第16話『膝枕』

 磯遊びから戻ってくると、レジャーシートでは道本、鈴木、須藤さん、海老名さんが談笑していた。

 これまで8人全員で遊んでいなかったので、鈴木の提案でビーチボールを使ってみんなで遊ぶことになった。8人いるので、4対4のビーチバレーを。

 磯遊びに行った俺&あおい&愛実&佐藤先生、それ以外の道本&鈴木&海老名さん&須藤さんというチーム分けで試合をすることに。

 相手チームには道本と鈴木というインターハイ出場決定者がいる。海老名さんも運動神経が良く、須藤さんも記憶の限りでは運動神経は悪くない。だから、一方的な展開になるかもしれないな……と思っていた。

 ただ、あおいがエースとなってよく動き、佐藤先生は相手からのアタックに落ち着いた反応を見せ、愛実も頑張ってボールに手を当て、俺も背の高さを活かして相手チームの攻撃をブロックした。それもあって、勝利こそできなかったけど、僅差のいい試合になって楽しいビーチバレーになった。


 ――ぐううっ!

「わははっ! 腹空いちまったぜ!」


 ビーチバレーの試合が終わった直後、鈴木のお腹が盛大に鳴り、鈴木は豪快に笑い飛ばした。そんな鈴木に俺達8人は笑いに包まれた。

 鈴木はビーチボールで遊んだり、海で須藤さんと水を掛け合ったりと特に体をたくさん動かしていたからな。お腹が空いてしまうのも無理はないだろう。俺もビーチバレー対決をしたからお腹が空いてきた。

 レジャーシートに戻って、バッグに入っている腕時計を見ると……今は正午過ぎか。時間的にもお昼ご飯を食べるのにちょうどいいな。

 それから程なくして、みんなでお昼ご飯を食べることに。

 お昼ご飯は愛実と海老名さん、須藤さんが作ってきてくれたお弁当だ。おにぎりやサンドウィッチ、唐揚げ、ウィンナー、玉子焼きなどの王道の内容。どれも美味しく、愛実の作ってきたおにぎりと玉子焼きは特に美味しかった。

 味の良さや3人が多めに作ってくれたのもあり、みんなも結構満足そうにしていた。鈴木と佐藤先生は幸せそうにもしていた。


「ふああっ……」


 昼食を食べ終わって10分ほど。鈴木が大きめのあくびをする。そんな鈴木に須藤さんは「ふふっ」と上品に笑う。


「力弥君。お昼を食べて眠くなったかしら?」

「おう。いっぱい体を動かして、美里達が作ってくれた昼飯をいっぱい食ったからな」

「そうなのね。力弥君可愛い。じゃあ、私が膝枕してあげるからお昼寝してね」

「おう、ありがとな」


 須藤さんが正座をすると、鈴木は仰向けの状態になり、須藤さんの膝の上に頭を乗せる。


「今日は生脚だから、いつも以上に気持ちいいぜ」

「その言い方だと、鈴木は須藤に膝枕してもらうことが多いのか?」

「結構あるぞ、道本。お家デートのときとか、試験勉強の休憩中とかにな」

「ははっ、そっか。何だか2人らしいな。おやすみ、鈴木」

「おやすみ、力弥君」

「おう、おやすみ」


 そう言うと、鈴木はゆっくりと目を閉じる。

 そこから10秒も経たないうちに、鈴木は小さないびきを掻き始める。須藤さんの膝枕効果もあってか、さっそく眠りに落ちたのだろうか。


「いびき掻き始めた。もう寝始めたわね」

「そうなのか。さすがは恋人。須藤は鈴木のことを分かっているんだな」

「もちろんよ。中学時代から付き合っているんだもの。今日も力弥君の寝顔が可愛いわ」


 道本の言葉に、須藤さんはにこやかな笑顔で答えた。

 それにしても、鈴木……気持ち良さそうに寝ているな。鈴木の言う通り、体をたくさん動かして、お昼ご飯をたくさん食べたら眠くなるよな。須藤さんの膝枕はもちろん、ビーチパラソルによる日陰の暗さも気持ちのいい睡眠をもたらしているのかもしれない。

 須藤さんは幸せそうな笑顔を浮かべて、鈴木の頭を優しく撫でている。カップルの微笑ましい光景だ。


「微笑ましいねぇ。尊い光景だねぇ」


 うんうん、と佐藤先生は穏やかな笑顔で頷いている。


「いい光景ですよね、樹理先生。美里、スマホで写真を撮るけど、どう? LIMEで送るよ」

「ええ、お願いするわ」


 その後、海老名さんは鈴木を膝枕している須藤さんをスマホで撮影した。その際、須藤さんはニッコリとした笑顔でピースサインしていて。

 さっそく海老名さんから写真が送られたのだろうか。須藤さんは自分のスマホを手に取ると嬉しそうな笑顔を浮かべていた。


「美里ちゃんと鈴木君を見ていたら、私もしたくなってきました。……涼我君。私、涼我君に膝枕したいです」


 頬をほんのりと赤くし、俺をチラチラと見ながらそう言ってくるあおい。鈴木と須藤さんの仲睦まじい膝枕の光景を見たら、自分もやってみたくなる気持ちは分かる。


「膝枕か……」

「ええ。涼我君に膝枕した記憶はないですから……」

「……確かに、してもらった記憶ないな」


 再開してからはもちろん、小さい頃も。一緒に寝たり、あおいの寝相が悪くて俺の体が枕になっていたりしたことは何度もあったけど。あおいに膝枕をしてもらったり、あおいにしたりしたことはなかったと思う。

