第288話 騎士の正体と長女の想い




 思わぬ共通点から芽生えた親近感により、ベアトリスと騎士の二人は段々と親しくなった。その結果恋いなかになったわけだが、ある日突然会えなくなってしまった。


 そして結局会えないまま、軟禁生活である今に至る……とベアトリスは語った。

  

「短い間の出来事だったけど……凄く楽しかったわ。息抜きなんて言葉じゃ表現しきれないほどに」

(…………)


 ベアトリスの淡い初恋。


 そう一言ではとても片付けられない内容だった。


「……お姉様。姿を見せなくなってからすぐに、この軟禁が始まったんですね」

「そうよ」

「……お姉様はどこまで勘づかれておりますか?」


 ベアトリスは公爵代理を務められるほど優秀な人間だ。そんな人が、これほどまでの偶然に気が付かないはずがない。


「何を、かしら?」

「!」


 とぼけるとはまた違うが、聞き返された声は取り繕った声には思えなかった。


「……とても素敵な体験談でした。ですが、あまりにも引っ掛かる点が多くて」

「……そう?」

「はい」

  

 ベアトリスがまとう雰囲気は、それ以上の推測を止めるものではなく、むしろ続けるべきものだと感じ取った。私は意を決して、ベアトリスの話をなぞり始める。


「まずお名前です。オル、と名乗られたんですね」

「……いかにもな偽名よね」

「セシティスタ王国第二王子のお名前はご存じですよね」

「……えぇ。オルディオ殿下、ね」

「そうです」


 残念ながら私はお会いしたことがないので、見た目からの判断はできない。


「それに。時期があまりにも一致しております。……オルと名乗られた方が第二王子ならば色々と辻褄が合ってくるものではないでしょうか」

「…………」

「これはあくまでも仮説ですが……例えば、騎士となられた第二王子が、お姉様のことを以前から知っており、エルノーチェ公爵令嬢だとわかっていた。恋に落ちたはよいものの、相手は公爵令嬢で今の自分では釣り合わない。……だから、一度は諦めた王位を再び志すことにした」


 今回の恋愛経験談は、純粋に聞くことは少しもできなかった。一つ一つ耳にしていく内に、嫌でもパズルのピースがはまっていってしまったのだ。


 真剣な眼差しでベアトリスを見つめると、ベアトリスは静かに目を閉じて小さく息を吐いた。そしてわずかな沈黙の後、微笑しながら重い口を開いた。


「…………やっぱり、そう思う?」

「……はい」

「はぁ……………………」

 

 ベアトリスは、今度は大きくため息をついて俯いてしまった。


「…………髪色が青くなかった。とても王族には思えなかった。何よりも。そんな人と巡り合うとは思わなかった」


 ぽつりぽつりと、ベアトリスは心の奥底にためていた思いを開示していく。


「色々と……理由をつけて、オル様は……彼は関係ないと思いたかったみたい」

「お姉様……」

「……もちろん、レティシアの言う通りに考えたこともあったの。それが理由で、王位継承権を再び主張し始めたんじゃないかって」


 顔を上げたお姉様は、どこか苦しそうな寂しそうな眼差しをしていた。


「でも……もし違ったら? ただの偶然で勘違いだったら? ……そう言われてしまう場合が私は怖かったのだと思う」

「……」

「何よりも……もしもオル様がオルディオ殿下だとして。……それなのに、想いはまるでなかったと。私という、公爵令嬢という都合のよい令嬢を見つけたと、彼の道具になることが一番嫌だったわ。……好きだったから」


 ベアトリスにとって第二王子の全てを知ることは、裏切りや計略のような聞きたくなかったことまで耳にすることになる。彼女の吐露された苦しい気持ちは、私の胸の奥に強く響いた。


「……はぁ、駄目ね。恋愛経験がないとこういう時に判断が冷静にできないもの。リリアンヌが聞いたら笑うでしょうね」

「…………」

「レティシア。不安にさせてごめんなさいね。……もう大丈夫よ。何が一番大切かはわかっているから」

「……一番?」

「えぇ。当たり前の話よ。私にとっては、少しの間恋に落ちた相手よりも、血の繋がった妹達の方が比べ物にならないくらい大切だから」


 そう語るベアトリスだが、いつものような覇気はなかった。本心でない、という訳ではないが悲しみに溢れている、そんな雰囲気をしていた。


「だからこの婚約はお断りするわ。それが可能になるよう、全力で動かないと」

「…………」


 淡々と話すベアトリスだが、私はしばらく言葉をかけられなかった。


「まずは陛下に……いえ、オルディオ殿下にお会いしないと。……はっ! 待って。今レティシアがここにいるということは、レイノルト様もいらしているのよね? ご挨拶しなくては……!」

「……急がなくても問題ないかと。今レイノルト様はお兄様とお話しされているので」

「そうなの?」

「はい。……そろそろ終わったかもしれないので、様子を見てきますね」

「わかったわ」


 お互いに表面上では通常運転になりながら、笑顔でやり取りをした。


 パタンと部屋の扉を閉めた瞬間、私は物凄い形相へと変わる。そして誰もいない廊下で、一人小さく呟いた。


「……お姉様にあんな顔させたこと、絶対に許さないわ」

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