第21話『体育祭の終わり』

 興奮冷めぬ雰囲気の中、体育祭の閉会式が行なわれた。

 式の中で、緑チームのリーダーである3年生の女子生徒が、校長先生から優勝の賞状をもらう。その光景を見たとき、本当に嬉しい気持ちになった。今年は勝ちたいって気持ちを強く抱いて臨んだし、ついさっきは混合リレーでアンカーとして走ったからかな。

 閉会式が終わると、生徒達は自分のクラスの教室に戻ることに。

 レジャーシートにある自分のトートバッグを手に取り、俺はあおいや愛実達と一緒に2年2組の教室に戻る。シートには午前中からいたし、今年は去年以上の体育祭の思い出がたくさんできた。だから、ここから離れることに少し寂しさを感じた。

 昼休みのときと同様、戻る途中は俺を見てくる生徒が多い。おそらく、混合リレーではアンカーで走り、1位でゴールしたからだろう。

 教室A棟に入り、昇降口でシューズから上履きに履き替える。

 いつも、体育で体をたくさん動かした後はエレベーターを使って、教室のある4階に戻る。ただ、今は教室A棟に教室のあるクラスの生徒全員が移動中なので、階段を使って4階まで戻った。混合リレーで走ってからそこまで時間が経っていないから、4階に上がると少し疲れを感じた。

 昼休み以来に教室に戻り、自分の席に腰を下ろす。階段を上がった疲れもあって、こうして座るだけでリラックスできる。思わす「ふぅ……」と声が漏れた。


「ふふっ。リョウ君お疲れかな?」

「階段で上がったからちょっとな。混合リレーからあまり時間が経っていないし。あおいはどうだ?」

「私もちょっと疲れが。でも、こうして座って、壁に寄り掛かると気持ちいいです」

「気持ちいいよな。俺も前の席のとき、授業を受けている間に壁に寄り掛かったことがあったよ。窓側と通路側の席の生徒の特権だな」

「確かに、窓側に寄り掛かったときは気持ちいいわね」

「廊下側の壁もなかなか気持ちいいな」

「気持ち良すぎて、オレはたまにウトウトするときがあるぜ!」

「ふふっ、特権と言われると、もっと気持ち良く思えてきました」

「まったりとした笑顔になってるね」


 愛実はあおいの方を向いて「ふふっ」と楽しそうに笑う。

 まったりと佇んでいるあおいの姿が気に入ったのか、愛実はあおいにスマホを向けて撮影。それに気付いたあおいは口角を上げて、ピースサインしていた。海老名さんと一緒に写るときもあって。可愛いな。あとで、愛実に頼んで今撮った写真を送ってもらおうかな。


「いやぁ、優勝できて嬉しいぜ! リレーまでどのチームが優勝できるか分からなかったし、道本と麻丘、桐山のおかげだな!」


 鈴木は朗らかな笑顔でそう言い、俺と道本の肩をバシバシと叩いてくる。その力が強いからちょっと痛いです。


「ありがとう、鈴木。ただ、リレーを1位でゴールできたのは、それまでの生徒達が頑張ったおかげだよ」

「俺もあおいまでが頑張って繋いでくれたから、混合リレーで1位を取れたと思っているよ。もちろん、鈴木がそう言ってくれるのは嬉しいぞ」

「私も同じ考えです。最初の100m走からみんな頑張ったので、チーム優勝ができたのだと思います」


 あおいは屈託のない明るい笑顔でそう言った。

 最初の種目の100m走からみんな頑張ったから優勝できた……か。思い返すと、1位になったり、上位に入ったりする種目が多かった。俺達の中でも、出場した種目はどれも1位か2位だったし。体育祭という名の壮大なリレーの勝利とも言えそうだ。


「そうだな、あおい」


 俺がそう言うと、愛実や海老名さん達はみんな頷いた。

 あおいは「えへへっ」とにこやかに笑う。そんな彼女の笑顔を見ると、リレーが終わった直後に抱きしめられたときのことを思い出す。そのせいで、体がちょっと熱くなった。


「チーム対抗リレーでは3人ともかっこよかったけど、リョウ君は本当にかっこよかったよ。リレーで走って、1位でゴールするリョウ君がまた見られて嬉しかった。ありがとう」


