第10話『気付けばそこにヤツがいた。』
「だから、これが答えになるんだ」
「なるほどです。理解できました! これで私も第1章が終わりました!」
「お疲れ様。じゃあ、あおいもキリのいいところまで終わったから、一旦、休憩するか」
「そうしましょう!」
「うん、分かったよ」
あおいも愛実も提案を受け入れてくれたので休憩に入る。課題を始めてから1時間以上経っているし、少し長めに休憩するか。
休憩に入ったからか、あおいも愛実ものんびりとした様子に。あおいはアイスティーをゴクゴクと飲んでいる。
「あぁ、美味しいです。甘味が沁みます」
「ふふっ、冷たさじゃないんだね」
「頭を使いましたからね。……夏休みの初日から苦手な科目の課題をすると、凄く充実した時間を過ごしている感じがします」
「そうだね。リョウ君に訊いて、分からないところがちゃんと分かったりするし」
「ですよねっ」
「そう言ってくれると、課題をしようって誘って良かったと思えるよ」
あおいと愛実の力になれていて嬉しいな。2人に教えることで、ただ課題をこなすだけよりも充実した時間を過ごせている。2人にドキドキしてしまうことが時折あるけど。
「去年までも、互いの予定さえ合えば、愛実とは夏休みの序盤からこうして一緒に課題をしているんだ。俺が陸上部に入っていた中1を除いて」
「そうだね。それもあって、8月の上旬頃にはだいたいの課題は終わっていたよね」
「ああ。その時期に旅行に行くことも多いし、旅行のために頑張っていたのもあるな」
「楽しいイベントがあると、そこに向かって頑張れますよね。分かります」
「絵日記とか花の観察日記とか、毎日やらないといけない課題以外はお盆のあたりには終わっていたな」
「そうだったね、リョウ君」
「2人とも偉いですね……」
あおいは感心した様子で俺と愛実を見ている。
愛実と一緒に課題をしたおかげで、終盤になって焦ったことは全然ない。陸上部に在籍していた中学1年の夏休みも、活動のない日には課題をやっていた。道本や海老名さんと一緒に課題をしたこともあったな。だから、終盤まで課題は残っていたけど焦ることはなかった。
「あおいはどうだったんだ? 夏休みの課題は」
「小学生の頃は……8月の下旬になってから一気に課題を片付けるタイプでした。思ったよりも量があって、友達の課題を丸写ししたり、お母さんとお父さんに手伝ってもらったりする年もありましたね。手伝ってもらったときはお母さんに叱られました」
あははっ……とあおいは力なく苦笑い。
小学生の頃は課題を後回しするタイプだったか。あおいは遊ぶのが大好きだからなぁ。何だか納得だ。母親の麻美さんに叱られる姿が目に浮かぶ。そういった過去があるから、愛実や俺を偉いと言ったのだろう。
「中学は部活、高1はバイトがありましたけど、オフの日を中心に課題をやるようにして。今みたいに友達と一緒にする日もありました。なので、終盤に焦ったり、誰かの課題を丸写ししたりすることはしませんでした。それでも、課題が終わるのはお盆が過ぎた頃が多かったです」
「そうだったんだな。バイトとか部活がある日は疲れてあまり課題できないよな。特に部活は」
「ええ。テニス部は屋外での活動でしたから」
「暑いもんな。俺も中1に陸上をやっているときはそうだった」
「リョウ君、部活の休みの日は課題を集中してやっていたもんね。私が漫画やラノベを読みながら見守っていたっけ。理沙ちゃんや道本君と一緒のときもあって。たまに、リョウ君の分からないところを教えたこともあったよね」
「そうだったな。愛実がいて助かったことが何度もあったよ」
「ふふっ」
愛実は楽しげな様子で笑う。当時も漫画やラノベを読みながら、今みたいに楽しそうな笑顔になっていたっけ。愛実の笑顔を見て癒やされながら課題を頑張ったことを覚えている。
「そうだったんですね。お二人と一緒なら、今年はいつもよりも早く課題が終わりそうな気がします。予定が合う日には限られますが、これからも今日みたいに3人で一緒に課題をやりましょう」
