第264話 二人の恋模様①


〈ルナイユ視点〉


 約束の時間よりも早く到着してしまったが、気にせず待ち合わせの場所へと向かった。


(……どうしよう。また緊張してきたわ)


 待ち合わせ場所をどうするか悩んだ時、私から王都にある商会が運営する直営店を提案した。何度も訪れたことのあり、お互いにとってわかりやすい目印だと考えたから。


 直営店は王都の商店街にある。お店に行く前に、装飾店の前で立ち止まる。


(あ……前髪が崩れているわ)


 装飾店の陳列窓で自分の姿を見ながら、少し前髪を整えた。


「……よし」


 小さく呟くと、再び直営店へと向かった。


(え……リトス様、もういらっしゃるわ!)


 遠くから見てもわかる彼の存在に驚きながら、歩 む足を速めた。


「お待たせ致しました……!」

「ルナイユ様!」

(え、笑顔が眩しい……!)


 とても素敵な笑顔で迎えられた。その笑みにときめきながら、急ぎ彼に近付いた。


「いつからいらしたんですか?」

「先程着いたばかりですよ」

(本当かしら……でも待たせたことに変わりないわよね)


 出だし早々失敗してしまった。申し訳ないような気分になっていると、リトス様はさらりと手を差し出してくれた。


「良ければ店の中を一緒に見ませんか?」

「は、はい……!」


 あまりに突然のことだったが、流れるように手を重ねた。頬が赤くなってしまう仲、リトス様に気付かれないようにと反射的に少し下を向いてしまった。ちょうどリトス様がお店の方へ顔を向けた瞬間だったので、熱を冷まそうと心をどうにか落ち着かせた。


「商会長様…………」


 呼び掛けようとして、言葉が空中へと消えていった。


「……そう呼ぶのもおかしな話ですよね」

「そう、ですね……」


 どうすれば良いか、呼び方の最適はわかるのに、上手く言葉に表せない。


(ど、どうしましょう。ここでいきなり名前を提案したら、積極的すぎて引かれてしまわないかしら……! でも名前以外に無難な呼び方なんてないわよね?)


 どう言えば良いのか迷ってしまって、次の言葉を出せなかった。すると、リトス様から提案してくれた。


「良ければ名前で呼んでもらえませんか?」

「な、名前で……!」

「はい。私もフェリア様と呼ばせていただいても?」

「もちろんです……!」

「良かった……!」


 無事呼び方が定まると、店内を見て回ることにした。


「リトス様のおすすめの茶葉はありますか?」

「おすすめ……正直話、どれもおすすめですね」

「ふふっ」

「すみません、ふざけている訳ではないのですが」

「わかっております。リトス様が端正込めて作られた茶葉ですよね。全ておすすめなのは納得です」

「あ、ありがとうございます」

(か、可愛い……)


 照れ臭そうに笑うリトス様。

 滅多に見れないそんな姿に、私の気分は自然と上がっていた。


「でも、最新作は特におすすめですね」

「美味しいですよね。レティシア様が苦くないお茶を作ったと仰ってました」

「茎茶と言うみたいです。……自分にはその発想がなかったので、本当に姫君ーーあ、えぇと。エルノーチェ様は凄い方かと」

(姫君……リトス様らしい呼び方だわ)


 慌てて言い直す姿さえも可愛いと思ってしまって、気を付けないと顔がにやけてしまうと思って、何とか緩めないように表情を保っていた。


「この茎茶、とても人気ですよね」

「そうなんです! 前作が不調だった分、エルノーチェ様には助けられています」


 屈託のない、心から嬉しいと思っている笑みはリトス様の人柄を表していた。今日一日会ってから良いものばかりを見れている。そんな嬉しい気持ちでふわふわとした感覚だった。


 だからだろうか。表情ばかり気を付けていたせいか、知らぬ間に口からこぼれてしまった。


「……それでも私は前作の方が好きですね」

「!!」


 ふと口にしたことに気が付かず、そのまま商品である茶葉を眺めていた。


「あ、ありがとうございます……」

「え……」


 リトス様のその言葉はすぐには理解できなかった。どういうことだろうと、思考を巡らせてようやくわかった。


「リ、リトス様……もしかして私、声に出ていましたか……?」

「は、はい」

(!! ま、待って! 私今、好きって言ったのよね!?)


 その言葉は、以前のような茶葉に対する好評とは違う意味の言葉になってしまう。それを理解した瞬間、ブワッと顔が赤くなってしまった。


「す、すみません……!」

「謝らないでください! は凄く嬉しかったので……!」


 訳もわからないまま反射的に謝れば、リトス様から嬉しい言葉を重ねられてしまい、収めようとした熱はさらに上がってきてしまった。


「あ、ありがとうございます……」

「いえ、ありがとうございます」


 落ち着かせようと小さな声になりながら、どうにか平常心を取り戻した。


「フェリア様、次のお店に行きましょうか?」

「そうですね、行きましょう」


 コクりと頷いて私達は直営店を後にするのだった。

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