしも、胸元やお腹、背中に直接服や寝間着が当たる感覚が好きじゃなくて。なので、季節を問わずインナーシャツを着ている。


「良かったです。それならちょうど良さそうです。肌に直接だとかなりドキドキしちゃいそうですから」

「なるほどな」


 インナーシャツ越しなら、寝間着越しよりは匂いを嗅げるだろうし、直接肌に触れるよりはドキドキせずに済むと。いきなり寝間着のボタンを外したときには、いったい何を考えているのかと焦ったよ。

 あおいは俺の寝間着のボタンを全て外すと、胸に顔を埋めてくる。


「すー……はー……」


 と、あおいは俺の胸の中で深呼吸する。インナーシャツ越しにあおいの吐息の生温かさが伝わってくるからドキドキする。


「いい匂いがします。温かくて気持ちいいです」

「それは良かった」

「……あと、私の体からと同じボディーソープの香りがしてくることが嬉しいです」


 あおいはそう言うと、顔を離して俺のことを見上げてくる。嬉しいと言うだけあって、あおいの顔には柔らかな笑顔を浮かべていて。


「涼我君吸い……いいですね」

「お気に召したようで何よりだ」

「ふふっ。もう少し涼我君吸いしたいです」

「もちろんいいぞ。この体勢なら、俺もあおい吸いができそうかな」

「いいですよ。す、吸い合いましょうか」


 と言い、あおいの笑顔はほんの少し赤みを帯びる。

 吸い合う……何だかちょっと厭らしい響きだな。きっと、あおいも同じようなことを思ったんじゃないだろうか。ただ、そのことについてはあおいに問わないでおいた。恥ずかしがる展開になりそうだから。

 それからしばらくの間、俺達は吸い合った。

 あおいの髪……とても柔らかくて、本当にいい匂いがする。また、定期的に胸元に温かな吐息がかかるのもあってかなり気持ち良く感じられる。

 お互いに吸うのを満足したときには、後編のエピソードになっており、クリス君が名探偵のおじさんを眠らせて推理を披露し始めていた。見覚えのあるシーンまで映像を戻していくけど、そのシーンは前編なので時間がかかったのであった。

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