 愛実は俺の目を見つめながら、嬉しそうな笑顔でそう言ってくれる。そのことで胸がとても温かくなって。種目決めのとき、俺がリレーで走る姿を見たいって言ってくれたもんな。愛実が満足できる走りができたようで何よりだ。


「愛実にそう言ってもらえて嬉しいよ。ありがとう。あおいもな。あおいと一緒にリレーに参加して良かったよ」


 俺は席から立ち上がって、右手で愛実、左手であおいの頭を優しく撫でる。それぞれの頭からはっきりとした温もりが感じられて。愛実は柔らかな笑顔を浮かべ、あおいは頬をほんのり赤くしてちょっと照れくさそうに笑っていた。

 全員参加以外のリレーは久しぶりだったけど、本当に気持ち良く走れた。来年の体育祭でもリレー種目に出ようかな。


「やあやあやあ。みんなお疲れ様!」


 佐藤先生が教室に入ってきた。そんな先生は両手でスーパーのカゴのようなものを持っている。よいしょっ、と先生はカゴを教卓の上に置いた。


「終礼の前に……2年2組のみんなに先生から飲み物の差し入れだよ」


 落ち着いた笑顔で佐藤先生がそう言うと、多くのクラスメイトから「やった!」とか「よっしゃあっ!」といった声が上がる。あおいや愛実達も喜んでいて。

 そういえば、佐藤先生……去年も体育祭や文化祭など、イベントが終わった後は飲み物やお菓子を差し入れしてくれたっけ。去年の体育祭のときは……紙パックのコーヒーを飲んだな。


「全部で4種類あるよ。ストレートティー、レモンティー、ミルクティー、あとはミルクコーヒーだよ。1人1つ、好きなものを取っていってね。1つずつだよ。何人かが2つ以上取ったら、誰かの分と先生の分がなくなっちゃうからね。先生も何か1つ飲みたいのさ。部活動リレーで走ったからね」


 佐藤先生がそう言うので、教室は笑いに包まれる。自分も飲みたいってことは、うちのクラスの生徒の数よりも少し多めに買ったのだろう。去年も体育祭の後、先生も紙パックのドリンクを飲んでいたっけ。


「みんな1つずつカゴから取って、自分の席に座ってね。飲み物はすぐに飲んでもいいし、持ち帰ってもいいよ。あと、早い者勝ちだよ」

『はーい!』


 みんな元気よく返事すると、教卓の方へ向かっていく。俺達も教卓へ向かう。


「樹理先生は差し入れをしてくれるのですね。去年のクラス担任は『お疲れ様』と言うだけだったので、凄く嬉しいです!」

「そうだったんだ。文化祭の後とかにも差し入れしてくれたよね」

「そうだったな」

「そうなんですね。樹理先生がよりいい先生に思えます!」


 あおいは目を輝かせて佐藤先生のことを見ている。

 俺にとっても、こういうイベントの後に差し入れをしてくれるのは佐藤先生だけだな。そう思うと、俺も佐藤先生がよりいい先生に思えてきた。飲み物ありがとうございます。

 俺達の前にいる生徒達がいなくなり、俺達が飲み物を取る番に。4種類ともまだ残っているな。


「私は……ミルクティーにしようっと」

「私はレモンティーにしましょう」

「俺は……コーヒーにしよう」


 紅茶も好きだけど、コーヒーの方がより好きだから。

 カゴから紙コップのミルクコーヒーを一つ取り、俺は自分の席に戻る。俺はさっそくコーヒーを飲み始める。


「……あぁ、苦味もあるし甘味もあって美味しいな」

「良かったね。去年も同じようなことを言ってたよ」

「そうだったかな。ただ、去年以上に美味しいぞ。あおいと一緒に混合リレーを走った後だからかな」

「ふふっ、そっか。ミルクティーも美味しいよ」

「レモンティーも美味しいですっ!」

「2人とも良かったな」


 俺がそう言うと、あおいと愛実は笑顔で頷いて、紙パックの紅茶を飲む。ストローで吸うのもあってとても可愛らしい。

 道本達を見てみると……道本はミルクコーヒー、鈴木はストレートティー、海老名さんはミルクティーか。3人も美味しそうに飲んでおり、鈴木は「うめーっ!」と大声で喜んでいた。