 愛実達がいる前だからちょっと恥ずかしいけど、あおいのお願いを断りたくない。


「分かった。お願いするよ」

「はいっ!」


 あおいはとても嬉しそうに言った。

 あおいはレジャーシートの上で正座して、右手で太ももを軽く叩く。ここにおいでってことか。


「どうぞ、涼我君」

「……し、失礼します」


 あおいの膝枕……初めてだから緊張するな。素肌の上だし、愛実達がいる前だからなおさらに。だから敬語になっちゃったよ。

 俺はゆっくりと、あおいの太ももの上に仰向けの形で頭を乗せる。

 あおいの生太ももだから、後頭部に柔らかさを感じる。段々と温かさや甘い匂いも感じられるようになってきて。

 この場所からあおいの顔を見上げようとすると……青いビキニのトップスに包まれた胸が存在感を放っている。あおいの胸はなかなか大きいと改めて実感する。


「涼我君、膝枕どうですか?」

「……凄く気持ちいいです」

「良かったですっ」


 あおいは俺の目を見つめながらニコッと笑う。そのことにドキッとして。

 あおいが優しく俺の頭を撫でてくれる。その優しい感触と温もりのおかげで、段々と気持ちが落ち着いてきた。心身共に心地良く思えてきて。


「リョウ君、気持ち良さそう」

「そうね、愛実」

「寝ている鈴木と負けないくらいのいい笑顔だぞ、麻丘」

「新鮮な光景ね、麻丘君」

「幼馴染の女子高生の生脚膝枕だからね。とても気持ちいいだろう」


 膝枕をしてもらっている俺を見ながら、愛実達がそんな感想を言ってきた。覚悟はしていたけど、みんなにこの状況を見られるとちょっと恥ずかしいものがある。

 あと、生脚膝枕って。とても気持ちいいことを含めて事実だけど、何だか厭らしく感じてしまいますよ、佐藤先生。


「俺は気持ちいいけど、あおいは大丈夫か? 重くないか?」

「いいえ、全く気になりませんよ。むしろ、脚から涼我君の温もりと重みを感じられて幸せなくらいです。これが涼我君を膝枕した感覚なんですね。ちなみに、愛実ちゃんは涼我君を膝枕したことはありますか?」

「うん、何度もあるよ。リョウ君が風邪を引いてお見舞いに行ったときとか、今の鈴木君みたいに海で遊び疲れて眠いときとか。あと、お泊まりのときに早めに眠り始めたリョウ君に膝枕したこともあったよ」


 これまでに膝枕したときのことを思い出しているのだろうか。愛実は楽しげな笑顔を浮かべている。

 最近はあまりないけど、小学生の頃を中心に愛実に膝枕してもらったことが何度もあったな。愛実の膝枕は柔らかくて、温もりも優しいから凄く心地いいんだよな。


「そうだったんですね。やはり、10年間一緒にいれば経験済みですか」

「ふふっ」

「愛実ちゃんと同じ経験ができて嬉しいですっ」


 あおいは言葉通りの嬉しそうな笑顔になる。俺と幼馴染の愛実が経験していることは自分もしたいと思っているのかもしれない。ましてや、あおいは俺のことが好きだから。

 それにしても、膝枕が気持ち良くて、あおいが頭を撫でてくれるから段々と眠気が襲ってきた。俺も午前中は体を動かしたからなぁ。


「ふああっ……」

「涼我君、眠いですか?」

「膝枕が気持ちいいからな。それに、午前中はよく遊んで、昼ご飯を食べたばかりだからな」

「力弥君の眠気がうつったのかもね」

「それもあるかも」


 何故なのかは分からないけど、寝ていたり、眠そうにしていたりする人を見ると、自分も眠くなることってあるよな。


「では、遠慮なくこのまま寝てください。15分から30分ほどの昼寝は体にいいんですよ。お昼ご飯を食べた直後ですし、日陰ですから熱中症の心配もないと思います」

「寝たいときは寝た方がいいよ、リョウ君」

「……2人の言う通りだな。じゃあ、お言葉に甘えてこのまま寝るよ」

「ええ。おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」


 あおいの優しい笑顔を見ながら、俺はゆっくりと目を閉じる。ビーチパラソルによる日陰のおかげで、眩しさは感じられない。

 目を閉じた直後、あおいの手なのか、定期的にお腹のあたりに優しく触れる感覚が。その柔らかな感触と優しい温もりが眠気をより誘ってきて。


「ねえ、あおい。麻丘君への膝枕初体験記念に写真撮ってあげるわ」

「お願いしますっ」

「その写真、後で私にも送ってくれるかな?」

「もちろん」

「膝枕でも、初体験って言葉は素敵な響きがあるねぇ」


 俺はこれから眠りに入るけど、寝ている俺が何かしらの形でみんなに楽しみを提供できるのなら嬉しい。

 呼吸をする度に、あおいの甘い匂いが香ってきて。その心地良さもあり、それから程なくして眠りに落ちるのであった。

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