第26話『インターハイ-前編-』

 8月4日、木曜日。

 昨日からインターハイが開催されている。

 道本が出場する男子100mと鈴木が出場する男子やり投げは、大会2日目の今日実施される。選手として出場する道本や鈴木だけでなく、マネージャーの海老名さんも会場に行っている。

 ただ、インターハイの会場が四国地方の徳島県と遠いこと。競技の様子をネットの生配信で見られることから、関東大会のときと同様に俺の部屋から応援することに決めたのだ。あのときと同じく、俺のノートパソコンをテレビに繋ぎ、生配信の様子をテレビ画面に表示させている。

 今は午後1時過ぎ。

 まもなく、鈴木が出場する男子やり投げ予選の第2組がスタートする。なので、それに合わせて須藤さんが10分ほど前にやってきた。もちろん、須藤さんがうちで応援することを鈴木は知っており、快諾している。

 また、佐藤先生は仕事があるため、うちには来ていない。ただ、仕事の合間にパソコンやスマホで結果を確認していくとのこと。


「さあ、もうすぐで鈴木君の出番ですね!」

「鈴木君も予選を勝ち上がってほしいね」

「道本の勢いに乗ってな」

「きっと、力弥君なら予選を突破できるわ! それに、麻丘君達も応援してくれるんだもの」


 鈴木にとっては初めてのインターハイだけど、恋人の須藤さんは特に不安そうな様子はなく、明るい笑顔でそう言った。さすがは恋人である。

 また、道本は午前中に実施された男子100m予選に出場。全8組中の第6組目のレースに参加し、1位でゴール。それにより準決勝進出を決めている。予定通りであれば、鈴木の予選が終わった後に準決勝が実施される予定だ。

 テレビ画面には会場となっている陸上競技場の様子が映し出されている。競技日程の進み具合で、フィールドとトラックの映像が適宜変わっている。予定通りであれば、鈴木の姿がもうすぐ映るはずだけど。と思った次の瞬間、


「あっ、力弥君っ!」


 普段よりもかなり高い声で須藤さんがそう言い、テレビの目の前まで移動する。

 テレビ画面には、鈴木を含め、槍を持った選手達が映っている。やり投げの選手だけあって、どの選手も屈強な筋肉が身についているな。彼らの中だと鈴木が標準サイズに見えるほどだ。


「きゃあっ! 力弥君かっこいいーっ! 今日も筋肉素敵だよっ! 頑張ってえっ!」


 黄色い声で声援を送ると、須藤さんはテレビに向かって投げキッスをしている。普段はクールで落ち着いているのに、鈴木絡みになるとはじけるから面白い。東京からだけど、恋人からこんなにも応援してもらえる鈴木は幸せ者だと思う。


「ふふっ、美里ちゃんらしいね。鈴木君は顔色が良さそうだし、いい試技をしそうだね」

「そうだな。先週やっていた合宿でも調子が良かったみたいだし」


 先週末、陸上部は夏休みの合宿を実施し、鈴木と道本を含めたインターハイに出場する部員は最終調整を行なった。2人とも練習中は調子が良く、結構いい記録を出せたそうだ。道本も予選を突破できたし、鈴木もこの流れで予選突破してほしいな。


「鈴木君も元気そうですが、他の選手達もみんな気合いが入っていますし、屈強な体をしていますね。インターハイですから、どの選手も強そうに見えます」

「みんな、それぞれの地方大会を勝ち進んできたからな」

「ですね。ところで、予選を通過する条件とは何なのでしょうか?」

「私、事前に調べてきたわ」


 須藤さんはそう言うと、あおいの近くまでやってくる。俺も調べたけど、ここは鈴木の恋人の須藤さんに任せよう。


「予選は3回の試技の中で一番いい記録が選ばれるわ。あと、通過標準記録っていうのがあるの。その記録を越えられたら、その時点で決勝戦に進出できるわ。その記録を越えた人はみんな決勝に行けるの」

「そうなのですか。ちなみに、その通過標準記録は?」

「60mよ」

「60mですか」

「ええ。力弥君は関東大会で60m越えの試技があったから、あのときと同じくらいの調子で投げられれば決勝進出が決まるわね」

「そうですか。もし、60mを突破しなかったら、予選敗退になってしまうのですか?」

「60m以上を記録した選手が12人以上いたら敗退ね。もし、11人以下なら、上位12人までが決勝進出ができるわ」

「なるほどです」


 理解できたのか、あおいはスッキリとした表情で頷いていた。

 やり投げ予選は2組に分かれて実施される。スマホで第1組目の結果を調べると……60m越えを記録した選手は3人か。なので、鈴木のいる2組で、60m以上の試技をした選手が9人以上いたら、60m出さないと決勝進出ができないわけだ。

