第23話『鈴木の恋人の須藤さん』

 6月18日、土曜日。

 梅雨入りしてから1週間ほどが経った。

 今日は朝からどんよりと曇っており、たまに雨がシトシトと降ることも。空気が蒸し暑いので、この時期らしい気候だなと思う。


「道本君と鈴木君……インターハイの出場権を掴めるといいですね」

「そうだね、あおいちゃん。画面越しだけど、2人や調津高校のみんなを応援しよう」

「2人の他にも、出場している部員は何人もいるからな」


 今日と明日、陸上の関東大会が開催される。この大会での各種目の上位者が、インターハイ出場の切符を掴めるのだ。

 調津高校の陸上部からは道本と鈴木はもちろんのこと、颯田部長など何人もの部員が関東大会に出場する。

 ただ、会場が栃木県の競技施設であること。大会の様子を動画配信サイトで生配信されること。そのため、俺の部屋でノートパソコンとテレビを繋いで、道本や鈴木達を応援することに決めたのだ。午前中からあおいと愛実、佐藤先生とネット生配信を見ている。また、このことを道本達は知っている。

 道本は午前中に男子100m走の予選を終え、準決勝進出を決めている。


「あと、鈴木君の恋人……須藤さんと会うのも楽しみですね!」

「美里ちゃんはクールで落ち着いた女の子だよ。でも、鈴木君のことや趣味のことを話すときを中心に笑顔を見せることも多いんだ」

「しかもかなりの美人さんだよ。美里ちゃんとは久しぶりに会うから、先生も楽しみだ」


 そう。この部屋で大会の様子を見守るのは俺達4人だけではない。鈴木の恋人の須藤美里すどうみさとさんも一緒だ。鈴木の出場する男子やり投げは午後からのスタートのため、須藤さんは午後1時頃に来る予定だ。今は午後12時50分だから、もうすぐ来るだろう。

 また、あおいは写真で須藤さんの姿は見たことがあるけど、実際に会うのは今日が初めてとなる。だから、あおいはとても楽しみにしているのだろう。

 ――ピンポーン。

 おっ、インターホンが鳴った。噂をすれば何とやらってやつかな。

 俺は扉の近くにあるモニターのスイッチを押す。モニターにはベージュ色のカチューシャを付けた黒髪の女性……須藤さんの姿が映し出される。


「須藤さん」

『こんにちは、麻丘君』

「こんにちは。すぐにそっちに行くよ」

『ええ』


 須藤さんは微笑み、ちょこんと頷いた。

 須藤さんが来たことを3人に伝え、俺は自室を後にする。

 玄関まで行き、扉をゆっくりと開けると……そこにはスラックスにノースリーブの縦ニット姿の須藤さんが立っていた。俺と目が合うと、須藤さんは口角を上げた。


「こんにちは、麻丘君。久しぶりね」

「久しぶりだね、須藤さん。さあ、どうぞ」

「お邪魔します」


 須藤さんを家の中に招き入れる。ちなみに、須藤さんが俺達と一緒に応援することを鈴木は知っており、彼女が俺の家に来ることを快諾している。

 リビングでくつろいでいる両親に挨拶した後、俺は須藤さんを自室へと連れて行く。


「須藤さんを連れてきました」


 自室に戻ると、3人は俺が淹れたアイスコーヒーを飲みながら談笑していた。俺達に気付いた3人は、明るい笑顔で須藤さんのことを見ている。初対面のあおいはじっと見つめていて。


「愛実さん、樹理さん、お久しぶりです」

「久しぶり、美里ちゃん」

「久しぶりだね、美里ちゃん。いやぁ、ますます美女になっているねぇ」

「ありがとうございます。力弥君のおかげですよ」


 ふふっ、と上品に笑う須藤さん。佐藤先生の言う通り、須藤さんはますます綺麗になったように見える。こうして笑う姿も絵になって。……友人の恋人について、こういうことをあまり考えない方がいいか。


「麻丘君。こちらの黒髪の女性が、クラスメイトであなたの幼馴染の桐山あおいさんよね。力弥君から話を聞いたり、写真を見せてもらったりしたわ。確か、10年ぶりに調津に帰ってきて、隣の家に住んでいるのよね」

「そうだよ。春休みに京都から戻ってきたんだ。……あおい。写真を見せたから分かっていると思うけど、こちらは鈴木の恋人の須藤美里さんだ」


 俺が2人のことを軽く紹介すると、あおいは須藤さんに向かって軽く頭を下げる。クッションから立ち上がり、須藤さんのすぐ近くまでやってきた。


「初めまして、桐山あおいです。春休み中に京都から調津に戻ってきて、2年生になったタイミングで調津高校に編入しました。鈴木君とはクラスメイトで、友人として仲良くしています」


 あおいは持ち前の明るい笑顔で須藤さんに挨拶する。こうした光景を見ると、あおいが調津に戻ってきた春休みのことを思い出すなぁ。あれも2ヶ月以上も前のことになるのか。随分と昔のように思える。

