第4話『10年ぶりにやってきた。』

 本を本棚に入れる作業が終わった後は少し長めの休憩を。引っ越しの手伝いをした後なのもあり、桐山家のみなさんが差し入れてくれた麦茶といちごマシュマロがとても美味しい。引っ越し作業の休憩用に元々買っていたとのこと。

 休憩後、俺は2つの窓にカーテンを取り付ける作業、愛実はテレビ台の収納スペースにDVDやBlu-rayを入れる作業をする。カーテンの取り付けは普段やらないし、あおいと愛実と3人で好きなアニメや漫画の話をしていたので、楽しく作業することができた。

 また、麻美さんと聡さんからの頼みで、俺は別の部屋の時計やカーテンの取り付け作業を手伝った。お二人の役に立てたのはもちろんのこと、「頼りになるね」と言ってくれたことがとても嬉しかった。

 麻美さんと聡さんのお手伝いが全て終わったときには、外もだいぶ暗くなってきていた。


「これで、この部屋のカーテンも取り付けられましたね」

「ありがとう、涼我君。助かったわ」

「いえいえ。お力になれて嬉しいです」

「ふふっ。昔の涼我君を知っているから、10年経って凄く頼もしくなったなって思うわ」

「そうですか。ありがとうございます。これからも、何かあったときには言ってください」

「ありがとう。……ところで、さっき智子さんから電話があって。今日の夕食は涼我君のお家で出前のお寿司を食べることになったわ。うちの歓迎会をしてくれるみたいで。うちと涼我君のご家族、愛実ちゃんのご家族が集まって」

「そうなんですね。分かりました」


 桐山家と10年ぶりに再会できたこと。うちと繋がりの深い香川家との顔合わせ。桐山家のみなさんは京都からの移動や引っ越しの作業で疲れが溜まっている可能性が高いこと。そういった理由から、うちでお寿司を食べることになったのだろう。歓迎会という名目なら、桐山家のみなさんにあまり気を遣わせずに済みそうだし。

 あと、お寿司は大好きだから嬉しいなぁ。昼過ぎから桐山家の引っ越し作業を手伝っていたから結構お腹が空いている。昼食以降に食べたのはマシュマロだけだし。


「あおいと愛実には伝えてあるからね」

「分かりました。じゃあ、俺は2人のところに戻ります」

「うん」


 俺は麻美さんに軽く頭を下げ、あおいの部屋に向かう。その中でスマホを見ると、母さんから、夕飯はみんなでお寿司を食べる旨のメッセージが送られていた。俺は了解の返信をした。

 あおいと愛実は今、何をやっているだろう。あおいの部屋のカーテンの取り付けが終わったときには、作業もだいぶ進んでいたけど。麻美さんと聡さんの手伝いをしてからも結構な時間が経っているし。部屋でのんびり談笑しているかもしれないな。

 2階に上がり、あおいの部屋の前まで行くと……中から2人の楽しそうな声が聞こえてくる。2人が仲良くなってくれて嬉しいな。あと、「きゃあっ」って黄色い声も聞こえるけど。


「ただいま」


 あおいの部屋に入ると、あおいと愛実は隣に寄り添いながら座り、あおいの持つ本を一緒に読んでいた。大きさや厚さからして……あれは同人誌かな。表紙には『名探偵クリス』に出てくる男キャラが2人描かれている。ということは、クリスの二次創作か。


「おかえり、リョウ君」

「おかえりなさい、涼我君。お疲れ様でした」

「ありがとう。ところで、あおいが持っているのは……クリスの同人誌か?」

「はいっ! クリスのBL同人誌ですっ!」


 とっても元気良く返事するあおい。


「あおいちゃんが持ってきた荷物の中に、同人誌が入っているケースがあってね。あおいちゃんの部屋の引っ越し作業が一通り終わったから、一緒に読んでいたの」

「そうだったんだな。……あと、あおいって同人誌を買うんだ」

「はいっ。作品やキャラクターのカップリング、制作する方にもよりますが。京都にも同人ショップがありましたし。京都や大阪で即売会が開かれたときには会場まで買いに行ったこともあります」

