第332話 仮面王子との対面




 レイノルト様の一言は、納得させる力が強かった。


「パーティー……レイノルト様の言う通り、王城に比べれば警備が薄いですね」

「お兄様。私達がセシティスタ王国に来るまでの間に開催されたパーティーはわかりますか?」


 その問いに、カルセインはすぐに考え始めた。意外にも、返答はすぐに返ってきた。


「リカルド殿とシグノアス公爵家による対立が明確化してきたこともあって、各所でパーティーは控えられていたんだ。だから、最近目立つようなパーティーといえば」

「シグノアス公爵主催の夜会」

「それになる」


 その夜会は、私達も参加した記憶に新しいものだった。


「だとすれば、今キャサリンはシグノアス公爵邸にーー」


 そこまで言って、私は目を見開いた。


「ベアトリスお姉様!!」

「「!!」」




◆◆◆



〈ベアトリス視点〉


 

 婚約を受け入れることを示す書類への署名が終わると、シグノアス公爵は穏やかな笑みを浮かべて一言告げた。


「取引は成立ですので、ひとまず彼女の治療をしますね」

(キャサリン……)


 改めて見れば、妹であった少女は痛々しい様子だった。結局情を捨て切れなかった私は、彼女を助ける選択を取ることになったのだった。


 シグノアス公爵の指示にすぐ従って、キャサリンを引きずってきた男達は部屋を後にした。


「では、オルディオ殿下の元にご案内させていただきます」


 それを拒否して今すぐにでも帰宅したいほどの不快感だったが、元々の目標を達成するためにもぐっと堪えるのだった。


 エリンとモルトン卿は、ただ心配そうにこちらを見ていた。


 従者が私の傍を離れないのは問題ないようで、二人とともに第二王子の待つ部屋へと向かうのだった。





 用意されたのは温室のような場所で、豪華なスイーツが並べられたテーブルを前に、相変わらず仮面を被る第二王子がいた。


「ベアトリス・エルノーチェです。第二王子殿下にお目にかかります」


 そう告げて深々と頭を下げるものの、一向に言葉は返ってこなかった。不思議に思いながら顔を上げれば、そこには紙に文字を記した殿下がいた。


『今日は来てくれてありがとう。実は風邪の後遺症で喉をやってしまった。筆談になることを許して欲しい』 

「…………」


 昨日殿下は確かに謝罪をした。その際に声を聞いたことも覚えている。


(昨日の声はとても風邪でやられた声には聞こえなかったけれど)


 そう疑念を抱きながらも、今の時点では追及するのを控えた。というのも、何か表現しがたい違和感を感じていたのだ。


「かしこまりました。体調が優れないというのに、今回の場を設けていただき誠にありがとうございます」


 貴方が設けた場なのに、随分と不躾ですね。そんな思いは隠しながら、社交辞令を告げるのだった。


 エリンとモルトン卿には少し離れた場所で待機してもらうと、私は殿下の真正面に座る。


「……殿下との婚約ですが、受け入れることになりました」

「!」


 声は出せずとも、反応はできる。一瞬体がびくりと反応するのを見逃さずにいると、殿下が手を動かし始めた。


『ありがとう、というべきかわからない』

「何故ですか? 殿下が王位を望んでいるのなら喜ばしいことのはずです」


 目の前にいる第二王子ーーイノさんが、何を考えているのか。ただそれを知りたくて、丁寧に質問を続ける。


 婚約成立に対して困惑を浮かべる辺り、あまりシグノアス公爵と同じ考えを持っているようには思えなかった。


『貴女の思いがわからないから』

「…………」


 これはどう答えるべきだろうか。

 

 イノさんからすれば、自分の主である人が好いた人との婚約成立となる。それは不本意のはずだ。


 イノさんもまた、私がどこまで知っているのか探っているように思えた。


(……真実だけを言ってみよう)


 恐らくイノさんも知っているだろうから。そう思いながら、先程までの出来事を鮮明に思い出す。


「ある修道女がシグノアス公爵にご迷惑をかけたようで」


 そう告げると、再び第二王子の体はビクッと反応した。


「今回の婚約は、その修道女を巡った取引のようなものです。……私の感情が伴ったものではありません」


 俯く第二王子は、ゆっくりと手を動かした。


『貴女の妹を盾にするような取引をしてしまい申し訳ない』

「…………」


 まるで、自分はそれを望んでいなかったと言わんばかりの主張だった。


『ただ、必ず責任は取る』

「……?」


 次の言葉の意図は、私にはわからなかった。首を傾げながらも、適当な言葉を選択する。


「この婚約成立に関する責任、でしょうか」

『あぁ、婚約に関する責任だ』


 そこまで返ってきたところで、違和感の正体に気が付いた。言葉にすることはしないが、私は一言疑問を尋ねた。


「……この後、私はエルノーチェ公爵家に帰ることはできますよね?」


 ずっと感じていた嫌な予感。シグノアス公爵はこれに関しては明言しなかったのだ。


 そして、第二王子からの返答は想像とは違うものだった。


『すまない。私からは何も言えない』


 


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