 鈴木は関東大会の決勝で、60.34mを記録している。なので、標準記録越えによる決勝進出の可能性は十分にある。60m以上の試技ができるように応援しよう。

 俺はあおいと愛実に挟まれた状態で座り、須藤さんはテレビのすぐ近くまでクッションを動かして座っている。

 それから程なくして、男子やり投げ予選第2組がスタートする。

 屈強な筋肉の男達が、次々と1回目の試技を行う。いきなり、60mを越える試技をした選手が2人いる。60m未満でも、50m台後半の記録を出す選手が何人もいて。試技は3回できるけど、1回目で60mを越えられるといいなぁ。


「あっ、鈴木君が出てきましたね!」

「そうね! 力弥君かっこいいっ!」


 頑張ってーっ! と、須藤さんは今日一番の大きな声を出している。

 これから1回目の試技を行なうからだろうか。画面に映っている鈴木から強い闘志が伝わってくる。さっきの鈴木よりもかっこよく見える。


「鈴木、頑張れ!」

「頑張ってくださいっ!」

「鈴木君、頑張って!」


 俺達も鈴木に向かってエールを送る。

 鈴木はスタート地点で集中している様子だ。何度か深呼吸をしている。そんな姿もいいと思えるのか、須藤さんはうっとりとした表情で画面を見つめている。

 それから20秒ほどして、鈴木は勇ましい表情で正面を向き、助走路を走り始める。

 鈴木の助走が段々と加速していき、


『おりゃああっ!』


 スタンディングライン近くで、鈴木は雄叫びを上げながら、右手に持っていた槍を思いっきり投げた!

 鈴木の放った槍は綺麗な放物線を描いていく。


「行って行って!」


 両手を組んで、須藤さんがそう言う。

 須藤さんの想いが会場まで届いたのだろうか。鈴木の槍は前にグングン進んでいき、通過標準記録である60mラインの上に刺さった。その瞬間、俺の両隣に座るあおいと愛実から「おおっ」と声が漏れた。


「60m行ったように見えるけど、どうかしら?」

「きっと行ってますよ! ラインの上に刺さってますもん!」

「私も行ってると思うよ! リョウ君もそう思わない?」

「可能性は十分あると思う」


 早く結果が表示されないだろうか。

 それからすぐに、テレビにはフィールド表示盤が映し出される。この表示盤に今の試技の結果が表示される。さあ、どうだ!


『60.12』

『よしゃああっ!』


 フィールド表示盤に鈴木の試技の記録が表示された瞬間、鈴木の雄叫びが聞こえてきた。それもあってか、映像は両手を突き上げて喜ぶ鈴木の姿が映し出された。


「力弥君やったね! 決勝進出よっ!」


 須藤さんは賛辞の言葉を言い、鈴木が映し出されるテレビを横から抱きしめている。相当嬉しいことが窺える。


「凄いな鈴木!」

「一回で決勝進出を決められるなんて凄いよ!」

「60mラインの上に刺さりましたが、実際に越えると分かると嬉しいですね! 鈴木君は凄いですっ!」


 俺達もそれぞれ鈴木に賛辞の言葉を言い、テレビ画面に向かって拍手を送る。そんな俺達のことを須藤さんは嬉しそうな様子で見ていて。須藤さんも俺達と一緒に拍手して、ハイタッチした。