「そうなんだ」


 同人ショップだけじゃなくて、会場に買いに行ったこともあるのか。2人の近くには……同人誌がぎっしり入っている大きめのケースがある。あおい、結構なオタクライフを送ってきたようだ。


「調津にも同人ショップや、同人誌も取り扱っているアニメショップがあるよ。だから、これからも同人誌を楽しめると思う」

「それは嬉しいですね! 私、性別問わず恋愛系の内容の漫画は好きですが、特にBLが大好きで。愛実ちゃんもBLが好きとのことですから、クリスの同人誌を一緒に読んでいたんです」

「なるほどな」


 だから、楽しそうな声が部屋の中から聞こえてきたのか。愛実の部屋にもBL漫画や小説、二次創作の同人誌もある。だから、2人の好みが合ったのだろう。

 あおいが持っている同人誌を覗いてみると……表紙に描かれているキャラクターがキスしていた。きっと、このシーンを読んだから、2人は黄色い声を出していたんだな。


「涼我君はBL作品って読みますか?」

「俺は読まないなぁ。スポーツものとかファンタジーものを読んでいたら、BL要素がちょっと出てくる作品はあるけど。だからって、読むのを止めることはしないさ」

「そうなんですね」


 そう言うと、あおいはほっとした様子に。BLそのものや自分がBLを読むのが嫌だって言われると思ったのかな。BLは女性ファンの多いジャンルだし。

 あおいや愛実がどんな内容の作品が好きでも、俺はそのことを嫌に感じることはない。無理に押しつけたりしなければ。


「涼我君と愛実ちゃんが手伝ってくれたおかげで、今日のうちに一通りの引っ越し作業が終わりました。本当にありがとうございました!」


 元気よくそうお礼を言うと、あおいは愛実と俺に向かって深く頭を下げた。


「あおいの力になれて良かったよ」

「そうだね、リョウ君。今は春休みだけど、早く終わることに越したことはないからね」

「そう言ってもらえて嬉しいです」


 あおいはニコッと明るく笑う。


「……この後、みんなで夕飯を食べるし、もう俺の家に行くか?」

「それがいいね」

「行きましょうか。あと、夕食の前に、涼我君の部屋を久しぶりに見てみたいです」

「分かった。じゃあ、みんなで俺の家に行くか」


 俺達は1階のリビングにいる麻美さんと聡さんに一声かけて、あおいの家を後にする。

 外に出ると、さっきよりも空がさらに暗くなっている。スマホで時刻を確認すると……もう午後6時過ぎか。あおいの家の引っ越し作業を手伝ったから、あっという間に時間が過ぎていったんだな。

 俺はあおいと愛実と一緒に自宅に帰る。

 家の中に入ると、あおいは笑顔で「懐かしい」と呟く。あおいがいた頃から、俺の家は全然変わっていないからな。


「ここが俺の部屋だよ」


 あおいと愛実を自分の部屋に招き入れる。

 愛実はこの10年間で数え切れないほどに来ているけど、あおいは10年ぶり。あおいが今の俺の部屋を見てどう思うか緊張する。引っ越すまでの間に何度も来たことがあるけど。


