第334話 解雇通知を携えて
ベアトリスの元にキャサリンがいるかもしれない事実は、私達全員に衝撃を与えた。落ち着かない気持ちで時間を過ごしていれば、一台の馬車が公爵家に入ってくるのだった。
馬車から降りてきたのはベアトリスではなく、カルセイン曰く昨日もエルノーチェ家を訪れたシグノアス公爵家の使者なのだとか。
今回は私達の返事を要するものではないため、使者は手紙をカルセインに渡すととんぼ返りのように帰っていった。
三人で応接室に戻ると、カルセインが急いで手紙を読見上げ始めた。
「カルセイン・エルノーチェ公爵子息殿。本日を持ってベアトリス・エルノーチェとオルディオ・セシティスタ第二王子の婚約が成立したため、ここにご報告させていただきます。つきましては、しばらくの間ベアトリス様にはシグノアス公爵邸に滞在していただきますので、よろしくお願いいたします……」
手紙の内容は、とても真実だとは思えないものだった。
「婚約が、成立した? そんな馬鹿な……姉様が婚約を受け入れるわけがない」
「……脅されたはずです、絶対」
「レティシア」
「私もベアトリスお姉様が婚約を受け入れたとは到底思えません。何かしらの形で脅されて、致し方なく応じたのだと思います」
「私もレティシアと同じ考えです」
動揺するカルセインを、レイノルト様と二人で落ち着かせる。
「そう、だな。すまない。ご丁寧に、婚約成立書まで送られてきたから取り乱してしまった」
「婚約成立書……」
それは各家で保管するために、二枚書かれた内の片方だった。
「筆跡は間違いなく姉様なんだ……よく仕事をしている様子を見ていたからすぐにわかった」
そう述べるカルセインに成立書を見せてもらうと、そこには丁寧な筆跡でベアトリス・エルノーチェと名前が記されていた。
「…………」
じっと成立書を見つめていれば、一つの違和感に気が付いた。
「……お兄様」
「どうしたレティシア」
「婚約を成立させるには、各家の当主及び当主代理が必要ですよね」
「そうだ。……まさか!!」
「その、まさかのようです」
そこに記されていた当主の名前には、シグノアス公爵の名前と、代理としてベアトリスの名前が記されていた。
実はベアトリスは、後々のことを考えて、形だけの代理として仕事をこなしていた。本人曰く「私はあくまでもカルセインの手伝いだから」と。
つまり、父が隠居してから公爵代理として名前が刻まれたのはベアトリスではなくカルセインなのだ。
「この婚約成立書は無効のはずです」
「あぁ、間違いない」
事実にたどり着いた瞬間、安堵するカルセインにレイノルト様が一つ提案をした。
「これは間違いなく武器になります。もし問題なければ、リカルド殿の手に渡すのも手では」
「確かに……! リカルド殿なら上手く利用してくれそうです」
対立者であり、もう一人の家族であるフェルクス大公子の名前が上がると、カルセインはそのまま動き始めるべきだと話した。
「姉様がシグノアス公爵家から出られないからこそ、我々もできることを全てするべきです。……レイノルト様。レティシアと共に、フェルクス大公家へ向かってくださいませんか」
「それはカルセイン殿が行かれた方が」
「私は当主代理ですから。今の状況で、この家を空けるのは危険かと」
「……そうですね」
こうしてベアトリスの危機と婚約成立書を、私とレイノルト様がフェルクス大公家に届けることになった。
「……ただ、前回の調査時と違って、向こうも裏口まで警戒しているかと思います」
「あぁ………………彼ら、ですか」
カルセインはそう言うと、視線を窓の外へと向けた。
「ちょうどいい機会なのでお帰りいただきましょうか」
そうにっこりと微笑むカルセインの笑みは、過去一意味深な雰囲気をまとっていた。余程処理したかったのか、そう言うなりすぐにカルセインは屋敷の外へと向かった。
◆◆◆
〈カルセイン視点〉
正直、最初から一切いい気分はしていなかった。
第二王子、ないしはシグノアス公爵に任されたからと誇らしげに門番を気取る彼らは、俺には邪魔でしかなかったのだ。
ただでさえ苛立ちが積もるばかりだったのに、そこに加えて届いた郵便物の消滅など、門番ごときがして良い所業ではなかった。その一つの過ちで、俺自身の堪忍袋の緒が切れた。
ずんずんと門番に近づけば、門番気取りの邪魔ものが我が物顔で突っ立っていた。
「おや、カルセイン様。いかがなさいましたか?」
中でも隊長が、鼻に着く声でにやにやとこちらに尋ねる。
奴らはエルノーチェ公爵家をシグノアス公爵家より下に見ているが故に、俺のことも軽視しているのは態度から明らかだった。
ただ、同じ土俵には上がらずにあくまでも穏やかな笑みを浮かべる。
「おめでとうございます。解雇通知です」
「は?」
「貴方方が護衛対象だと主張されていたベアトリス・エルノーチェに関しましては、本日よりシグノアス公爵家に無期限の長期滞在をなさるようです。婚約も成立しましたので、もう我が家の護衛をする必要はないかと」
丁寧にシグノアス公爵家から届いた手紙を隊長に見せれば、少し焦り始めていた。
「これで滞在理由がなくなりましたね。ただちに退去してください」
「カ、カルセイン様。それは――」
「正当な主張だと思いますので、これ以上居座られる場合はシグノアス公爵家に抗議させていただきますよ?」
「!!」
彼らが焦る理由はわかる。
門番、とは本当に名ばかりで、彼らの役目はエルノーチェ公爵家の人間を外に出さないことだったのだから。それにはもちろん、俺も含まれる。
「あぁ。それと勝手に受け取った手紙は全てご返却ください。とぼけられるのなら、シグノアス公爵家ではなく貴方方を対象に直接抗議しますのでそのつもりで」
「な、何を」
「証拠ならありますからね。各所に手紙を送ったかと聞けば一発ですから」
相手に反撃の余地さえ与えずに、どんどんと詰めていく。そして、変わらない笑みでとどめを刺すのだった。
「貴方方がやっていることは普通に犯罪ですから。その辺、もちろんご覚悟はありますよね?」
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