 友達が全国大会の決勝の舞台に行けるとは。本当に嬉しいことだ。

 その後も男子やり投げ予選の模様が配信され、鈴木の2回目と3回目の試技も映し出された。2回目は59.68m、3回目は60.40mと安定した記録を出した。

 予選第2組が終わり、やり投げ予選が全て終了する。鈴木は全体の6位で決勝へ進出することに。なので、俺達4人は改めて会場にいる鈴木に拍手を送った。


「6位で決勝進出か」

「全国大会の決勝に行けるなんて凄いですね!」

「そうだね。決勝でもいい試技ができるといいね」

「そうね。力弥君にメッセージを送るわ」


 須藤さんはとても嬉しそうな様子で自分のスマホを手に取る。

 俺達も須藤さんに倣って、LIMEのグループトークに鈴木に決勝進出おめでとうとメッセージを送った。これが少しでも鈴木の力になれば幸いである。


「この流れで、道本君も決勝進出を決められるといいですよね」

「そうだな。関東大会のときは鈴木の試技がいい刺激になったみたいだし、今回もそうなるといいな」


 道本ならそうなると信じている。トラック競技とフィールド競技で分野の違う種目だけど、お互いに日々の練習を頑張っているのを知る友人同士だし。

 男子やり投げ予選が終わってから30分ほど。

 いよいよ、道本が出場する男子100m走準決勝の時間となった。画面にはトラックのスタート地点が映し出されている。各レーンに選手がいるけど、道本の姿はまだない。


「100m走の準決勝ね。力弥君と一緒に決勝進出してほしいわ」

「ですね! ただ、道本君の姿はまだありませんね」

「そうだな。準決勝は3組に分かれて行なわれるし」

「第2組か第3組に出るんだね。ねえ、リョウ君。決勝に行く条件は何なの?」

「まずは各レースの2位まで。あと、それ以外の全ての選手達の中から、タイム上位2位までの選手が決勝に行けるよ」

「そうなんだ。じゃあ、まずはレースで2位までに入るのが目標だね」

「ああ」


 2位までに入って、ストレートに決勝進出を決められたら一番いいな。

 その後、準決勝第1組のレースが行なわれた。全国大会の準決勝なだけあってどの選手も速い。もし、俺が一緒に走ったら、ぶっちぎりの最下位になるだろう。

 第1組のレース結果が表示され、再びスタート地点の様子が映る。その中に、調津高校のユニフォームを着る道本の姿が。


「おっ、道本だ! 頑張れー!」

「頑張ってくださーい!」

「頑張って道本君!」

「東京から応援しているわよ!」


 テレビに映っている道本に向かって、俺達はエールを送る。

 予選では、後半からどんどん追い上げて、1位でゴールすることができた。準決勝でもそういった走りを期待したい。

 道本を含めた選手達は、それぞれのレーンのスタート地点でクラウチングスタートの姿勢になる。道本は4レーンだ。

 ――パァン!

 スターターピストルの音が鳴り響き、準決勝第2組のレースがスタートした!

 準決勝になるだけあって、スタート直後は横一線。


「いいスタートを切れたんじゃないですか!」

「いいと思うよ、あおいちゃん!」

「道本、ここからだぞ! 頑張れ!」

「頑張って、道本君!」


 全力で走っている道本にエールを送る。

 俺達のエールが届いたのだろうか。中盤になって、道本が持ち前の追い上げを見せてきた。ただ、両隣の3レーンと5レーンを走る選手もなかなか速いぞ!


「道本、その調子で走り抜け!」


 道本ならきっと大丈夫だ!

 道本は3レーンと5レーンの選手との三つ巴の1位対決を繰り広げながらゴールした。パッと見た感じ、3人の選手それぞれが何位なのか分からない。


「ど、どうですか? 道本君、2位までに入れますか?」

「分からないなぁ。横一線に見えたよ。リョウ君と美里ちゃんはどう思う?」

「愛実と一緒だ。1位かもしれないし、3位かもしれないし」

「そのくらいの僅差だったわよね。……結果を出るのを待ちましょう」


 みんなも、道本が2位までに入っているかどうか分からないか。

 俺達がそんなことが話していると、画面には道本の姿が映し出される。全力で走ったからか、道本の呼吸は結構荒く見えて。また、道本も何位なのか分からないのか、喜びや悲しみといった表情は浮かんでいない。

 それから程なくして、電光掲示板が映し出される。

 1位は……3レーンで走った選手か。道本ではなかったか。あおいと須藤さんから「あぁ」と残念がる声が漏れる。そして、2位は――。


『2位:道本翔太 (東京・調津) 10.65 Q』


 2位に道本の名前が表示された! その瞬間、俺達は4人で『やったー!』と喜びの声を上げた。


「やったぞ、道本!」

「2位ですよ2位! これで決勝進出ですよ!」

「凄いね、道本君!」

「道本君も凄いわ!」


 あおい、愛実、須藤さんは道本に称賛の言葉を言うと、テレビ画面に向かって拍手してくれる。その光景がとても嬉しくて。

 決勝進出が決まったのが分かってか、テレビには道本の喜んだ姿が映し出される。そんな彼の姿を見ると、嬉しい気持ちが膨らんできて。

 中学時代に一緒に走ってきた友達が全国大会の決勝の舞台に進んだのか。そう考えると感慨深い気持ちになって。

 道本も鈴木も共に決勝の舞台に進むことができた。一つでもいい結果になるように、引き続き応援していこう。

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