第26話『マッサージ』

 6月28日、火曜日。

 梅雨入りしてから半月以上が経った。

 たまに梅雨の中休みで晴れたり、雨でも肌寒かったりした日もあったけど、基本的にはシトシトと雨が降る蒸し暑い気候だ。最近は7月も近づいてきたからか、その蒸し暑さに拍車がかかってきている。今日は雨がシトシトと降り、最高気温が30度とかなり蒸し暑かった。教室にエアコンがあって本当に良かったよ。


「麻丘、度々すまん! 問4も解き方を教えてくれねえか?」

「分かったよ、鈴木」


 放課後。

 俺はあおい、愛実、道本、鈴木、海老名さんと一緒に自宅で勉強会をしている。

 来週の火曜日から1学期の期末試験が始まる。中間試験のときと同様に、校則によって、試験1日目の1週間前……つまり、今日から部活動は原則禁止となっているのだ。それもあり、道本達から「期末試験も一緒に勉強会をしよう」と誘われ、試験対策に向けた勉強会をすることになったのだ。

 中間試験の勉強会と同じように、放課後の勉強会ではまず今日の授業で出た課題をみんなで片付けることに。今日の授業内容も期末試験の範囲だから、課題を片付けるのも立派な試験勉強になる。みんなと一緒なら、分からないところをすぐに訊いて解決できる。メリットばかりだ。


「それで、こういう答えになるんだ」

「おぉ、なるほどな! 分かったぜ! ありがとな!」

「いえいえ」


 今日もみんなの分からないところを教える立場に回っている。今回の試験の勉強会も、この立場で参加することが多くなるかな。


「麻丘。一応、答えは出せたけど、不安があるから見てくれないか?」

「いいよ、道本」


 ただ、中間試験の勉強会のときよりも、道本と鈴木が積極的に質問してくる。彼らは夏休み中に開催されるインターハイに出場するから、赤点は取れないと考えているのだろう。

 調津高校では定期試験や成績で赤点を取ると、特別課題をこなしたり、長期休暇中に補習に参加したりしないといけない。

 道本も鈴木も今まで赤点を取っていないし、複数の教科でよほど酷い点数や成績でなければインターハイ出場辞退とはならないだろう。ただ、赤点の課題や補習で夏休み中の部活動に影響が出て、インターハイで本領発揮ができない可能性はある。それもあって、期末試験の勉強を頑張っているんじゃないだろうか。理由はどうであれ、彼らに協力しよう。


「うん、合ってるぞ」

「おぉ、良かった。このやり方で解けばいいんだな」

「そうだ。この調子で頑張れ」

「ありがとう」

「あの、涼我君。分からないところがあるので、教えてもらってもいいですか?」

「いいぞ」


 今日の勉強会でやっている課題は数学Ⅱと数学B。苦手意識のあるあおいからも質問をされることが多い。

 俺の解説を聞くためか、あおいは結構近くに寄ってくる。心なしか以前よりも近いような。段々と暑くなって、あおいの甘い匂いを感じやすくなっているからそう感じるのかな。あおいの匂いがして、綺麗な顔が近くにあるからドキッとする。


「で、答えはこうなるんだ」

「なるほど、そういうことですか。ありがとうございます!」


 あおいはニコッと笑ってお礼を言ってくれる。至近距離で見せてくれる笑顔にまたドキッとして。

 それからも、みんなで協力しながら今日の授業で出た課題を片付けていった。


「よしっ! オレも終わったぜ!」

「じゃあ、全員終わったし休憩にするか」


 俺のそんな提案に、みんな賛同の意を示してくれた。なので、休憩をすることに。

 帰ってきた直後に淹れたアイスコーヒーを一口飲む。課題を片付けた後だからか、これまでよりも美味しく感じる。


「いたたっ」


 あおいのそんな声が聞こえた。なので、彼女の方を見ると……あおいが顔をしかめていた。


「どうした、あおい」


 これまで、あおいがこんな表情をしたことは全然ない。何かあったのだろうか。心配だ。

 あおいは俺の方に顔を向けて、苦笑いを浮かべる。


「一段落したので体を伸ばしたら、両肩が痛くて」

「そうなのか」

「……ここ最近はバイトのシフトにたくさん入っていたんです。期末試験が近いのでシフトを調整してもらって」

「そうだったのか。バイトをたくさんしたから、肩に疲労が溜まったのかもな」

「きっと、それが原因で肩が凝ったのだと思います」


 そういえば、以前……あおいは普段は肩が凝らないけど、たくさん勉強した後や何日もバイトをしたときには凝ると言っていたな。そのパターンが見事に当てはまってしまったのか。


