第20話『体育祭⑩-チーム対抗混合リレー-』

『さて。次が体育祭最後の種目となります。チーム対抗混合リレーです!』


 放送委員の女子生徒が元気にアナウンスするのもあり、会場はより盛り上がる。この雰囲気……最終種目って感じがするなぁ。


「リレーのアンカーは久しぶりだから緊張するな」

「そうですか。ただ、緊張するのはリレーに向き合っている証拠だと思います。それに、4月に一緒にレースして、涼我君は思いっきり走れました。バトンパスの練習もたくさんしました。ですから、いつも通りに走ればきっと大丈夫ですよ」


 あおいは俺に明るい笑顔を向け、優しい声色でそう言ってくれた。そのことで、体の強張りが緩んでいく。


「そうだな。あおいと一緒のチームだし、あおいとバトンパスの練習もしたもんな。混合リレー、頑張ろう」

「はいっ!」


 あおいは元気良く返事すると、拳にした右手を俺に差し出してくる。俺がグータッチすると、あおいはニコッと微笑んでスタート地点の方へ向かった。

 俺は最終走者なので、レジャーシートの方にあるテイクオーバーゾーンの近くに行く。既に第2走者の生徒がトラック上に立っている。


「リョウ君、頑張ってね!」

「頑張って、麻丘君!」


 レジャーシートから愛実と海老名さん達が応援してくれる。こういうリレーで愛実達から応援されるのは久しぶりだな。彼女達に向けて大きく手を振った。

 周りを見ると……俺と同じくビブスを着ているアンカーの生徒を3人見つけた。青チームは男子生徒で、黄色チームと赤チームは女子生徒か。混合リレーらしくて面白い。最も警戒すべきは男子生徒を配置し、現在の得点が第2位の青チームだろうけど、黄色チームと赤チームの女子生徒も速そうだ。油断してはいけないな。


 ――パァン!

『最終種目のチーム対抗混合リレーがスタートしました!』


 ついに、混合リレーがスタートした。

 第1走者は緑チームと赤チームが男子生徒で、黄色チームと青チームが女子生徒だ。それもあってか、緑チームと赤チームが1位争い、その少し後ろで黄色チームと青チームが3位争いをしている。

 ただ、混合リレーは男女6人ずつの計12人のチームで、1人がトラック半周を走ることがルール。走る順番については特に決まりはない。だから、黄色チームと青チームが遅れを取っているけど、今後どうなるかは分からない。

 その考えが当たり、青チームの第2走者の男子生徒が追い上げて、先頭争いをしている緑チームと赤チームを抜き去った。

 走る順番が男女問わずなのもあって、順位が変わっていく展開が随所に見られる。そんなレース展開もあり、会場はかなり盛り上がっている。

 ただ見ているだけなら、俺もかなり楽しんでいただろう。だけど、俺はこれから走る立場。しかも、アンカー。レースが進んでいくうちに、緊張やプレッシャーが積み重なってくる。深呼吸をしたりして少しでも心を落ち着かせる。

 やがて、リレーは終盤となっていく。

 現在1位は青チームで、そのすぐ後ろに我ら緑チームが走っている。そこからかなり間があって、赤チームと黄色チームが3位争いを繰り広げている。

 全てのチームが第10走者にバトンパスしたので、俺はトラック上に出る。そのことで、もうすぐ俺の番が回ってくるのだと実感してきて。


「リョウ君! いつも通りの走りをすれば大丈夫だよ!」

「あおいと走ったときみたいにね!」

「麻丘なら大丈夫だぜ!」

「君ならやれるさ、涼我君!」


 うちのクラスのレジャーシートから、愛実、海老名さん、鈴木、佐藤先生がそんなエールを送ってくれる。俺と目が合うとみんな笑顔を向けてくれて。そのことに頬が緩んでいくのが分かった。


「ありがとう!」


 そう言って、愛実達に向けて大きく手を振った。


『緊張するのはリレーに向き合っている証拠だと思います』

『いつも通りに走ればきっと大丈夫ですよ』


 リレー前に、あおいが俺にかけてくれた言葉を思い出す。

 そうだ。緊張したり、プレッシャーを感じたりするのは悪いことじゃない。それに、最近のジョギングでは、それなりに速く走ってもあまり疲れを感じなくなった。きっと、体力や筋力がついてきたからだと思う。俺は俺の走りをするだけだ。


『さあ、残り1周となりました! 1位は青チーム! そのすぐ後に緑チーム!』


 残り1周……あおいの番になったか。

 あおいは青チームの男子生徒の後ろを走っている。男子生徒も速いけど、あおいは粘っており、差はそこまで開けられていない。


「あおいちゃーんっ!」

「頑張って、あおいっ!」


 あおいを応援する愛実や海老名さんが聞こえてくる。


「頑張れ、あおい!」


 俺もテイクオーバーゾーンからあおいに向かってエールを送る。これが少しでもあおいの力になるといいな。

 残り1周になったのもあり、会場はさらに盛り上がりを見せている。この混合リレーでチームの順位が決まるんだもんな。

 あおいがコーナーを周り終わろうとしている。

 俺はあおいを信じて前を向く。『ゴー!』と言われたら全力で走り始め、『はいっ!』と言われたら右手を後ろに差し出す。今こそ、練習の成果を見せるときだ!


