第335話 悪意の対処法

昨日は更新できずに大変申し訳ございませんでした。

▽▼▽▼



 レイノルト様は心を読みながら見守っており、少しずつ情報を共有してくれた。


「たかが弱小公爵家の当主が、と文句を垂れ流していますね」

「それを言うなら貴方はただの騎士でしょう。ですが、あの方を騎士と言うのは個人的に嫌です。世の中には素晴らしい騎士がたくさんいますので」


 そう鋭い視線を送る中、頭の中に浮かんだのは、モルトン卿やオルディオ殿下のような騎士として誇るべき方々だった。


「全くその通りですね。百歩譲ってシグノアス公爵が言うのならまだしも、彼は一介の騎士ですからね」

「本当ですよ」

「あぁ、身の程をわきまえろと」

「何度も言いますが、貴方が! です」


 兄であるカルセインが馬鹿にされているのが、非常に不快だった。


「……ですが、心の中で何を思うかは自由なので。さすが問い詰めたりはしませんが、こっそり文句くらいは言います」

「ふふっ。レティシアは優しいですね。言いがかりをつけることも可能なのに」

「言いがかり、ですか?」


 キョトンとしながら聞き返せば、レイノルト様はふわりと微笑んだ。

 心をずっと覗いてきたレイノルト様からすれば、何かやり方があるのだろうかと疑問に思った。


「特にああいう追い詰められている場面では、自分が何を言ったかとわからなくなる状況」なので、心の中も要素としてとる場合があるんですよ。もちろん証拠のような決定的なことは除きますが」

「なるほど。とても有効な手段ですね」


 ぐっと親指を立てて、レイノルト様の方を見て頷いた。

 悪者は徹底的に潰す、と考えるのなら自分が持てる武器はとことん使うべきだろう。


「……レイノルト様。今度私も相手を追い詰める時に助けていただけませんか」

「ははっ。いいですよ、もちろん。レティシアのためなら」

(やった!)


 純粋に、嘘と本当の発言を織り交ぜながら上手く追い詰められたらカッコいいと思ってしまった。そんな馬鹿なことを少し考えながら、再びカルセインに視点を戻した。


「それにしても、本当に堪忍袋の緒が切れたみたいですね」

「お兄様、ですか?」

「はい。……凄い、各種の法律を並べているみたいです」


 カルセインは所謂理詰めをしているようで、遠目から見た雰囲気でも自称門番達はうろたえているのがわかった。


「何を言っているのかは聞こえないのですが、カルセイン殿は到底彼らを許す気はないようです」

「私も同じ思いです」


 うろたえた結果、門番達は逃げ帰るように去っていった。へっぴり腰で去る姿を見る限り、カルセインが圧勝したことは明らかだった。


「さすが、エルノーチェ公爵家の当主ですね。代理ではありますが、素晴らしい手腕かと」

「……自慢の兄です」


 自然と笑みを浮かべる中、カルセインが颯爽と屋敷の方へと戻って来た。


「お疲れ様です、カルセイン殿」

「お疲れ様です、お兄様」

「ありがとうございます」


 宣言通り彼らを追い払うことができたカルセインだったが、どこか表情がすっきりはしていなかった。どこか雰囲気でまだ不満が発散され切れていないようだった。


 その様子を察したからか、少しだけ沈黙が流れる。その静寂を断ち切るように、私はカルセインに向けてぐっと片手で拳を胸の前に掲げた。


「……お兄様。やるなら徹底的に。ですよ」

「!」

「そうですね、徹底的にやるべきですね。……例えば彼らの素性を調べるのも手ですよね。第二王子から指示されたという流れはあるものの、実際に指示を出したのはシグノアス公爵でしょう。となれば、彼らが個々に詰められた時に恐らくですがシグノアス公爵はかばわないと思います」

「…………」


 レイノルト様の的確な助言に、カルセインの表情はみるみる明るくなっていった。


「全く持ってその通りですね。一人で留守番をしているのも時間がありますから、そうさせていただきます。ありがとうございます、レイノルト様。レティシア」


 ようやくふわりと笑みを浮かべたことで、私もどこか安堵した。


「それにしてもカッコよかったですよ、お兄様」

「この距離じゃ何も聞こえなかっただろう」

「確かに聞こえませんが、雰囲気は見てわかります。圧倒的にお兄様が押している形でしたから」

「……それならよかった」


 カルセインはもやもやも拭えたところで、急いで取り戻した手紙を読み込んだ。


「キャサリンが脱走したのは、確かにレティシアとレイノルト様がセシティスタ王国に来る前のようです。ただ、脱走した理由になりますが、キャサリンがある記事を目にしたのだとか」

「ある記事?」

「あぁ。……俺はわからないんだが、どうやらレティシアとレイノルト様の取材記事をよんだらしい。帝国新聞の記事の」

「……思い当たるものはあります」


 キャサリンが修道女として過ごしていた修道院の責任者の話では、キャサリンはその記事を見るなり何か憎悪的な雰囲気をまとったようだ。


「……そういえばキャサリンは婚約の話を知らないまま修道院に行ったんだったな。となれば、その記事で初めてレティシアの婚約話を知り、嫉妬と憎しみで復讐しに来た、というところか。復讐という言葉もおかしいとは思うが」

「……だとすれば、全く反省していないですね」


 はっと呆れるように笑いをこぼせば、ますますキャサリンがシグノアス公爵邸にいる経緯が気になるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る