「あの……涼我君。お手数を掛けてしまいますが、わ、私の肩をマッサージしてもらってもいいでしょうか?」


 あおいは頬をほんのりと赤くし、俺をチラチラ見ながらそう言った。あおいにマッサージしたことはないから、ちょっと恥ずかしいのかな。


「もちろんいいよ」

「ありがとうございます!」

「リョウ君のマッサージは気持ちいいし効果抜群だよ」

「マッサージしてもらっているとき、愛実は凄く気持ち良さそうにしているわよね」


 海老名さんのその言葉に、愛実は可愛い笑顔で「うんっ」と頷く。そんな愛実を見ていると、凄く嬉しい気持ちになるな。

 俺はあおいの背後まで動いて、膝立ちをする。

 こうして、すぐ近くからあおいの後ろ姿を見ると、結構大人っぽい印象だ。昔のショートヘアとは違って、今は長い髪をハーフアップに纏めているからかな。そんなことを思いながら、俺は両手をあおいの肩に乗せる。


「んっ」


 手が肩に触れた瞬間、あおいはそんな可愛らしい声を漏らし、体をピクリと震わせた。


「どうした? 手が触れて痛かったか?」

「い、いえ。痛みはありません。ただ、涼我君にマッサージしてもらうのは初めてですから緊張しちゃって。思わず変な声が出ちゃいました」


 えへへっ、と笑いながらあおいはこちらに振り向く。そんなあおいははにかんでいて。可愛いな。


「そうか。痛みじゃなくて良かった。じゃあ、マッサージを始めるよ」

「はいっ、お願いします」


 笑顔でそう言うと、あおいは再び前を向いた。

 あおいには初めてやるからな。どのくらいの力でマッサージしようか。ただ、痛いと声が出てしまうほどだから、結構な肩凝りだと推測できる。とりあえずは、いつも愛実にしているときと同じ力で揉んでみよう。


「……あぁっ」


 肩を揉み始めてすぐ、あおいはかなり甘い声を漏らす。


「どうだ? 痛すぎるか?」

「……痛みもありますが、気持ちいいです」

「じゃあ、この力加減で揉んでいっていいか?」

「はいっ、お願いします」


 痛いと言うほどに肩が凝っているときは、愛実へのマッサージと同じ強さで揉めばいいんだな。覚えておこう。

 俺はあおいに肩のマッサージをしていく。

 痛いと声を漏らし、表情が歪んでしまうだけあって、肩が結構凝っているな。しっかりとマッサージしないと。

 気持ちいいのか、あおいは時折「あぁっ……」と甘い声を漏らす。こういう反応は愛実と似ているな。


「結構肩凝ってるな。それだけ、バイトを頑張ったってことだな」

「ありがとうございます。あぁ、気持ちいいです……」

「でしょう?」

「ええ。愛実ちゃんが肩凝ったら涼我君にマッサージをよくお願いするのも納得です」

「凄く気持ちいいから、リョウ君以外にマッサージしてもらうのが珍しいくらいだよ」

「ふふっ、そうですか。私も肩が凝ったら、涼我君に毎回お願いしましょうかね」

「いつでも言ってくれ」


 俺のマッサージをそこまで気に入ってくれるとは。

 マッサージを続けているから、あおいの肩の凝りが段々とほぐれてきた。あおいも気持ちいいと言ってくれているし、この揉み方があおいの体に合っているんだろうな。両親や愛実、真衣さんへのマッサージで培った技術があおいにも応用できるのは嬉しい。


「ここまで気持ちいいマッサージをしてくれる人は初めてです。このマッサージを何年も体験している愛実ちゃんが羨ましいです」

「ふふっ。まあ、定期的に肩が凝っちゃう体質は嫌だけど、リョウ君に気持ち良くマッサージしてもらえるのは嬉しいよ」


 ニコッと可愛く笑いながら愛実はそう言う。

 俺にマッサージしてもらうとき、愛実は肩を痛そうにしていることが多い。それを定期的に感じていたら、そりゃ嫌になってくるよな。そんな愛実の肩をマッサージという形で支えていきたいと思う。


「……あおい。肩の凝りがほぐれたぞ。確認してみてくれ」

「はいっ」


 俺が両手を離すと、あおいはゆっくりと両肩を回す。さあ、どうかな。


「……痛みが全くありません。凄く軽いですし」


 そう言うと、あおいはこちらに振り返って、持ち前の明るい笑顔を見せてくれる。そんなあおいを見て、嬉しい気持ちと同時にほっとする。


「涼我君、ありがとうございます!」

「いえいえ。肩凝りが解消できて良かったよ」


 あおいの体の痛みの原因を取り除けて良かった。


「何だか、今のあおいちゃんを見たら、私もマッサージしてもらいたくなっちゃった。そこまで肩凝ってないけど」

「ははっ、そっか。やろうか、愛実」

「うんっ、お願いします」


 俺はあおいから愛実の後ろに移動し、膝立ちする。

 愛実の肩をさっそく揉み始めると……いつもマッサージをするときほどじゃないけど、両肩がそれなりに凝っている。その凝りがほぐれてきているからか、愛実は「気持ちいい……」と声を漏らしていた。試験対策の勉強中だし、このタイミングでマッサージをして正解だったのかもしれない。

 もしかしたら、期末試験の勉強会では勉強だけじゃなくて、体のサポートもすることになるかもしれないな。そんなことを考えながら、俺は愛実の肩を揉み続けた。

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