第24話『関東大会-前編-』
「おっ、次は道本君が出場する男子100m走の準決勝だね」
佐藤先生は俺が事前に印刷しておいた日程表の紙を持ちながら言う。ちなみに、その日程表には道本と鈴木が出場する種目に緑色のマーカーで線を引いている。
テレビを見ると、画面にはトラックのスタート地点が映っている。スタート地点には8人の選手がいるけど、その中に道本の姿はない。
「ここにはいないから、道本君は次の組かな」
「そうだと思います、樹理先生」
「あの、涼我君。決勝進出の条件って分かりますか?」
「各レースで4位までに入れば決勝へ行けるよ」
「そうなんですね!」
あおいは納得した様子。
100m準決勝は全2レースで、各レース8人で行なわれる。それぞれのレースで上位4人が決勝に進出することができる。
あおいに話している間に、準決勝第1組のレースが開始する。
関東大会の準決勝というだけあり、どの選手も結構速い。画面越しでもそれはよく伝わってくる。これが高校陸上関東レベルの走りか。俺が一緒に走っても最下位になってしまうだろう。
準決勝第1組のレースは1位と8位以外は横一線でゴールする。これは結果を見ないと、2位から7位までが誰なのかは分からないな。
それから少しして、画面には今のレースの結果が1位から順に表示されていく。選手の名前や在籍高校、タイム、レースを順位で通過したかどうか示す『Q』が表示される。なので、俺達のように配信で見ている人にもレース結果と、次の試合に進出できるかどうかが分かるようになっている。
再び、トラックのスタート地点が映し出される。その中に、
「おっ、4レーンに道本がいるぞ」
4レーンのスタート地点に、調津高校の陸上部ユニフォーム姿の道本が。道本は軽くジャンプしたり、脚を動かしたりしてウォーミングアップしている。
「頑張ってください、道本君!」
「頑張って! ……道本君に聞こえてないって分かっているのに、大きな声が出ちゃうね」
はにかみながら愛実がそう言ったので、俺達は笑い声に包まれる。
「その気持ち分かります、愛実ちゃん!」
「きっと、力弥君の出番になったら私も大きな声が出ちゃうと思うわ」
「ははっ、みんな可愛いねぇ」
「ですね、佐藤先生。……去年、道本は準決勝敗退だったので、まずはこのレースを頑張ってほしいですね」
インターハイ出場を目標にしている道本にとっては、この準決勝は通過点のように捉えているかもしれないが。まずは去年果たせなかった決勝進出を決めてほしい!
まもなくレースが始まるのだろう。道本を含めた各選手がそれぞれのレーンのスターティングブロックでクラウチングスタートの姿勢を取る。それもあり、俺達の話も急に止まり、みんなで静かにテレビ画面を見つめる。
――パァン!
スターターピストルの音が鳴り響き、男子100m準決勝第2組のレースがスタートする。
道本はいいスタートを決められ、他の選手よりをリードした状態で走り始める。
「いいぞ! 道本!」
「いいスタートですよ!」
「道本君速いわね!」
「道本君! 体育祭のときみたいに走れば大丈夫だよ!」
「愛実ちゃんの言う通りだね!」
道本のレースなのもあり、須藤さんを含めみんな興奮した様子。画面に向かって「道本君!」とか「頑張れ!」と大きな声で言っている。
愛実や佐藤先生の言う通り、体育祭での100m走やリレー競技の走りをすればきっと大丈夫だ!
道本のスピードはグングンと上がっていき、他の選手を引き離していく。後半からスピードを上げる選手も何人もいるけど、道本に追いつける選手はいない。
道本は危なげなく、余裕の1位でゴールすることができた!
『やったー!』
各レースで4位までにゴールすれば決勝進出が決まるので、道本が1位でゴールした瞬間に俺、あおい、愛実は喜びの声を上げる。佐藤先生と須藤さんも笑顔で拍手を送っていて。俺達5人でハイタッチする。
「凄いな、道本!」
「さすがは道本君です! 速かったですね!」
「物凄く速かったね!」
「いやぁ、さすがは道本君だ。去年から大きく成長したんだね」
「本当に速いわね。力弥君が道本君は短距離走のエースだって言っていたけど、それも頷けるわ」
みんなが道本を称賛する言葉を言ってくれる。親友だし、中学時代は一緒に陸上をしてきたので凄く嬉しく感じる。
それからすぐに、画面には今のレースの結果が表示される。
『1位:道本翔太 (調津) 10.73 Q』
と表示された。記録としても、ちゃんと準決勝を通過したことが分かり、俺達は再び拍手したり、ハイタッチしたりした。
予定表を見ると、100m走の決勝戦は今からおよそ2時間後に行われる。道本にはゆっくり休んで、決勝戦ではインターハイの切符を掴むために思いっきり走ってほしい。その旨を道本にメッセージで送った。
その後も各種目が進んでいき、
「もうそろそろ、鈴木の出る男子やり投げが始まるよ」
「楽しみだわ!」
男子やり投げの開始時刻となった。
予定通りに進んでいるのか画面を見ると、フィールドに槍を持った男の選手が映る。鈴木のように上半身中心に筋肉が凄いな。だからか、今までよりも佐藤先生はテレビ画面に集中しているように見える。この人、筋肉にも興味があるからなぁ。
「涼我君、美里ちゃん。やり投げも予選・準決勝・決勝と段階があるのでしょうか?」
「投てき種目は決勝だけ……って言えばいいのかな」
