第53話『明日は。今は。』
10分ほど湯船に浸かった後、俺はお風呂から出た。
緑色の半袖の寝間着姿になり、荷物を持ってあおいの部屋に戻る。
「ただいま」
あおいの部屋の中に入ると、エアコンによって冷やされた空気が全身を包み込む。それがとても心地良くて。
あおいは少女漫画らしきものを読んでいた。ただ、俺が戻って来たことに気づいたようで、漫画を閉じ、笑みを浮かべてこちらに顔を向けてくる。
「おかえりなさい。お風呂はどうでしたか?」
「気持ち良かったよ。湯加減も良くて。とてもいい一番風呂をいただきました」
「それは良かったです。あと、その寝間着似合っていますね」
「ありがとう」
「では、私も入ってきましょう。本棚にある本を読んでもかまいませんよ。あと、もしよければ、ローテーブルに置いてあるこのドライヤーを使ってください」
「ありがとう。使わせてもらうよ」
あおいは俺にドライヤーの使い方を教えて、部屋を後にした。
クッションに座り、あおいのドライヤーを使って髪を乾かしていく。女子が使うだけあって、俺が使っているドライヤーよりも軽めだな。それでいて風量も強くて。あの長い黒髪を綺麗で艶やかに保てる理由の一つは、このドライヤーを使っているからかもしれないな。
髪を乾かし終わり、腕や脚を中心に軽くストレッチする。今日のプールデート中にあおいと泳いだので、疲労回復のために。学校で体育の授業があった日にもしている。
ストレッチも終わったので、あおいの本棚に入っている漫画でも読むか。
本棚を見ていき……『みやび様は告られたい。』という大人気のラブコメ漫画の第1巻を取り出した。ベッドの近くにあるクッションに座って読み始める。
「あははっ」
第1巻は久しぶりに読んだけど、やっぱり面白いな。アニメでも面白かったけど、原作漫画には原作漫画の良さがあって。ギャグもキレッキレだ。面白いからページをどんどんめくってしまう。
みやび様の第1巻を半分近く読んだときだった。
――プルルッ。
ローテーブルに置いてある俺のスマホが鳴る。なので、漫画を読むのを中断してスマホを手に取る。
スリープ状態を解除して通知を見ると……愛実からLIMEでメッセージが届いたと表示されている。それを見た瞬間、ドキッとした。その通知をタップすると、
『リョウ君。部屋の電気がずっと点いていないけど、何かあった? あおいちゃんとのデートで疲れて寝てた? もしそうだったならごめんね。ただ、具合が悪いなら、今から看病しに行くよ?』
というメッセージが送られてきた。
今は……午後9時過ぎか。この時間なら、バイトがある日でも自分の部屋にいることが多いからな。風呂に入っている日もあるけど、長くてもせいぜい30分くらい。ずっと電気が点いていないから、俺に何かあったんじゃないかと心配してくれているんだ。あと、今日はあおいとデートすることを知っていたのか。
さて……どうしようか。
正直に、あおいの家に泊まっているからと言おうか。でも、そうしたら、愛実はどういう想いを抱くだろうか。
それとも、適当に嘘をつくか。ただ、嘘だとバレて俺がここに泊まっていると知ったら、愛実はショックを受けそうな気がする。悩むなぁ。既読通知が愛実の方に伝わっているから、何かしらの返信をしないと。
「ただいま。お風呂気持ち良かったです」
あおいがお風呂から戻ってきた。かぶりタイプの半袖の青の寝間着を着ている。お風呂から出た直後なので、肌がほんのりと赤くなっていたり、髪が少し湿っていたり、シャンプーやボディーソープの甘い匂いがしたりしていて。そのことにドキッとする。
「おかえり、あおい。その青い寝間着……似合ってるな」
「ありがとうございますっ。ところで……スマホをじっと見ていましたがどうかしましたか?」
「……実は愛実からメッセージが来てさ。いつもと違って、俺の部屋の電気が全然点かないから何かあったんじゃないかって。それで、どう返事をしようか考えていたんだ」
「涼我君の部屋が見えるからこそですね。昨日、理沙ちゃんと3人で話す中でデートするとは言いましたが、お泊まりについてはさっき決めたのもあって言っていませんからね」
「そうか。正直に言おうか、適当にごまかすか迷っているんだけど、どっちにしても愛実がショックを受けそうな気がしてさ」
「なるほど。だから、画面をじっと見ていたんですね」
「ああ」
悩みを打ち明けて気持ちが少し軽くなったけど、何だか情けない気分にもなる。
「ただ、嘘をつくよりは正直に言っておいた方がいいかな……って思ってる」
「……そうですね。涼我君とお泊まりするのが嬉しいですから、今後、このことを話すことがあるかもしれません。そこで涼我君に嘘をつかれたと分かったら、愛実ちゃんはショックを受ける可能性はありそうです。それに、嘘をつくと涼我君自身が辛く感じるときがあるかもしれません。私は正直に言った方がいいと思います」
「……そうだな。アドバイスありがとう。愛実にお泊まりのことを伝えるよ」
「はいっ」
あおいはニコッと笑いながら返事をして、小さく頷いた。
正直に、ありのままの事実を愛実へ伝えよう。
『体調は大丈夫だよ。実は……今夜、あおいの家に泊まることになって。今はあおいの家にいるんだ』
と、愛実にメッセージを送った。
トーク画面を開きながら、俺の返信を待ってくれていたのだろう。俺の送信したメッセージはすぐに『既読』のマークが付く。このメッセージを見て、愛実はどう思っているだろう。時間の進みがやけに遅く感じる。