 須藤さんは口角を上げてあおいのことを見つめる。


「力弥君と仲良くしてくれてありがとう。初めまして、須藤美里です。地元にある泉水せんすい女子高校っていう私立高校に通っているわ。力弥君とは初めて同じクラスになった中学2年生のときから付き合っているの」

「そうですか。鈴木君を中心に、美里さんの話は聞いています。とても可愛くて、美人で、優しくて、しっかりしていて、頭が良くて。鈴木君はそんな美里さんが大好きで、ラブラブだと仰っていました」

「……力弥君ったら、そんな風に言っていたのね」


 頬をほんのり赤らめて、「うふふっ」と可愛らしく笑う美里さん。鈴木に大好きでラブラブだとあおいに言っていたことがとても嬉しいようだ。

 今の美里さんを見てか、愛実と佐藤先生は「可愛いね」と呟き合っている。そんな2人の言葉に、俺は心の中で頷いた。


「美里さんはとても美人な方ですが、笑うととても可愛いですね。背も高くてスタイルも抜群で。黒髪も綺麗で。鈴木君はとても素敵な方とお付き合いされているのだと分かります」

「……凄く褒めてくれて嬉しいわ。あおいさんもとても美人で、黒髪が綺麗で、笑顔の素敵な女の子ね。これからよろしくね、あおいさん」

「はいっ、よろしくお願いします!」


 あおいは元気よく挨拶すると、須藤さんに右手を差し出す。

 須藤さんはニコッと笑って、あおいと握手を交わした。この様子なら、2人はすぐに仲良くなれそうだな。いい初対面になって良かった。あおいの幼馴染としてそう思うよ。


「とても可愛い愛実さんだけじゃなくて、こんなにも美人なあおいさんとも幼馴染だなんて。しかも家が両隣。まさに両手に花ね。いや、両隣に花ね」

「そうだな。前に佐藤先生にも同じことを言われたよ」

「あぁ、そんなことを言ったねぇ」

「あおいと10年ぶりに再会できて嬉しいし、高1のとき以上に楽しいよ」

「それは良かったわね」


 上品に笑いながらそう言う須藤さん。

 あと、俺が須藤さんに言った言葉が嬉しかったのか、あおいは頬を赤らめながら笑顔を浮かべていた。

 俺は部屋の端に置いてあるクッションを、さっきまであおいが座っていたクッションの近くに置く。


「須藤さん。このクッションに座ってくつろいでて。荷物は適当に置いていいから。俺、須藤さんにアイスコーヒーを淹れてくるよ」

「お構いなく」


 俺は一旦、部屋を出て1階のキッチンへ向かう。

 キッチンへ行き、須藤さんのアイスコーヒーを作り始める。確か、須藤さんはブラックコーヒーが好きだって鈴木が言っていたな。なので、須藤さんにはブラックのアイスコーヒーを作る。

 ブラックコーヒーが完成し、俺は自分の部屋に戻る。

 4人は関東大会の様子を見ながら談笑している。あおいと須藤さんは初対面だけど、愛実と佐藤先生の存在もあってか、4人で楽しくお喋りしている。あと、女性が4人いるからか、普段よりも部屋の匂いがとてもいいな。


「お待たせ。須藤さん、アイスコーヒーを持ってきたよ」

「ありがとう」


 俺は須藤さんの前にブラックコーヒーが入っているマグカップを置き、あおいと愛実の間に置かれているクッションに腰を下ろした。

 須藤さんは俺の作ったアイスコーヒーを一口飲む。愛実や佐藤先生のコーヒーと同じように作ったけど……口に合うだろうか。ちょっと緊張する。


「……冷たくて美味しい。しっかりとした苦味があって美味しいわ」

「良かった」

「さすがは喫茶店でバイトしているだけのことはあるわね」

「チェーン店の接客担当だけどね。ありがとう」

「ブラックコーヒーを飲む美里ちゃん、とても大人っぽく見えます。私がブラックは苦手なのもあるのかもしれませんが」

「ふふっ。コーヒーは飲めても、ブラックは苦手っていう人はいるわよね。私もコーヒーを飲み始めた頃はブラックが苦手で、ブラックを普通に飲める人が大人に見えたわ」

「美里ちゃんも苦手だったんですね」

「ええ。少しずつ慣れていったわ。でも、美味しく飲めるコーヒーの飲み方があるのなら、ブラックが苦手なままでもいいのかなとも思うわ」

「なるほど。その考えも大人っぽくて素敵です」


 そう言うあおいは須藤さんに尊敬の眼差しを向けている。

 ミルクやガムシロップを入れるなど美味しい飲み方があるのであれば、ブラックが苦手なままでもいいんじゃないかと俺も思う。なので、今の須藤さんの言葉に俺は深く頷いた。

 須藤さんは落ち着いた様子でコーヒーをもう一口。ブラックコーヒーなのもあって、彼女はとても大人っぽく見える。

 また、今の会話やあおいも須藤さんも黒髪の美人なのもあり、同い年だけど須藤さんがあおいのお姉さんのように見えてくるのであった。

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