「この関東大会では決勝だけね。やり投げは6回試技するの。試技は槍を投げることね。槍を一番長く投げられた距離で競うの。ただ、3回目の試技が終了した時点で上位8人に入らないと、そこで敗退になってしまうの」
「そうなんですか。では、まずは4回目以降の試技ができるのが目標になるんですね」
「そうね。去年、力弥君は3回目までに敗退してしまったから。でも、きっと力弥君なら行けると思うわ。4回目以降はもちろん、インターハイだって」
須藤さんは落ち着いた笑みを浮かべながら、力強い声でそう言った。
「4月にマネージャーの手伝いをしたけど、鈴木君のやり投げは凄かったよ。私も鈴木君ならインターハイまで行けると思うよ」
愛実は可愛らしい笑顔で須藤さんを見ながらそう言う。そのことに、須藤さんの口角が結構上がった。
鈴木もインターハイ出場を目指して練習を頑張ってきた。きっと、鈴木ならインターハイまで進めると思う。あと、道本が去年果たせなかった決勝進出を果たせたから、それに刺激を受けて、鈴木も4回目の試技に進むことを決められるだろう。
生配信はトラック種目、やり投げのフィールド種目の様子を交互に映していく。そして、
「おっ、鈴木が出てきたぞ!」
フィールドの様子が映され、槍を持つ調津高校のユニフォーム姿の鈴木が映し出された。
「力弥君かっこいい! 今日も筋肉素敵だよっ! 一投目頑張って! 麻丘君の家から応援してるからねー!」
鈴木が映った瞬間、須藤さんは今日一番の大きなボリュームで、しかも甘い声を出した。画面のすぐ側まで行き、恍惚とした様子で鈴木のことを見ている。
須藤さんは普段、クールで落ち着いているけど、鈴木と一緒にいるとこういう風に甘い声を発することがある。それを知っている俺はもちろん、愛実と佐藤先生も微笑ましく見ている。ただ、今日が初対面のあおいは目を見開いて須藤さんを見ていた。
「美里ちゃん……さっきまでと雰囲気変わりましたね」
「ユニフォーム姿の力弥君が大きな画面に映っているんだよ! 興奮しちゃうよ!」
「ふふっ、そうですか。驚きましたけど、美里ちゃん、とても可愛いですっ! ギャップ萌えですっ!」
あおいは明るくそう言った。どうやら、須藤さんの変化を好意的に受け取ったようだ。
「私も美里ちゃんのこの属性を知ったときにはギャップ萌えしたねぇ」
柔らかな笑顔で佐藤先生が言う。あおいは「ですよねっ!」と頷いている。
あと、久しぶりに聞いたなギャップ萌え。実際の人に対して使っている場面を見たのは去年、今のような姿を初めて見た際に佐藤先生が須藤さんに言ったとき以来かもしれない。
当の本人である須藤さんは……照れた様子は全く見せず、テレビ画面に映っている鈴木に集中している。
「鈴木、頑張れっ!」
「力弥君頑張ってー!」
「頑張って! 鈴木君!」
「頑張ってくださーい!」
「そのたくましい筋肉を使って遠くまで飛ばすんだよ!」
佐藤先生だけは独特だけど、みんな鈴木に向かって応援の言葉を贈る。
鈴木は深呼吸をして集中しているようだ。
少しすると、鈴木は勇ましい表情で正面を向き、助走路を走り始める。スタンディングラインに近づいていき、
『おりゃあっ!』
スタンディングライン近くで、鈴木は右手で持っていた槍を思いっきり投げた!
鈴木の投げた槍は勢いよく飛んでいき、60m手前のあたりの所に刺さった。落下した場所が大きく横にずれてもいないし、ファウルで記録なしになってしまうことはないだろう。
「いい試技だったよっ! 力弥君!」
甲高い声でそう言い、須藤さんは画面に向かって大きく拍手している。
「鈴木君伸びましたね!」
「ああ。結構いいところまで行った気がするよ」
「私もそう見えたよ、リョウ君」
「今のところ、これまで投げた選手の中では一二を争う距離だと思うよ」
佐藤先生は冷静な様子でそう言った。
それからすぐに、フィールドに置かれているフィールド表示盤には『57.50』という数字が表示された。現在の順位までは分からないが、嬉しそうな笑顔を浮かべている鈴木が映っていることからして、これはなかなかの好記録なのだろう。俺達は鈴木に向かって拍手を送った。
それからも試技が続き、参加選手の1回目の試技が終わったところで、画面にはやり投げの現在の順位が表示される。
『3位:鈴木力弥 (調津) 57.50』
鈴木は1回目の試技を終えた時点で3位か。この調子でいけば、4回目以降の試技に行けるだろう。
それからもトラック種目の間に、フィールドの男子やり投げの様子が中継される。鈴木が登場する度に俺達は応援をした。
関東大会に出場するだけあって、やり投げに出場するどの選手もいい記録を出している。中にはファウルをしてしまい記録が出ない選手もいるが。ただ、鈴木は安定して伸びのある投てきを繰り返す。
その結果、3回目の試技を終えた時点で、鈴木は全体の5位で4回目以降の試技に進めることが決定した。去年はこのタイミングで敗退してしまったからか、
「良かった……」
と、須藤さんは涙ぐんでいた。ただ、彼女の顔に笑みが浮かんでいるのもあり、その涙がとても美しく見えた。
道本も鈴木も、初のインターハイまであと一歩のところまで来た。2人が一緒にインターハイに出場できるように、俺達は引き続き応援していこう。
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