また、あおいは俺のことを見ながら、ドライヤーで髪を乾かしている。
『そうだったんだ。元気で良かった』
『あおいちゃんの家にお泊まりしているんだ。夏休み中にリョウ君とお泊まりしたいなって思っていたから、先越されちゃったな』
という2つのメッセージが愛実から届く。愛実も俺とお泊まりしたいって考えていたのか。好きな人とはお泊まりしたいよな。それに、小学生の頃は、夏休み中に互いの家でお泊まりするのは恒例だったから。
あと、俺が元気で良かったと最初にメッセージするのが愛実らしい。心が温まる。
『私もリョウ君とお泊まりしたいな。明日の夜は私の家でお泊まりしてほしい。ちなみに、あおいちゃんとは……付き合うことになったの?』
と、愛実から追加のメッセージが届く。
このお泊まりはプールデートからの流れだ。デートを通じてあおいと付き合うことに決めたから、そのままお泊まりしよう……と愛実は考えているのかもしれない。
『あおいとは付き合っていないよ。デートから帰ってきたときに、昔みたいにお泊まりしたいって誘われて。それで、泊まることに決めたんだ』
『なるほどね。あおいちゃんらしい誘い方だな。あおいちゃんと付き合っていないなら、私がお泊まりに誘っても大丈夫だね』
『そうだな。ただ、明日は正午から午後6時までバイトがある。その後で良ければ』
『もちろんいいよ! 明日は私の家でお泊まりしようね!』
スマホに表示されているのは文字だけだけど、愛実の嬉しそうな顔が目に浮かぶ。
一応、このことを両親に言っておくか。家族のグループトークに、愛実から泊まりのお誘いが来て、泊まってもいいかとメッセージを送ると、すぐに母さんから『いいわよ』と許可をいただいた。
『親から許可をもらえた。明日の夜はお世話になります』
『うんっ。じゃあ、明日の夕ご飯はリョウ君の好きなものを作るよ。何がいい?』
夕ご飯を作ってくれるのか。嬉しいな。好きな料理はいくつもあるし、愛実が作る料理は美味しいものばかりだ。ちょっと迷ったけど、
『ハンバーグを食べたいな』
『ハンバーグだね。分かったよ』
五本指に入るほどに好きなハンバーグをお願いした。これまでに愛実お手製のハンバーグを食べたことがあるし、期待大だ。明日のバイトも頑張れそうだ。
『あおいちゃんの家でお泊まり中だから、メッセージはここまでにしておくね。リョウ君なら大丈夫だと思うけど、あおいちゃんの嫌がることをしちゃダメだよ』
『分かった。愛実、早めだけどおやすみ』
『うん、おやすみ、リョウ君』
夜の挨拶もしたので、俺はスマホをスリープ状態にしてローテーブルに置いた。
嘘をつかず、正直に話して正解だったな。2日連続で幼馴染の女子の家で泊まる展開になるとは思わなかったけど。
「どうでしたか? 涼我君」
愛実とメッセージをやり取りしていたのもあり、あおいは髪を乾かすのが終わっており、今はスキンケアをしていた。乳液と思われるものを顔に塗っている。
「先越されたって言ってた。それで、明日の夜は愛実の家に泊まることになった。文言からして、そこまでショックは受けてなさそう」
「そうですか。正直に話して良かったですね」
「ああ」
「ただ……」
そう言い、あおいは四つん這いの体勢で俺のすぐ近くまでやってくる。そんなあおいはちょっと不機嫌そうにしていて。ツヤのある頬を少し膨らましているのが可愛らしい。
「必要な連絡だったとはいえ、愛実ちゃんと楽しそうにメッセージをしているのを見てちょっと嫉妬しました」
「……ごめん、あおい」
「……今は私とのお泊まりの時間です。この後は私だけを見てほしいです。私だけを考えてほしいです。涼我君を独り占めしたいです」
とても甘い声でそう言うと、あおいは俺にキスしてきた。
お風呂から出た時間が経っていないのもあり、さっき家の前でキスしたときよりも、あおいの唇は柔らかくて、熱くて。シャンプーやボディーソープなどが混ざった甘い匂いが濃く香ってくるのもあり、かなりドキドキしてくる。
「んっ……」
そんな甘い声を漏らすと、あおいの舌が俺の中に入り込んできて。あおいは激しく舌を絡ませてくる。唇を重ねるだけと比べて生温かくて。舌を絡ませるキスは初めてだから、感じる感触は当然今まで感じたことのないもので。でも、嫌だという感覚は全くない。
少しして、あおいの方から唇を離す。
家の前でキスしたとき以上に、あおいはうっとりとした表情をしていて。あおいと俺の唾液で唇が湿っているのもあり、今までで一番と言っていいほどに艶やかで。キスした直後だから、あおいを見ていると凄くドキドキする。
「キスしたら、興奮して舌を絡ませちゃいました。舌を絡ませるキスもいいですね」
俺を見つめながらそう言い、あおいはやんわりとした笑顔を見せてくる。その笑顔が可愛くて、よりいっそうドキドキして。
「これで……少しは私に意識が向いたら嬉しいです」
「……滅茶苦茶向いているよ」
唇を重ねるだけじゃなくて、舌を絡ませるキスをされたらさすがにな。
「そうですかっ」
えへへっ、とあおいは嬉しそうに笑ってくれる。こういった笑顔は今までもたくさん見てきたけど、キスの影響もあって今まで以上に魅力的に見えるのであった。
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