「ああ、そうしよう」
「一緒にやろうね、あおいちゃん」
「はいっ!」
あおいはやる気いっぱいの様子で答える。
去年までは愛実と一緒に課題をするのが恒例だったけど、今年からはあおいも交えて3人で課題をするのが恒例になりそうだ。あおいは理系中心に苦手な科目がいくつもあるし、少しでもあおいの力になれればと思う。もちろん、愛実の力にも。
喉が渇いたのでアイスティーを飲もうとするけど……そうだ、もう全部飲んでいたんだった。
「アイスティーを飲みきったから、俺、キッチンでアイスコーヒーを作ってくるよ。2人はどうだ?」
「私は大丈夫です。まだカップ半分ほど残っているので」
「私も大丈夫だよ」
「分かった」
俺は自分のマグカップを持って部屋を後にして、1階のキッチンへと向かう。
あおいと愛実が来たときよりも暑くなっているな。マグカップを洗う際のほんのり冷たい水道水が気持ち良く感じるほどだ。
洗い終わったマグカップに、愛実の両親が誕生日プレゼントでくれたインスタントコーヒーで、アイスコーヒーを淹れていく。さっきのアイスティーと同様に、ガムシロップを入れて。
アイスコーヒーを淹れ終わり、部屋に戻ろうと階段を上がり始めたときだった。
『きゃああっ!』
2階から、あおいと愛実の叫び声が聞こえてきた! 何があったんだ!
「りょ、涼我君っ! 助けてください!」
「早く来てリョウ君!」
「分かった!」
「な、何かあったの? 涼我」
「分からない。でも、2人が俺を呼んでいるから俺が何とかする!」
「分かったわ」
マグカップにアイスコーヒーが入っているけど、こぼれるかどうかは気にせずに全速力で自分の部屋に向かった。
「あおい、愛実、大丈夫か!」
部屋に戻ると、あおいと愛実は俺のベッドの上で座り、抱きしめ合っていた。2人とも何かに怯えているような様子だ。あおいに至っては涙目になっていて。ただ、2人に怪我がなさそうなので、そこについては安心した。
「凄い声だったけど、いったい何があったんだ?」
「い、いるんです。あ、あの虫が……!」
「気付いたら勉強机の裏側に……!」
あおいと愛実はそう言うと、勉強机の方を指さす。
2人が指さす方向を見てみると……勉強机の奥の壁に一匹の黒光りした立派な虫が。その名もゴキブリである。今は壁に停滞しており、2本の触覚がゆっくり動いている。
「ゴキブリが出たのか。愛実は小さいのはまだしも、あんなに立派なのは無理だよな」
「う、うん。結構大きくてビックリしちゃった」
「あおいも……昔はゴキブリとかクモとか虫が苦手だったな。今も変わらずダメか?」
「は、はい。大きさ問わず苦手です」
「そうか」
目に涙を浮かべていることから、あおいは相当苦手なことが窺える。
昔、夏の時期にあおいと家で遊んでいると、今のようにゴキブリやクモに遭遇することがあったな。そのとき、あおいは「きゃーっ!」と大声で叫んで、俺にしがみついていたっけ。何年経っても嫌なものは嫌だよな。
「じ、自分しかいないときには、殺虫剤やスリッパなどを武装して戦いますが……こ、今回は涼我君お願いしますっ! 確か、昔から虫は平気でしたよね!」
「リョウ君は小学生の頃から虫を駆除してくれたよ!」
俺が言う前に、愛実が食い気味にそう言う。あおいはもちろん、愛実と一緒にいる場で出くわしたときも、俺が虫を駆除していたからな。
「俺が駆除する。だから安心しろ」
コーヒーの入ったマグカップをローテーブルに置き、勉強机に置いてあるボックスティッシュからティッシュを1枚抜き取る。ゴキブリは平気な方だけど、素手で触る勇気はさすがにない。こいつ、結構大きいし。
ゴキブリが逃げてしまわないように、俺はそっと近づいて、ティッシュを持った右手を伸ばしていく。
「それっ」
ゴキブリに向かって素早く右手を伸ばすと、ティッシュ越しに固めの感触が。ゴキブリを掴むことができたかな。確認のために右手を見ると……うん、ゴキブリが見えている。
