第329話 招待の場へ(ベアトリス視点)




 シグノアス公爵邸に到着した。


 以前訪れた夜会の時と違って、屋敷の周りは静寂に包まれていた。

 馬車を降れば、昨日エルノーチェ公爵邸を訪問した使者が中へと案内を始めた。


 私の後ろをエリンが侍女として、ついてきてくれる。


(それにしても……驚くほど静かね)


 使用人が仕事のために行き来する様子は見られず、人の気配は薄いように感じた。


「こちらの部屋になります」

「ご案内いただき、ありがとうございます」


 そう一言お礼を言うと、部屋の中に足を踏み入れた。


「お待ちしておりました、ベアトリス嬢。どうぞ中へ」

「……失礼します」


 中で待っていたシグノアス公爵と対面するが、第二王子の姿は見当たらない。


「どうぞお座りください」

「……私はオルディオ殿下と話す場と聞いて来たのですが」

「その場で間違いありません。ただ、先に私の話を聞いていただければと思いまして」


 正直に言って、招待された内容と異なっている時点で気分はよくない。元々下がっていたシグノアス公爵に対する印象は、さらに悪化した。


(第二王子さえいないなんて……無礼にもほどがあるわ)


 同じ公爵家といえど、自分達の方が上だと認識しているからこその態度だということはすぐにわかった。


(でも……イノさんに会うためにも、今ここで帰るわけにはいかないわ)


 ぐっと堪えると、無表情で会釈をしてシグノアス公爵の正面に座った。


「本日は招待に応じていただき、誠にありがとうございます」

「いえ。お話とはなんですか」

「……もちろん。オルディオ殿下から申し込ませていただいた婚約についてです」


 長くなりそうな前振りを間接的に拒否すると、シグノアス公爵は少し間を空けて本題へと入った。


「いらしていただいた以上、婚約は前向きに検討していると思います」

「…………」


 その行動一つたけで、都合よく解釈されるのは癪に触ったものの、口出しはしなかった。


「考えさせて欲しい。その答えをいただいてから、十分時間が経ったかと思います」

「……それは私に、今ここで答えを出せと仰られてますか」

「そうしていただければ、私共としてはありがたいですね」

(傲慢な……)


 否定せずに少し上からの立場で話を進めるシグノアス公爵の態度には、苛立ちを覚える。


「ですが、まだ決断がつかないと思いしてね」

「……ではお待ちいただければと思います」

「そうしたい気持ちは山々ですが……生憎もう悠長に待つ時間もないので」


 明らかに作り笑顔を貼り付けていた様子から、どこか不穏な空気へと一変した。


「判断かつかないのであれば、判断がつくようにお手伝いさせていただきたいと思いましてね」

「そのための、第二王子と話す場ではないのですか」

「会って話しても、考えは大きくは変わらないでしょう」


 断言するような言い方をすると、シグノアス公爵は片手を挙げて合図をした。


(何の合図……?)


 すると、後ろで控えていた男性二名が後ろの扉から出ていった。


「この婚約は、あくまでもベアトリス嬢に自ら望んで受け入れたことにしなくてはならないんですよ」

「それは公爵の願望では」

「はは、今はまだそうですね」


 嫌な視線を感じると、エリンやモルトン卿も警戒を強める様子が背中からでも感じられた。


「実は先日、不躾な者が我が屋敷を訪れましてね。不法侵入だけでも気分が悪いですが、それに加えて屋敷の中で暴れまして」

「……それはお気の毒に」


 突然、シグノアス公爵邸で起こった出来事を話し始めた。その意図がわからずに冷静に流すものの、シグノアス公爵はまだ話し続けた。


「ここまで無礼な行いをされたのであれば、責任を追及しようと思いました」

「……筋の通った話しかと」

「そうですよね。正直、一介の平民が公爵邸に入るだけでも不敬なのですよ」

「平民が」

「えぇ。その上暴れましたから。その命をもって償うべきですよね」


 ゆっくりと、どこかねっとりとした話し方になるシグノアス公爵。穏やかな笑みを浮かべているように見えるが、決して心情は違うことがひしひしと感じられた。


(何故、そんな話を)


 シグノアス公爵の意図を考察しようとしたその時だった。


 先程男性二人が去っていった方の扉が開かれた。そして男性二人が、誰かを引きずって帰ってきた。


(……あの髪色は)


 引きずられた人間は、力ない様子でぐったりとしていた。


「あぁ、平民と言いましてもね。一人の修道女、なんですよ。ベアトリス嬢」

「!!」


 ガタリと音を立てて立ち上がった。

 公爵の隣まで引きずられてくると、そこで初めて顔が見える。


「キャサリン……!」


 ぼろぼろの服を着た少女は、ぐったりとして意識を失っていた。腕は痣になっている部分もあった。しかし顔に傷はついておらず、その顔立ちには酷く心当たりがあったのだ。


「ベアトリス嬢。話を少し戻すのですが一言」

「…………」


 現れるはずのないキャサリンが、ぼろぼろの状態で目の前に引きずられてきたことで、私は動揺と困惑で頭が埋めつくされてしまった。


 そこまで予想していたのか、シグノアス公爵は淡々とした声で変わらず笑みを浮かべた状態でこちらの目を捉えた。


「私と取り引きをしませんか?」


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