第27話『馴れ初め』

 次にある男子100m決勝戦までは1時間以上ある。なので、俺の淹れたアイスティーを飲んだり、クッキーやマシュマロを食べたりしながらゆっくりすることに。

 2人とも決勝進出を決めたのもあり、部屋の中の空気はかなり明るい。鈴木の恋人の須藤さんがとても嬉しそうにしているのも大きい。

 友人達が勝ち進む様子を見た後にいただくアイスティーやクッキー、マシュマロはとても美味しい。クッキーとマシュマロはあおいと愛実が食べさせてくれるときもあるし。


「そういえば、愛実さんとあおいさん。常にって言っていいほどに、麻丘君にくっついているのね」


 俺達3人のことを見ながら須藤さんはそう言ってくる。須藤さんの顔には微笑みが浮かんでいる。


「涼我君のことが大好きですから! できるだけ涼我君に触れていたくて。告白してから、テレビを見るときはこうして寄り添うことが多いですし」

「私もリョウ君のことが好きだからね。リョウ君に寄り添って、リョウ君の温もりや匂いを感じると幸せな気持ちになれるの」


 あおいも愛実も特に恥ずかしがることなく、可愛らしい笑顔でそう答える。2人が俺を好きなのを須藤さんが知っているからだろう。


「そうなのね。2人の言うこと凄く分かるわ。私も力弥君に触れられるときはできるだけ触れていたいから。あと、麻丘君は2人からとても好かれているのね」


 落ち着いた笑みを浮かべ、ふふっ、と須藤さんは上品に笑う。そんな須藤さんがとても大人っぽく見えて。鈴木という3年以上付き合っている恋人がいるからだろうか。

 2人からとても好かれている……か。2人に寄り添われているのはもちろんのこと、好きだと告白されたことや、笑顔をいっぱい見せてくれることなどで実感している。


「七夕祭りとか海水浴とか、美里ちゃんは鈴木君と一緒にいるときには寄り添っていることが多いですよね」

「そうだよね。とても仲のいいカップルだよね」

「ふふっ、ありがとう。力弥君と一緒に褒められて嬉しいわ」

「その言葉からも、鈴木君が大好きでラブラブなのが伝わってきます! ただ、お二人が付き合うまでの話を聞いたことがありませんね。馴れ初めを聞きたいです!」

「私も聞きたいな。鈴木君から告白したのがきっかけとしか知らないし」

「俺も鈴木が一目惚れして、須藤さんに告白したのがきっかけ……っていうのを鈴木から聞いたくらいだな」


 それを知った当時、鈴木らしいと納得して、詳しい内容は訊かなかった。ただ、今は……あおいと愛実に告白されているのもあり、鈴木と須藤さんが付き合うまでどんな感じだったのか気になっている。


「俺も鈴木との馴れ初めに興味あるな」

「あら、麻丘君も。じゃあ、力弥君との馴れ初め話をしましょうか」


 須藤さんはそう言うと、アイスティーを一口飲む。当時のことを思い出しているのか、須藤さんは穏やかな笑みを浮かべている。

 須藤さんと鈴木の馴れ初め話を聞けるからか、あおいと愛実は楽しげな表情に。


「さてと、どこから話そうかしら」

「鈴木君との出会いを聞かせてください!」

「出会いね。分かったわ。出会ったって言えるのは中学2年になって、力弥君と初めて同じクラスになったときね。小学校は別々で、中学1年のときも別のクラスだったから。廊下とかで姿を見たことはあったけど、体が大きいって印象くらいだったわ」

「中学時代から体が大きかったんだね。鈴木君から告白したのは知っているけど、それっていつ?」


 愛実は須藤さんにそう問いかける。須藤さんと出会ってからどのくらいの期間で告白したのかは気になるな。


「出会って数日だったわ。教室で『本を読んでいるときの笑顔に惚れた! 好きだ! オレと付き合ってくれ!』って告白されたわ」


 うふふっ、と幸せそうに笑う須藤さん。付き合っている彼氏からの告白だから、思い出すだけでも幸せな気持ちになれるのかも。

 みんなのいる教室で、須藤さんに向かって告白する鈴木か。その光景が容易に想像できるし、鈴木らしいと思える。

 鈴木の告白の話を聞いたからか、あおいと愛実は「おおっ」と黄色い声を漏らしている。


「それで、須藤さんはどう返事したんだ? 鈴木の話だと、自分からの告白がきっかけだったって言っていたけど……」

「断ったわ」

「えっ、断ったのか」

「ええ。当時は恋愛に興味がなかったから。力弥君のことも体のデカい筋肉男としか思っていなくて」

「そうだったのか」


 恋愛に興味がなければ断るか。

 あと、体のデカい筋肉男……か。高校に入学した直後、道本を通じて鈴木と初対面したときのことを思い出す。体がかなりデカくて、筋肉モリモリなのが凄いと思ったっけ。


「それから何日も連続で朝に『今日も好きだ!』って告白してきて。それに断り続けて。しつこいから印象が悪くなっていったわ。『しつこい』って怒りながら断ったこともあったわね」

