第3話『お手伝い-後編-』

 テレビの配線作業が無事に終わったので、今度は時計の取り付け作業をすることに。あおいの指示で、タンス近くの高いところに時計を取り付けることになった。


「これを壁に取り付けて、時計を引っかけてください」


 あおいから、時計を引っかけるためのフックを受け取る。こういう便利アイテムがあるのか。俺の家にかかっている時計は全て、壁に打ち付けた釘に引っかけているから。

 部屋のどこにいても見えるように、少しでも高いところに時計を取り付けた方がいいだろう。背伸びして、時計を持つ両腕を伸ばす。


「あおい。この辺にフックを取り付ければいいか?」

「……いいですね。そのあたりの高さで取り付けてください。あと、さすがは涼我君ですね! 脚立に乗らずに、そこまで高い場所に取り付けられるなんて」

「そう言ってくれて嬉しいよ」

「リョウ君は背が高いから、私も高いところのことで何度も助けてもらっているの」

「そうなんですね! 今後も涼我君にお願いしましょうかね」

「俺で良ければいつでも言ってくれ」


 背が特に伸びるようになった中学生以降は、家の高いところの作業は俺がメインでやっているからな。きっと、大抵のことならできるだろう。


「じゃあ、さっきの場所に時計を取り付けるよ」

「はい、お願いします」


 まずは、あおいからさっき受け取ったフックを壁に取り付ける。……おっ、簡単に付く。釘だとトンカチを使わないといけないから、このフックはとても楽だ。覚えておこう。

 タンスの上に置いておいた時計を手に取り、壁に取り付けたフックに引っかける。……特に時計が落ちそうな様子はないな。


「こんな感じかな。あおい、どうだ?」

「いいですね! ありがとうございます!」

「どういたしまして」


 時計の取り付けも無事にできて良かった。

 今後、しばらくの間はこの部屋にあるテレビや時計を見たら、今日のことを思い出しそうだ。


「これで、あおいに頼まれたことは終わったな。他に何かしてほしいことはあるか?」

「そうですね……では、愛実ちゃんと一緒に本棚に本を入れてもらえますか? 量が結構ありますから。引っ越し前の本棚の写真を涼我君のLIMEにも送りますね」

「分かった」


 そう言って、愛実のいる本棚の方へ向かい始めたときだった。


「おっ!」

 ――ドンッ!


 何かを踏んでしまって右脚が滑り、その場で尻餅をついてしまう。そのことで尻を強打してしまった。その衝撃が尻から全身へ強く響き渡り、尻が痛み始める。


「痛ててっ……」

「大丈夫ですか、涼我君!」

「結構な音がしたよ! お尻はもちろんだけど、脚も大丈夫?」


 あおいと愛実は心配そうな様子で俺のところにやってくる。

 愛実は特に心配そうにしていて、俺の右脚と左脚を交互に優しくさすっている。打ったのはお尻なんだし、脚は大丈夫だって。あのことがあったから両脚が心配になんだろうけど、もう3年近く経つんだし。

 右足を滑らせたことで腰を強打してしまった。なので、そちらを見てみると……そこには白いブラウスがあった。これに足を取られてしまったんだな。


「尻餅をついたからお尻がちょっと痛いけど、それ以外は大丈夫だ。それよりも、俺の足元にあるその白いブラウスは大丈夫か? 破れたりしていないか?」

「特に破れたりはしていませんね。ごめんなさい、涼我君。段ボールから服を何枚か取り出して床に置いていたので」


 とても申し訳なさそうな様子で、あおいは俺に謝ってくる。


「気にするな。俺だって足元を確認しなかったんだから」

「……そうですか。あと、涼我君が大丈夫で安心しました」

「私も安心したよ。良かった……」


 あおいも愛実もほっと胸を撫で下ろしている。


「2人とも、心配してくれてありがとう」


 俺は右手であおい、左手で愛実の頭をそれぞれ優しく撫でる。そのことで、2人の顔には微笑みが浮かぶ。あと、2人とも髪がサラサラで、撫でていると気持ちいいな。


「ねえ、何があったの? ドンって大きな音がしたけど」


 麻美さんが部屋の中に入ってきて、心配そうな様子で問いかけてくる。尻餅のついた音が麻美さんのいるところまで響いたんだな。


「俺が足を滑らせて、尻餅をついてしまったんです」

「そうだったのね。ケガはない?」

「お尻が少し痛むだけで、特にケガはないです」

「それなら良かったわ」


 そう言うと、麻美さんは優しい笑みを浮かべて俺の頭をポンポンと叩いてくれる。その姿は10年前と変わらず、懐かしい気持ちにさせてくれた。

 音の原因と俺の無事が確認できたからか、麻美さんはすぐに部屋を立ち去った。


「お尻の痛みも引いてきたから、愛実の作業を手伝うよ」

「ありがとう、リョウ君。……はい」


 愛実は俺に右手を差し出してくれる。そんな彼女の顔には持ち前の優しい笑顔が浮かんでいて。そのことに癒されつつ彼女の手を掴み、ゆっくりと立ち上がった。手を掴んだときに感じた愛実の温もりはとても優しく感じられた。

