第266話 二人の恋模様③


〈フェリア・ルナイユ視点〉



 クレープを頼むと、そのまま持って別の場所に向かう人が多かったが、私達はお店の中で座って食べることにした。


「これは……そのまま食べる物ですか?」

「そうみたいです。スプーンを使って上のクリームを食べることもできるみたいですが」

「なるほど……」

(か、可愛いっ……)


 クレープを手に持って、困惑しながら眺めているリトス様がこれ以上ない程に可愛らしかった。初めて見るクレープの食べ方に戸惑いながらも、スプーンで恐る恐る生クリームを掬いながら食べ始めていた。

 

(あ、美味しい)


 私自身もリトス様と同じタイミングで食べ始めたが、本人に気付かれないよう程度にずっと眺めていた。


(……ずっと見ていられるわ)


 にやけながらも、クレープを食べていく。


「こ、この周りも食べられるんですよね?」

「はい、美味しいですよ」

「あ……なるほど」


 クリームを食べ終わったリトス様は再びクレープとにらめっこを開始していた。外は生地なので食べれるのだが、リトス様からしたら未知の世界だったようで、慣れない手付きで食べていた。


「本当だ……美味しいですね……!」

「良かった……!」


 自分から提案したお店だったので、リトス様の好みや口に合うか心配だったが、それは無事に晴れた。


 微笑ましくリトス様を眺めていると、リトス様はボソリと呟いた。


「クレープか……でもクレープは緑茶より紅茶だよなぁ……」


 その声色はどこか落ち込んだものにも聞こえて、少しだけ胸がきゅっと詰まった。


「リトス様、緑茶も合うと思いますよ。ですが、それよりも緑茶に合うお茶菓子は他にもたくさんあるのではないでしょうか」

「す、すみません。口にでていましたか?」

「ふふっ、はい」

「お、お恥ずかしい……」


 どこまでも仕事熱心で真摯に向き合っているからこそ、漏れ出てくる言葉だった。その姿に、私はまた心惹かれていく。


「リトス様は普段紅茶は飲まれるのですか?」

「飲みますね。基本的には紅茶、緑茶問わずに何でも飲みます。色々な味、味の組み合わせを知っておいた方が開発にかなり役立ちますから」

「なるほど……」


 初めて知るリトス様の私生活の一部に、心を躍らせながら相づちをうった。


「ですが、やはり緑茶が一番です。そう思えるほど、よい茶葉ばかりを作ってきた自信があります」

「全くもってその通りかと。リトス様が時間をかけて開発された緑茶には、どれも間違いないものばかりですから」


 茶葉について誉める度にリトス様は謙遜して頬を赤らめるが、私は誇るべきことだと勝手に思っている。


(それにしても色々な味の組み合わせ、か。何か私にお役に立てることはあるかしら)


 自分にできることは何かないかと考えた時、今日はこのまま食べ物をめぐる一日にすることが、リトス様にとって有意義な時間になるように感じた。


「次はどこにいきましょうか」


 そう尋ねながらも、周辺にある食品関係のお店を思い浮かべていた。


「フェリア様は花はお好きですか?」

「もちろん」

「それでは、少し花の景色を見に行きませんか?」

「……是非」


 提案をされるとは思ってなかったので、驚きながらも急展開に胸が高鳴り始めていた。


 リトス様のエスコートで、お店を後にした。そしてそのまま、王都の通りを進んでいった。


「こっちの方が近道なんです」

「そうなんですね」


 今度は抜け道らしき道を進み始めた。若干の薄暗さはあるものの、まだ昼間であることから十分通れる道だった。


 ドスッ。


(何の音?)


 背後から何か聞こえた気がして振り向こうとしたら、足元にあった段差に気が付かずによろけてしまった。


「きゃっ!」

「おっと」


 即座に目をつぶれば、ふわりとリトス様が引き寄せてくれた。


「大丈夫ですか、フェリア様」

「あ……は、はい」


 これ以上ない至近距離に、鼓動は早まる上に大きくなっていった。


(ど、どうしましょう! 聞かれていたら恥ずかしいわ!! どうか聞こえていませんように……!)


 そう強く願いながらも、離れるのは惜しいと思ってしまうのだった。それでもそう長くくっついているわけにもいかないので、自然な流れで離れていった。


「ありがとうございます、リトス様……」

「お怪我がなくて何よりです。ここ少し暗いですよね」

「そうですね。足元には気をつけます」


 本当は背後からした何かの音に気が向いてしまったのだが、改めて振り返った時には既にそこには誰も何もいなかった。


(私の気のせいかしら)


 とにかく大きなことが何もなくて良かったと安堵する反面、リトス様の香りがまだ自分のなかには強く残っていて、頬の緩みが生まれていくのだった。



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