「そうだったんですか。今のラブラブぶりからは想像できないですね」

「そうだよね」


 うんうん、とあおいと愛実は頷き合っている。

 2人の言う通り、今の須藤さんと鈴木からは考えられないエピソードだ。ただ、当時の須藤さんの気持ちを考えれば、しつこいと印象が悪くなり、怒るのも頷ける。断られてもめげずに告白し続けるのも鈴木らしいけど。


「ただ、数日くらいで連続告白が止まって。ようやく諦めたか……と思ったら、今度は私の読んでいる本のことを訊いてきてね。自分の好きな漫画やラノベを教えてくれるときもあって。紹介してくれる作品が私の好きな作品だと、ちょっと話すときもあったの」

「好きなものを通じて、鈴木なりに須藤さんとの距離を縮めようとしたんだろうな」

「きっとそうね。小説とか漫画とかラノベは大好きだから、そういった話をするのは楽しいと思えてきてね。それもあって、学校にいないときには力弥君を考えることが増えてきたの。彼の笑顔が頭に浮かぶことが何度もあって」

「鈴木君の存在が大きくなってきたんだろうね」

「でしょうね。あぁ、キュンキュンしてきますっ!」

「私もっ」


 あおいも愛実も興奮しているな。特にあおいは。女子だけあって、こういう恋愛トークは好物なんだな。


「何度も好きだって言っているし、本の好みも合うから一度デートしてもいいかなと思って。4月下旬頃だったしら。私から誘って力弥君と初デートをしたの。中学生のデートだから、地元のショッピングセンターで本屋やアパレルショップに行ったり、リーズナブルなレストランでお昼ご飯を食べたりするくらいだけど。デート中、力弥君はいっぱい笑顔を見せてくれて。ご飯をモリモリ食べる姿がいいなって思えて」


 初デートのことだからか、須藤さんは楽しそうに話してくれる。

 鈴木は笑顔でいることが多いし、昼休みはいつも弁当を美味しそうに食べる。そんな鈴木を見ているとこちらの食欲も湧き、自分のお弁当がより美味しく思えるのだ。だから、今の須藤さんの言葉には頷ける。


「夕方になって、デートが終わりだってなったとき……もうそんな時間なのか。力弥君ともっと一緒にいたいって思えて。その瞬間に私は力弥君が好きなんだって自覚して」

「素敵な流れですね!」

「ふふっ。一度自覚したら、好きな気持ちがすぐに膨らんで。その場で『私も力弥君と好きになったわ。あなたと付き合いたいです』って告白して。そうしたら、力弥君は凄く嬉しそうに抱きしめて『もちろんだ!』って返事してくれて。そのときに初めてのキスを交わして、力弥君と付き合い始めたの」

『きゃあっ』


 あおいと愛実は黄色い声を漏らす。キスしたと言ったからだろうか。

 初デートから付き合い始めて、そこから今のラブラブカップルに至るってわけか。少なくとも俺が鈴木や須藤さんと知り合ってからは大きな喧嘩はないし、3年以上付き合っているのは凄いと思う。


「そこからはお昼休みには力弥君とお昼ご飯を食べて、朝練や放課後の練習がないときは一緒に登校するようになって。あと……付き合い始めて1週間ほどでゴールデンウィークになってね。力弥君の部活がお休みの日があったから、その日に私の家に泊まりに来てって誘って。その日の夜に、彼の持っている立派な槍が私の中に……うふふっ」


 可愛い声で笑う須藤さんは、頬を中心に顔を赤くして恍惚とした表情になる。両手を頬に当て、左右に身をよじるのが可愛らしい。

 今の話からして……初めてお泊まりした日の夜に、キスよりも先の行為をしたのだろう。3年以上付き合っているし、そういったことは経験済みだろうと思っていたけど、まさか付き合ってから1週間ほどで経験したとは。2人がラブラブな理由の一つはスキンシップなのかも。


「ラ、ラブラブなお二人らしいですね!」

「そ、そうだね、あおいちゃん。出会った頃から美里ちゃんが大人っぽい雰囲気なのも納得だよ」


 ピンク色な内容の話をされたからか、あおいも愛実も頬が真っ赤になっている。これまでよりも、2人から伝わってくる熱も強くなって。2人とも、俺と目が合うと頬の赤みが顔全体に広がって。


「えっと、その……いい馴れ初めだと思ったし、鈴木とラブラブなのが納得できる話だったよ。聞かせてくれてありがとう、須藤さん」

「いえいえ。当時のことを思い出して、私も話すのが楽しかったわ。力弥君が帰ってきたら、いっぱいご褒美したいと思っているけど、その気持ちが強くなったわ!」

「それを鈴木に伝えたら、決勝でよりいい結果が出そうだな」

「いいわね、それ!」


 須藤さんはとてもいい笑顔で俺にサムズアップし、ローテーブルに置いてある自分のスマホを手に取る。きっと、今のことを鈴木にメッセージしているのだろう。

 それから、道本の出場する男子100m決勝戦の時間が近づくまでは、4人とも好きな漫画がラノベ、アニメのことについて談笑した。もちろん、その間はあおいも愛実も俺に寄り添った状態で。

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