南側の窓を開けて、俺はゴキブリを外に向かって投げる。強めに投げたので、ゴキブリは道路まで飛んでいった。
「外に出したぞ。これで大丈夫だ」
そう言ってベッドの方を見ると、あおいと愛実はほっとした様子になっていた。2人の不安や怯える原因を取り除けたからかな。2人は俺と目が合うと嬉しそうな表情を浮かべる。
「今回もお見事だったよ、リョウ君。ありがとう。やっぱり頼りになるね」
「ありがとうございます。涼我君が虫を退治してくれるのは小さい頃と変わりませんね。昔も『俺に任せろ』と言って、虫を退治してくれました。ただ、高校生になったので、今の方が落ち着いていますし、鮮やかですね」
「10年間でいっぱい経験を積んだからな。すぐに駆除できて良かった」
そのことで、2人の顔から不安そうな表情が消え、笑顔が浮かぶようになってさ。
「虫を前にしても落ち着いていて。すぐに駆除できて。涼我君、凄くかっこいいです! そういうところも好きです」
あおいは恍惚とした様子で俺のことを見つめている。そんなあおいに愛実は「ふふっ」と笑っていて。
俺にとってはいつもと同じようにやっただけ。そんなことでも、あおいにとっては凄いことなんだろう。大嫌いな虫を相手にしたから。あおいからかっこいいって言われると結構嬉しい気持ちになる。好きだって言われることも……嬉しい。
「そうか。ありがとう」
俺がそう言うと、あおいは赤くなった顔に彼女らしい明るい笑みを浮かべる。そんなあおいが可愛くてキュンとなった。
ゴキブリを掴んだティッシュをゴミ箱に捨て、俺は自分の場所であるクッションに腰を下ろす。さっき作ったアイスコーヒーを一口飲むと、凄く美味しく感じられた。
「あぁ、気持ちいい」
「あ、あおいちゃん」
背後から、あおいと愛実のそんな声が聞こえた。マグカップを置いてベッドの方に振り返ると、あおいはこちらを向きながらベッドの上に横になっていた。そんなあおいに驚いたのか、愛実は見開いた目であおいを見ている。
ベッドの上にいるし、そのままベッドに横になると思っていたよ。
「ふかふかですし、涼我君のいい匂いがしますから、課題の疲れがどんどん取れていきます」
とろんとした笑顔で俺を見つめながら、あおいはそう言った。俺のベッドで横になっているのもあって艶っぽく見えて。アイスコーヒーで冷やされた体が熱くなり始める。
「これはいい休憩ができそうです。愛実ちゃんもいかがですか?」
「えっ?」
あおいの今の言葉が予想外だったのだろうか。愛実は甲高い声を上げる。
「気持ち良さそうだけど、リョウ君のベッドだし……」
「別にやっていいぞ。あおいも横になってるし」
「……では、失礼して」
愛実はちょっと緊張した様子で、あおいの側で横になる。ただ、横になるとすぐに愛実の表情は柔らかいものになっていく。
「疲れが取れていくね」
そう言うと、愛実はいつもの穏やかな笑顔を見せてくれるように。ただ、俺のベッドだからなのか、頬がほんのりと赤いけど。
でしょう? と言って、あおいが愛実の方に体ごと振り向くと、愛実はニコッと笑って「うんっ」と言った。女子高生2人が自分のベッドで横になっているから扇情的な雰囲気だけど、2人が笑い合っているから微笑ましい気分にもなれる。
「そこで少し休憩したら、課題を再開するか」
「そうですね。日曜日に海に行きますから、少しでも多く課題を終わらせたいです」
「そうだね、あおいちゃん。頑張ろうね」
「頑張ろうな」
みんなで海水浴に行く予定があるのは課題をやるモチベーションになる。
それから10分ほど、あおいと愛実が俺のベッドで休憩した後、俺達は数学Bの課題を再開する。
たまに、長めの休憩として昨日録画したアニメを観たり、昼休憩はそれぞれの家でお昼ご飯を食べたり。そういった楽しみを挟みながら、夕方頃には3人とも数学Bの課題を終わらせることができた。
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