第344話 印象的な記憶をたどって(ベアトリス視点)
エリンによる調査が終わり、私達は仮面に隠された衝撃的な事実を知った。
「……エドモンド殿下」
対峙した時の違和感は間違っておらず、彼はオルディオ殿下と名乗る彼はイノさんですらなかった。
だからといってイノさんが用済みとして消されていることもなく、エリンによって彼らしき人が確認されている。
この事実を知ってからも、数日間エリンは調査をし続けてくれていた。
隔離された部屋には、変わらずに私とモルトン卿が二人静かに状況整理を行っていた。
「ベアトリス様。この状況、どう見ますか」
「色々整理したいけど……私にはエドモンド殿下があまり王位を継ぎたいと思っているように感じなかったの」
「それは……」
仮面の下に隠された事実から、エドモンド殿下がオルディオ殿下の座を奪う形になっていることは明らかだった。
「……凄く、印象的に覚えている場面があって」
「印象的に、ですか」
「えぇ」
それはリリアンヌの婚約披露の場での出来事。
現セシティスタ国王陛下の口から次期国王はリカルドであると指名された時、エドモンド殿下はこの世の終わりを感じるような顔をされていた。
そこには絶望や苦しさなどの暗くて辛いものが多く含まれていたが、その上にしっかりと“諦めた”様子があったのだ。
「王位継承権を剥奪され、ただの王子となったエドモンド殿下だけれど……私はあの時の陛下のお言葉が周囲の人間が思う以上に殿下に突き刺さっているように思えるの」
「陛下のお言葉が……」
シグノアス公爵が何を企もうとも、変えようとも、エドモンド殿下と国王陛下は親子なのだ。
響く言葉の重みが根本的に違うと思う。
引き際をわきまえよ。
この一言で、エドモンド殿下は反論することを止めた。これは、陛下の気持ちが届いたように見えた。
「国王陛下に……父に、国王としての資質がないと言い渡されたエドモンド殿下が、まだ王位を精力的に狙っていると考えにくいわ」
「それでは……これはエドモンド殿下の意思ではない、と」
「彼らにとって伯父にあたるシグノアス公爵がどのような存在かわからないけれど、何か弱みを握られている可能性まで私は追っているわ」
自主的に仮面を装着した説よりも、公爵に脅されている方が納得できるのだ。
「……その内容まではわからないけど」
私とオルディオ殿下という名前が婚約成立をした数日前、仮面を被ったエドモンド殿下からは喜ぶ様子はまるで見えなかった。
むしろどこか不安げな様子さえ見えたのだ。
(何を考えているかはわからないけれど、少なくともシグノアス公爵側に完全についている様子ではなかった)
一つ一つ欠片を集めるように整理をするものの、足りないものが多すぎて答えがわからなかった。
モルトン卿と二人頭を悩ませていれば、部屋の扉を叩く音がした。
「「!!」」
今はエリンがいない。
それを指摘するような人物の来訪だけは避けたかった。ただ、声が聞こえない様子から仮面を被った者だということが察せられた。
モルトン卿に頷いて扉を開けるよう合図を出せば、素早く動いてくれた。
予想通り、扉の外にはオルディオ殿下を装った誰かがいた。
そしてモルトン卿に紙が渡される。それをそのまま私まで持ってきてくれた。
(……二人で話したい。護衛もつけて構わない、ね)
じっと仮面を見つめれば、微動だにしないものの何か切実な思いを感じ取った。モルトン卿に護衛をお願いすると、私は仮面を被る王子の手を取るのだった。
しばらく歩いて、先日と同じ温室へと到着した。
(……なるほどね)
既にスイーツが用意されており、以前と全く同じ状態で着席をした。
「……」
「……」
今日は一体どのような会話を取ってくるのかを観察するために待ってみたが、動く気配がなかった。ひとしきり仮面の王子を見たところで、私は無感情に微笑んだ。
「今日もまた、違うのですね」
「…………」
隣に立ったからこそわかる。
今目の前にいる男性は、イノさんの方だ。
それをそっと伝えれば、イノさんは一瞬だけピタリと動きを止めた。ご丁寧に紙とペンが用意されていた為、筆談する気だったのたと思う。
ただ、正体を見抜かれたと気が付いたイノさんは、ペンに手を伸ばすことはなかった。
「…………どこまで、おわかりなのですか」
「全貌がわからないので、表現できません」
「……」
どこまでと聞かれて答えられるのは、全体像を知る時のみだ。私からすれば、自分の手持ちにある情報は少ないと思っている。
(オル様を疑うわけではないけれど、目の前の男性……イノさんが信用できるわけではないわ)
警戒心を解かずに冷静に答えれば、イノさんは考え込んでしまった。
「…………ベアトリス様」
「はい」
「私の言葉など、意味がないとわかった上で一つお聞きいただきたいのです」
「……何でしょうか」
「私の主君は一人のみ。……これは、何があっても揺るぎません」
「……その主君は、ここにいるのですか?」
イノさんが、誰についている人間なのか知る必要があった。
この疑問の答えは、首を振られたことで得ることができるのだった。
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