 それからは、俺は愛実の本棚作業の手伝いをする。あおいから送られた写真を見て、段ボールに詰められている本を愛実と一緒に入れていく。俺の部屋の本棚にもある本はもちろんのこと、愛実の部屋の本棚にある本も結構あるな。


「この段ボールはこれで終わりか。次は……この段ボールの本を入れるか」

「そうだね。リョウ君」


 ガムテープを剥がして段ボールを開けると、中には『名探偵クリス』という推理漫画が入っている。何冊か段ボールから本を取り出してみても……クリスの漫画だけか。


「この段ボールにはクリスの漫画だけが入っているみたいだね」

「クリスは100巻まで発売されているからなぁ」


 『名探偵クリス』は30年近く前から連載されている国民的人気を誇る推理漫画だ。見た目は子供、頭脳は大人なクリス君が悪の組織を追いつつ、日々起きる難事件を解決していくストーリー。アニメも25年以上放送されているので、俺や愛実はもちろん、それぞれの両親も好きな作品である。


「第1巻から最新の第100巻まで持っていますから、段ボールも2箱分あったと思います」

「2箱分は凄いね」

「そうだな、愛実。そういえば、昔、あおいが調津に住んでいた頃もクリスのアニメは観ていたっけ」

「一緒に観ましたね。両親が録画してくれたものや、レンタルショップで借りてきたDVDで」


 桐山家のみなさんもクリスが好きだったな。特に麻美さんは俺達と一緒にアニメを楽しんでいた記憶がある。


「漫画の方は小学生になってから買い始めましたね。ただ、当時から巻数はかなり多かったので、ある程度の巻までは中古で買いましたね」

「小学生の財力だとなぁ」

「もらえるお小遣いもそんなに多くないもんね。それに、他に買いたいものだってあるだろうし」

「ですね。両親もクリスが好きですから、おねだりして買ってもらったこともありました」

「そうなんだ。クリスじゃないけど、私もおねだりして漫画を買ってもらったことあるよ。あと、クリスは何度もリョウ君から借りて読んだな」

「俺の両親もクリスが好きで、漫画も第1巻から揃っていたからな」

「そうだったんですね。さすがはお隣同士の幼馴染です」


 あおいは上品な笑みを浮かべながらそう言う。

 クリスの漫画だけでなく、愛実とはこの10年間でたくさん本の貸し借りをしてきた。それを気軽にできるのは、隣同士に住んでいる幼馴染同士だからかもしれない。


「あと、一度だけですけど、11年前に公開された劇場版を観に行きましたよね」

「行ったな。お互いの家族全員で駅近くの映画館に」


 クリスは毎年4月に劇場アニメの新作が公開される。テレビアニメとは一線を画すスケールの大きさや人気キャラクターが活躍するストーリーが好評で、年々人気が拡大し続けている。


「覚えていてくれて嬉しいです。クリスの劇場版はとても面白いですから、引っ越した後も家族や友達と毎年観に行っていました!」

「俺も観に行ったよ。あおいが引っ越した直後に公開されたやつは家族で観に行ったけど、その翌年からは愛実と一緒に観に行っているんだ」

「そうだね。毎年、ゴールデンウィークまでには観に行っているの。私達の春の風物詩になっているんだよ」

「そうなんですね!」


 確かに、愛実と一緒に映画館でクリスの最新作を観ると、新年度を迎えて春も本番になったのだと実感する。愛実が春の風物詩だと言うのも納得だ。


「今年も4月の半ばに新作が公開されますよね。もしよければ、今年の劇場版は3人で一緒に観に行きませんか?」

「もちろんいいよ。リョウ君はどう?」

「俺も賛成だ。じゃあ、今年もゴールデンウィークまでに、クリスの劇場版を一緒に観に行こう」

「はいっ!」

「うんっ!」


 あおいも愛実もとても楽しそうに返事してくれた。あおいのおかげで、今年のクリスはいつも以上に観に行くのが楽しみになった。公開が待ち遠しい。

 段ボールを開けて、漫画の表紙を見ただけでこんなにも話が広がるとは。3人とも好きな作品だからなのもあるだろうけど、クリスが長い間人気が続いている作品だからなのも一因だろう。

 それからも、本棚や段ボールにある本の話をしながら、愛実と一緒に本棚に本を入れる作業をするのであった。

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