「うわあっ……」


 あおいは可愛らしい声を漏らして、部屋の中を見渡している。そんな彼女の目は輝いているように見えた。


「昔と変わらず、素敵なお部屋ですね!」

「……そうか」


 あおいは明るい笑顔でそう言ってくれる。そのことにほっと胸を撫で下ろす。

 あと、あおいの横で、愛実が微笑みながらうんうんと頷いている。あおいの言葉に同意してくれているのかな。もしそうだとしたら嬉しい。


「ベッドやテレビ台、タンスが変わったり、本棚があったりと10年前とは違う部分は結構ありますけど、懐かしさも感じられますね。部屋自体は同じだからでしょうか」

「そうかもしれないな。あと、この緑色のカーテンとか、小学校の入学前に買ってもらった勉強机は昔からあるし」

「確かに、カーテンや勉強机は昔から変わっていないね」

「……この勉強机は覚えています。小さかったので、とても立派だと思った記憶がありますね」

「そうか」


 俺自身も、小学生の頃は勉強机が大きく感じたな。高校生になった今だとちょうどよく感じられるけど。

 それにしても、あおいが俺の部屋にいるなんて。何だか不思議な気分だ。あおいが引っ越した2ヶ月後に引っ越してきた愛実も一緒だし。


「涼我君と一緒にいたのは1年ほどでしたけど、ここでたくさん遊びましたよね」

「ああ。アニメ観たり、ゲームしたり、絵本を読んだりしたな」

「色々しましたね。幼稚園の頃ですから、ベッドでお昼寝したこともありましたね。……涼我君の部屋に来たら、ここで遊びたい気分になってきました。今日はもう遅いですから、明日にでも。用事がありますから、お昼過ぎからになってしまいますが。もちろん、愛実ちゃんと3人で」


 あおいはそう言うと、俺と愛実に向かってニッコリ笑いかける。

 10年ぶりのあおいからの遊びの誘い。また、こうして誘われることなんてないと思っていたから、自然と胸が躍る。


「明日は予定ないから、俺は大丈夫だよ」

「私も大丈夫だよ」

「良かったですっ。では、明日遊びましょう」


 弾んだ声であおいはそう言った。

 ――明日遊ぼう。

 遊びの約束は、愛実中心に友達と数え切れないほどにしてきた。普段は何気なくしているこの行為は、互いに会おうと思えばいつでも会える環境や関係性だからこそできることなんだ。あおいとの今のやり取りで、それに気付くことができた。これからはまた、今のようにあおいと「明日遊ぼう」とか「また遊ぼう」って言えるんだな。


「涼我。この部屋にあるローテーブルとクッションをリビングに運んでくれる? 9人で食べるから、テーブルのスペースとクッションの数が足りなくて。納戸に折りたたみ式のローテーブルがあるけど、こっちの方が大きくていいから」

「ああ、分かった。母さん」


 今日の午後はあおいの家で引っ越し作業を手伝っていたから、テーブルとクッションを運ぶことなんて朝飯前だ。……いや、もうすぐ夕食時だから夕食前かな。

 俺がローテーブル、あおいと愛実がクッションをそれぞれリビングに運ぶ。そのことで、リビングには9人一緒に食事ができる空間が完成した。


「ただいま。愛実ちゃんの親御さんも一緒だよ」


 歓迎会会場のセッティングが終わった直後、玄関から父さんのそんな声が聞こえた。

 リビングを出て玄関に向かうと、そこにはスーツ姿の父さんが。父さんの後ろには愛実の母親の真衣まいさんと父親の宏明ひろあきさんが立っている。


「あおいちゃん、久しぶり。大きくなったね」


 父さんはいつもの穏やかな笑みを浮かべながらそう言う。


「お久しぶりです、竜也さん。あおいです。お隣に引っ越してきて、4月からは涼我君と愛実ちゃんと同じ調津高校に通います。またよろしくお願いします」

「こちらこそよろしく」


 あおいと父さんはそう挨拶をして、互いに頭を深めに下げた。


「あおいちゃん。竜也さんの後ろにいるのが私のお母さんとお父さんだよ」

「そうなんですね。初めまして、桐山あおいといいます。京都から引っ越してきました。11年前から1年間調津に住んでいて、涼我君とよく遊んでいました。よろしくお願いします」

「初めまして。愛実の父の宏明です。よろしくね」

「母の真衣です。よろしくね」

「よろしくお願いします。……愛実ちゃんの御両親だけあって、お二人とも優しそうな方ですね。特に真衣さんは愛実ちゃんにそっくりといいますか。愛実ちゃんが大人になったらこのような感じになられそうだと思うほどです。とても可愛いです!」

