第299話 逆効果な説得



 


 ラナに準備をしてもらうと、感謝を伝えて私はベアトリスの元へ向かった。


「お姉様。ご準備は整いましたか?」

「レティシア」


 夜会用のドレスに着替えたベアトリスだが、どこか落ち着かない雰囲気だった。隣に座ると、そっと手を重ねた。


「緊張されていますか?」

「……えぇ。どうか上手く終えられると良いのだけど」

「大丈夫ですよ。最強の布陣ですから」

「最強の……」


 ベアトリスは、緊張だけでなく不安も背負っている気がした。少しでも和らげようと、まずは状況面から説得し始めたのだった。


「エリンは凄く強いんですよ」

「そうなの?」

「私も何度も助けられていて」

「……何度も」

「はい」

「例えば? どんな感じかしら。どれくらい強いのか気になって」

「そうですね。まず、一人で賊を倒すほどには強いです」

「見たことがあるのね」

「もちろんです!」

(だから安心をーーあっ)


 意気揚々とそう答えた瞬間、私は自分の失敗に気が付いた。しかし時すでに遅しで、ベアトリスは綺麗な笑顔を浮かべてこちらをじっと見つめてきたのだ。


「ということは帝国で危険な目にあった事があるということじゃない! どこ、どこを怪我したの⁉」

「お、お姉様。怪我はしておりません!」

「怪我は、ね。襲われたことはあるのね」

「………」

(しまった……)


 ベアトリスによる説教に近い問い詰めが始まったのだった。


「聞いてないわよ。どこの誰に襲われたの」

「も、もう解決しましたので」

「そんな危険な思いをしたのなら、今日は部屋で待機しているべきよ」

「心の傷も癒えてますから!」


 落ち着かせようとするも逆効果を生んでしまう。


「怪我はなくとも精神的な負傷はしたということね。これは正式にエルノーチェ公爵家から抗議をーー」

「お、お姉様! 本当に問題ありませんから!!」


 私に何かあったと知ったベアトリスの怒りは留まることを知らなかった。

 こうなることが予測できたので、今回は報告せずにおいたのに、自分で口を滑らせるとは、何とも間抜けだ。


(ラナ、今なら貴女の気持ちよくわかるわ……!)


 先程まで似たようなやり取りをしていたラナに、助けを求めるかのように同情するのだった。この後、結局出発してもベアトリスの追及は止まらなかったのだった。


◆◆◆


〈カルセイン視点〉


 自室で準備を終わらせると、一人部屋に置かれたドレスを睨みつけていた。


「結局、そのドレスはお渡ししなかったんですね」

「レイノルト様」

「すみません。ノックはしたのですが」

「いえ。気が付かず申し訳ありません」


 扉からこちらに近付いてくるレイノルト様。彼の言うドレスとは、先日招待状の返事をした時に使者からベアトリス宛てに贈られたものだった。

 

 贈り主は第二王子と使者は言っていたが、彼はシグノアス公爵の使者だ。何か裏がありそうで、ベアトリスとレティシアにはドレスに関しては伏せることにしたのだった。


「嫌な予感がしてならないので……不安要素はない方が良いと思って、結局伝えることもしませんでした」

「それで良いかと思います。もしかしたら何かの目印かもしれませんからね。……例えば、誘拐とか」


 真剣な表情で告げるレイノルト様の言葉には、凄く共感していた。だからこそ、このドレスはなかったことにしたのだった。


「送り返せればよかったのですが……いえ、そもそも受け取るべきではありませんでした」

「なかなか難しいところですね」

「はい……」


 後悔しても遅いが、使者の脅しとも取れる圧に負けたのは俺だ。同じ公爵家だというのに、明らかな差があるのは知っていた。


(………もう二度と、その圧には飲まれない)


 嫌な記憶を思い出しながらも、これから直接会うであろうシグノアス公爵に力強く思うのだった。



◆◆◆



〈リリアンヌ視点〉


 時刻は夕方。


 今日もまたリカルドは不在で、屋敷は比較的静かだった。


 お義母様に、部屋にこもるよりは屋敷の中だけでも散歩をした方がいいという助言をもらってから、私は用意してもらった侍女をつけながら、大公邸を歩いていた。


 リカルドの書斎を開けると、当然ながらそこには誰もいなかった。


「……リカルド」

(……何日も帰ってきてないのよね)


 いない部屋主の名前を呼びながら、机へと近付く。侍女は部屋の外で待機をしていた。

 机の上には、資料が散乱していて、お世辞にも綺麗な机とは言えなかった。


「……相変わらず片付けは苦手なのね」


 微笑しながら机を眺める。


「……少しくらいなら、怒られないでしょう」

 

 そう呟きながら、資料を一つ一つ整頓していく。あくまでも整理はせずに、置き場所は以前と変わらないように配慮しながら動かしていた。


「これは………手紙?」


 手紙もわかりやすい場所に置き直そうと、一か所に集めようとしたその時。


「……修道院」


 その差出人を見て、一瞬で嫌な予感が走った。その予感は強烈なもので、私は反射的に手紙を開けてしまった。


「……!! キャサリンが、脱走した……⁉」


 

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