「全員……取ったみたいだね。レモンティーが他より多く残っているから、先生はレモンティーにしよう」


 佐藤先生はカゴから紙パックのレモンティーを取り出し、さっそく一口飲んでいた。美味しいのか、ストローを咥えながら微笑んでいて。可愛い先生だ。


「……うん、美味しいね。じゃあ、飲みながらでいいから終礼するよ。今日はお疲れ様。みんなもそうだし、他のクラスのみんなの頑張りもあって緑チームが優勝できたね。私が言うのは何かもしれないけど、みんなおめでとう!」


 笑顔でそう言い、佐藤先生は俺達に向かって拍手を送った。そんな先生を見てか、大半の生徒が拍手をする。去年は優勝できなかったので、こうして拍手するとまた嬉しい気持ちになるな。


「明日からは普通に授業があるから、遅刻とかはしないようにね。今日は朝と昼休みしかいなかったから、教室の掃除はなしで。あと、レモンティーとミルクティー、ミルクコーヒーが一つずつ余ってるから、希望者はこっちに来て。複数いたらジャンケンだよ」


 その後、余った紙パックの飲み物をめぐってのジャンケン大会が開催された。俺はミルクコーヒー1本あれば満足なので参加しなかった。あおいと愛実も1本で十分なのか参加せず。

 ただ、鈴木がレモンディー部門に参加し、見事に勝利してゲットしていた。さすがは鈴木と言うべきか。

 ジャンケン大会が終わったので、今日の終礼は終わって放課後に。

 まだ飲み物は残っているし、今日は掃除もないので、少しの間教室でゆっくりすることにした。


「あおいちゃん。ミルクティーを一口飲んでみる?」

「いいですよ! では、一口交換しましょう」


 あおいと愛実は自分の紅茶の紙パックを交換して、一口飲む。こういう一口交換するところは見慣れてきたな。


「ミルクティーも美味しいですね!」

「レモンティーも美味しいよ。ありがとう」

「こちらこそ」


 あおいと愛実は互いに紙パックを返した。


「リョウ君もミルクティー飲む?」

「おっ、ありがとう。じゃあ、俺のミルクコーヒーを一口飲んでくれ。あおいも良ければ飲んでいいぞ。苦味もあるけど、ミルクと砂糖の甘味もあるからあおいも飲めるんじゃないかな」


 と俺が言うのは、あおいはミルクや砂糖が入っていないとコーヒーが飲めないから。この紙パックのコーヒーは苦味がそれなりにあるけど、あおいも飲めると思う。


「ほえっ? は、はい。私もいただきます……」


 あおいは笑顔でそう答えたけど、頬を中心にほんのりと赤くなっていた。そんなあおいは自分のレモンティーを俺の机に置く。その直後に愛実がミルクティーを。

 あおいにミルクコーヒーを渡し、俺はあおいのレモンティーを一口飲む。そんな俺のことをあおいがじっと見ていて。

 俺と目が合うと、あおいは俺のミルクコーヒーを飲み始める。そんなあおいの顔の赤みはさっきよりも強く見えた。


「レモンティーも結構美味しいな」

「……ミルクコーヒーも美味しいです。苦味はありますが、甘味もそれなりにあって。これなら私でも普通に飲めます」

「それは良かった。レモンティーありがとう、あおい。じゃあ、次は愛実のミルクティーだな」


 あおいの机にレモンティーのパックを置き、俺は愛実のミルクティーを一口飲む。その間に、愛実は俺のミルクコーヒーを飲んでいた。


「おっ、ミルクティーもいけるな」

「美味しいよね、そのミルクティー。このミルクコーヒーも美味しいよ」

「良かった。ありがとう、愛実」

「いえいえ」


 愛実からミルクコーヒーを返してもらい、一口飲む。あおいと愛実が飲んだ後だからか、さっきよりも味わい深く感じられた。

 その後、道本、鈴木、海老名さん、佐藤先生が飲み物を持ちながらこちらにやってきて。7人で談笑しながら飲み物を飲んでいく。軽い打ち上げのような感じで楽しいな。

 あおいも一緒に参加したり、混合リレーで走ったり、自分のいるチームが優勝したり。今年の体育祭は去年よりも楽しくて、思い出深いものになったのであった。

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