「ゴー!」


 あおいのその言葉を合図に、俺は全力で走り始める。その直後に青チームはアンカーの男子生徒にバトンパスが完了した。そして、


「はいっ!」


 俺は右手を後ろに差し出した。その瞬間に、細長いものが右手に乗ったのが分かった。俺はそれをしっかり掴む。腕を大きく振るので、視界に緑色のバトンがちゃんと見えて。

 バトンパスは成功した。あとは、俺がゴールを目指すだけだ!


『さあ、アンカーにバトンパスされました! 1位は青チームで2位は緑チーム!』


 いよいよアンカー対決になったのもあって、歓声はさらに大きくなり、会場の熱気はさらに上がっていく。

 青チームアンカーの男子生徒もかなり足が速いな。アンカーだけあってなかなかの強敵だ。

 以前は事故の影響やその後の痛みのトラウマで、走ることが怖く感じて。

 でも、今年の4月にあおいと本気で走ったことで、走るのが楽しいと思えて。

 ジョギングでまた走ることが習慣になり、走力や体力がついてきて。

 陸上をやっていた頃よりも遅いだろう。それでも、今の俺なら、この男子生徒を絶対に追い抜ける! 追い抜いてやる!


「涼我君、頑張ってください!」

「いけっ、麻丘!」

「リョウ君、頑張って!」

「麻丘君、その調子よ!」

「いいぞぉ、あさおかあっ!」

「いい走りしているよ、涼我君!」


 不思議なもので、多くの生徒が大声で応援しているのに、あおいや愛実達の声ははっきりと聞こえてきた。その声が耳から入った瞬間、体が段々と軽くなっていき、走るのが気持ち良く感じられて。青チームの生徒の背中が少しずつ大きく見えてきた。

 コーナーを回っている間に、青チームの生徒を横から追い抜き、最後の直線に入る。


「くそっ! このまま負けてたまるか!」


 背後から男子の声が聞こえてくる。きっと、青チームアンカーの男子生徒の声だろう。

 今、青チームとはどのくらいの差がついているのかは分からない。でも、俺がやることはゴールに向かって全力で走ることだけだ!

 ゴールテープが段々と近づいていき、そして、この体でテープを切った。


『ゴール! 緑チームが逆転して1位でゴールしました! 青チームは惜しくも2位!』

『おおおっ!』


 ゴールテープを切った瞬間に、1位でゴールできたことは分かっていた。ただ、この実況と沸き上がる歓声のおかげで、俺は1位でゴールできた実感が湧き、嬉しさがこみ上げてきた。

 ゴールを過ぎてから少し走ったところで走るのを止め、グラウンドの中に入る。

 グラウンド半周を本気で走ったから息が乱れて、体もかなり熱い。だけど、一つ一つの大きな呼吸によって入ってくる爽やかな空気が凄く美味しい。


「涼我君っ!」


 背後から、俺の名前を呼ぶあおいの声が聞こえた。なので、声がした方に振り返ると、

 ――ぎゅっ!

 振り返った瞬間に、あおいが勢いよく抱きしめてきて、頭を俺の胸に埋めてきた。そのことで、あおいの温もりや柔らかさ、汗の混じった甘い匂いがはっきり感じられて。爽やかな空気のおかげで収まり始めた熱が再び強くなっていく。

 あおいは俺の胸から顔を離すと、笑顔で俺を見上げてくる。俺の前に走ったからだろうか。頬を中心に顔が結構赤くなっていて。


「涼我君! 逆転して1位でゴールできましたね! 凄いです!」

「ありがとう。でも、あおいが青チームとの差を開かせずに、頑張って走ってくれたおかげだよ。それに、俺が走っているときも、あおい達が応援してくれたから」


 左手であおいの頭を優しく撫でる。サラサラとした髪越しでも、彼女の熱ははっきりと伝わってきた。


「そう言ってくれて嬉しいです。あと、アンカーで走る涼我君はとてもかっこよくて素敵でした! 特に青チームの男子を抜いたときとゴールしたときは! 涼我君、最高ですっ!」


 元気良くそう言ってくれると、あおいは俺を見つめながらニッコリと笑ってくれて。そんなあおいが凄く可愛くて。大人っぽさも感じて。ドキッとしてしまう。この胸の高鳴りがあおいに伝わってしまっているかもしれない。ただ、今はそれでも良かった。


「麻丘、桐山、やったな!」


 道本や混合リレーに出場した生徒達などが俺達のところにやってきて、みんなと喜びのハイタッチをする。買って嬉しいのか、みんなハイタッチの力が強い。

 緑チームのレジャーシートの方を見ると、緑チームの多くの生徒がこちらに向かって拍手を送っている。


「リョウ君もあおいちゃんもおめでとう! リョウ君凄くかっこよかったよ!」

「2人ともよくやったわね! お疲れ様!」

「混合リレー1位凄いぜ!」

「涼我君もあおいちゃんも立派な走りだったよ!」


 愛実、海老名さん、鈴木、佐藤先生が俺とあおいに向けて称賛や労いの言葉を掛けてくれる。

 みんな喜んでいるけど、愛実は特に喜んでいて。愛実の笑顔を見ていると物凄く嬉しくなって。そんな想いを胸に、彼らに向けて俺達は大きく手を振った。

 そういえば、中学時代の体育祭や陸上の大会でも、リレーを走って、勝って。そのことにたくさんの人達が喜んでくれたっけ。高校2年生の今になって、あおいとも一緒に体験できたことがとても嬉しい。


『これで全ての種目が終わりました! 今年の体育祭。優勝は……緑チームです!』


 放送委員の女子生徒によって優勝チーム決定のアナウンスがされ、緑チームの生徒達の歓喜の声がより大きくなり、拍手の音が響き渡るのであった。

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