第301話 憧れの三姉妹
まさかそんなことを言われるとは思わなかったので、ビアンカ様を凝視してしまう。
「…………」
(でも、ビアンカ様は第二王子を支持するのでは)
これをどこまで口にしていいか悩んでいると、ビアンカ様はあくまでも穏やかな口調で続けた。
「レティシア様。私を含め、王国のご令嬢方はエルノーチェ公爵家の三姉妹を本当に尊敬しているんです。結婚の駒としか見られていなかった女性の価値を、在り方を、無意識的に、御三方は変えてくださっています」
「……私達が?」
そこまで言われて、まるでピンとこなかった。
確かに、王国ではあまり女性の活躍は多くは見られていない。皆無という訳ではないが、それでも数は極小と言える。
「ベアトリス様は公爵代理ではありますが、仕事を丁寧にこなされております。その姿に憧れを抱く者は多いのです。リリアンヌ様は、淑女のお手本のような方です。何より凄いのは、婚約者様の隣にただ立っているのではなく、言語の勉強をおろそかにせず外交の面でも役立とうと努力を続けていらっしゃる姿まで含めてまさにお手本です」
ビアンカ様の話では、“私達の選択肢は一つじゃない”とベアトリスとリリアンヌから学んでいる者が多いとのことだった。
「公爵家という高い身分の方が、ここまで努力を重ねているだけでも好印象しかないのに、満足せずにさらに進み続けている姿はもはや憧れなんですよ」
「憧れ」
「もちろん、レティシア様も」
「私?」
王国の社交界には顔を出すのが久しぶりだというのに、私も姉二人と同様憧れになっているというのだろうか。
「レティシア様は大公殿下に見初められて帝国に行った後、帝国の特産品である茶葉の勉強に力を入れ、大公殿下のお手伝いまでされる努力っぷり。その上茶葉はかなりの売り上げという実績までついていらっしゃるんですもの」
「……」
(いや、その緑茶は前世の知識だから何とも言えないのですが……あれ?)
苦笑いしてしまいたくなる状況に、ぴたりと動きを止めた。一つの大きな疑問が私の頭を覆ったからだ。
「ビアンカ様」
「はい」
「何故、それを……?」
「あ……実は私、帝国に一人友人がいまして」
「ご友人が」
「そうなんです。レティシア様もよく知る方かと。名はシエナ・ノースティンと」
「シエナ様ですか⁉」
王国でその名前を聞くことになるとは。
予想外なことの上に驚きも重なって、思わず大きな声が出てしまった。
「ふふ、そうなんですよ」
「お、驚きました……」
話を聞けば、どうやらシエナ様が王国滞在する時にお世話になっているのがフィアス侯爵家だったよう。最近では、私が療養している間にもこちらに来ていたのだとか。
「長いお付き合いなんですね」
「そうなんです。例えると、親衛隊の王国支部の責任者を任さられるほどで」
「待ってください意味が分かりません、何ですか王国支部って」
「あら。ではこれは聞かなかったことに」
さらりとかわされてしまったためこれ以上は言及できなかったが、情報源が確かなもの過ぎて驚いていた。
「ですので、レティシア様。どうか私の言葉を信じていただけますと幸いです」
「ありがとうございます、ビアンカ様」
ビアンカ様の言葉の一つ一つには、説得力と重みがあった。大切に受けとると、最後に一言告げるのだった。
「ビアンカ様……頑張りましょう、お互いに」
「! ……ありがとうございます、レティシア様。では」
こうして私とビアンカ様の交流は終わった。ちょうど婚約者様も話が終わったようで、二人は合流していた。
「お疲れ様です、レティシア」
「ありがとうございます、レイノルト様」
「いかがでしたか?」
「凄く、色々な情報をもらえました」
「それは良かった。……ではベアトリス嬢のところへ行きましょうか?」
「お願いします」
想定していなかった情報まで手に入ったので、曖昧な答えになってしまったが、追及するよりもベアトリスの元へ行くことをレイノルト様は優先してくれた。
「お姉様」
「レティシア」
ベアトリスはカルセインと共に、壁際にそっと立っていた。私は一度レイノルト様の傍を少し離れ、ベアトリスの隣に向かった。レイノルト様はすぐ後ろでカルセインと話し始めた。
「大丈夫ですか?」
「えぇ。必要最低限の挨拶は済んだから、休んでいたところよ」
「お疲れ様です」
「…………柄にもなく、緊張してしまって」
「!」
その緊張が何を意味するのかはすぐ分かった。この会場に来て大勢の貴族に見られることではなく、今から出て来るであろう第二王子に関してだった。
何か声をかけなくては。そう思った瞬間、中央階段から繋がる二階の入り口が開かれた。
「「「!!」」」
会場にいる貴族の視線が一点に集中した。もちろん私達も、同じ反応だった。
扉の中からまず出てきたのは、五十代くらいの男性だった。
(あれが、シグノアス公爵……?)
まだ一度も対面していないこともあり、誰かは確信が持てなかった。そんな男性の後ろを続くように、もう一人姿を現した。足元から衣装を見ていく限り、年齢は私達とそう変わらない。
(隣にいるのが第二王子、オルディオ殿下――!?)
どんな顔をしているんだろう。そう思いながら見上げれば、彼は顔全体を隠すように仮面をしていたのであった。驚くのも束の間で、私の隣からは、バキッ!! という鈍い音が聞こえた。
「……レティシア。私は怒ってもいいかしら?」
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