「ふふっ、現役女子高生から可愛いって言われて嬉しいわ」


 その言葉が真実であると示すかのように、真衣さんはとても嬉しそうな笑顔を浮かべている。

 あおいの言う通り、真衣さんは愛実と見た目の雰囲気がよく似ている。母というよりは少し年の離れた姉と言った方が通じやすいと思うほどだ。それに、真衣さん……隣に引っ越してきた10年前から見た目が全然変わらず若々しい。


「愛実の言う通り、あおいちゃんはとても綺麗な子ね」

「綺麗だよね、お母さん。明るくて、話しやすくて。漫画とかの趣味も合って。とてもいい子だよ」

「そうなの。良かったね、愛実」


 優しい声に乗せられた真衣さんのその言葉に、愛実は可愛らしい笑顔を浮かべてしっかり頷いた。 

 引っ越しの手伝いをしているとき、2人は楽しそうにたくさん喋っていたし、きっと2人の友人関係は長く続いていくだろう。

 それから10分ほどして出前寿司が無事に届いた。

 麻美さんと聡さんを呼んで、うちのリビングで桐山家の歓迎会がスタートした。

 ちなみに、席順は俺から時計回りに愛実、真衣さん、宏明さん、父さん、母さん、聡さん、麻美さん、あおいだ。俺の右斜め前にあおい、左斜め前に愛実がいる形になっている。

 まさか、家に自分の家族と桐山家、香川家のみなさんが揃う日が来るとは。何だか感慨深い気持ちになる。

 さてと。どのお寿司から食べようかなぁ。マグロの赤身やいくら、穴子など定番のネタが多い。好きなネタが多いので迷うけど……一番好きな赤身を寿司桶から取る。シャリに醤油を少し付けて、口に入れる。


「うん、美味しい」


 酸味のあるあっさりとした味わいがいいなぁ。わさびもそれなりに利いているし。


「……そういえば、あおい。わさびは大丈夫になったか? 昔、回転寿司を食べに行ったとき、わさびが付いた玉子のお寿司を食べて泣いていたから」

「そんなこともありましたね。そのときは涼我君に食べてもらいましたよね。昔は苦手でしたけど、今は普通に食べられますよ」


 微笑みながらそう言うと、あおいは玉子のお寿司を食べる。美味しいのか、可愛い笑顔を見せてくれる。この様子からして、わさびが大丈夫になったのは本当のようだ。


「私もわさび付きのお寿司を食べてもらったことあるよ。リョウ君、小さい頃からわさびは平気だったよね」

「辛さのキツいわさびじゃなければ、小さい頃から食べられたな」

「リョウ君は好き嫌いが全然ないもんね。小学校の給食で、嫌いな野菜を食べてもらったこともあったっけ」

「私も……今だから話しますが、幼稚園でお昼ご飯のお弁当に入っていた嫌いな野菜を涼我君に食べてもらったことがありますね」


 そう言うあおいはちょっと緊張した様子。母親の麻美さんが隣に座っているからだろうか。

 麻美さんは「ふふっ」と声に出して笑う。


「お母さん気付いていたけどね。お弁当は全部食べることが多いのに、家で野菜を出すとあまり食べないから」

「……バ、バレていましたか」

「当たり前でしょ」


 即答する麻美さんにあおいは苦笑い。幼稚園に通う子供のやることだからなぁ。親なら普通に気付くか。また、あおいと麻美さんのやり取りに、愛実と真衣さんは楽しそうに笑っていた。

 あおいと愛実には「俺の幼馴染」という共通点がある。だから、俺絡みの思い出話に花を咲かせながらお寿司を楽しんでいく。その中で、これからまた、あおいと楽しい日々を過ごしていき、思い出をたくさん作っていきたいと思った。もちろん、あおいと愛実と3人でも一緒に楽しく過ごして、思い出を作っていきたいな。

 俺達3人はもちろんのこと、親同士も楽しそうな雰囲気で話していて。とても穏やかな歓迎会になったのであった。

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