第255話 自分の役割(レイノルト視点)



 

 レティシアは無事にお茶会を成功させた。それだけでなく、彼女が大公妃としてふさわしいことを知らしめたと義姉である皇后から自慢げに語られた。


(その場を見られなかったことが本当に悔やまれるな)


 女性の園でもあるお茶会にさすがに顔を出すことはできないので、話を待つことしかできなかった。その結果、当然ながら朗報が届いたわけだが、本当に嬉しかった。


 そんな彼女を慰労会へと見送ると、自分はいつも通り仕事を始めるのだった。


「レイノルト、今日は姫君はいないのか?」

「あぁ。慰労会にノースティン家に出掛けた」

「ノースティン家に」

「……ルナイユ嬢もいるらしいぞ」

「そ、そうか!」

(……相変わらずわかりやすい)


 部屋を訪ねてきたリトスは、わかりやすくもルナイユ嬢のことを気にしていた。好意がバレて以来、もはや隠すことなく必要なら彼女の情報を聞こうとするようになった。


「今日は姫君にお礼を伝えに来たんだよ」

「リトスが?」

「あぁ。お茶会が大成功したのは知ってるが、それだけじゃなく、姫君が各家のご令嬢に緑茶を紹介してくれたおかげでお得意様が増えたんだよ!」

「それは嬉しい話だな」

「あぁ。もう姫君には頭が上がらない。元々上がらないが、さらに敬う存在になった」


 リトスの話では、それはそれは鮮やかな手腕と言葉でレティシアは緑茶を勧めて広めたらしい。


「……レティシアには助けてもらってばかりだな」


 自分が彼女に何もできていない気がして、寂しさともどかしさを感じ始めた。


「だからこれからだな」

「これから?」

「あぁ。姫君がいよいよ大公妃として社交界で扱われるようになるんだから、レイノルトの出番というわけだよ」


 リトスの言葉を理解しようとした時、部屋の扉が勢いよく開いた。


「ノックもなしに大変申し訳ありません!」


 入ってきたのは、レティシアにつけていた護衛騎士の一人だった。途端に嫌な予感が胸を占める。

 

「……レティシアに何かあったのか」

「先程何者かから襲撃を受けました」

「無事か」

「はい。予想外にも刺客が多かったのですが、エリン嬢のおかげで殲滅できました」

「エリンが……傍にいたか」

「はい」


 その一言を聞いて一気に安心した。


「エリンって……確か姫君につけた本当の直近護衛だよな」

「あぁ。あの子は強いからな。そんじょそこらの刺客じゃ相手にならないさ」


 冷静に状況を把握すると、切り替えて話を始めた。


「刺客は捕まえたな?」

「はい」

「それなら大公城に一人残らず連れて来い。リトス、必ず吐かせろ。後から合流する」

「了解。俺は準備を始めますかね」


 レティシアを、俺の最愛に手を出した罪は重い。容赦しないことを強く決めると、話を続けた。


「レティシアは今どこに?」

「現場で待機しておりますーー」


 簡潔に話を聞くと、急ぎ馬車を用意してレティシアの元へと向かった。俺自身は一刻も早く彼女の元へと行きたくて、馬に乗って騎士団を数名引き連れるのだった。






「レティシア!」

「レイノルト様……!」


 驚いた様子の彼女に、すぐさま駆け寄った。


「無事ですか、怪我は」

「ありませんよ。エリンのおかげでーー」

「ですが血がついています。……どこの誰ですか? 貴女を傷付けたのは」

「違います! これはエリンが受けた返り血をさらに私がもらったというか。私は本当に一切傷付いておりませんよ」

(だから安心してください)


 そう告げる彼女の表情は、まだ恐怖の余韻が残っているように見えた。そんなレティシアを落ち着かせたくて、ぎゅっと力強く抱き締める。


「レ、レイノルト様」

(皆様が見てます……!)

「大丈夫ですよ。彼らは回収作業をしてますから」

「か、回収作業」


 騎士とエリンは刺客を荷馬車に次々と放り込んでいた。そんな景色を見せる必要はないと思い、レティシアには見えいように抱き締め続けた。


 馬車が到着すると、二人馬車へと乗った。乗ってきた馬はエリンに任せた。


「レティシア、本当に大丈夫でしょうか」

「皆様のおかげで、傷一つありませんから」


 そう気丈に答えるものの、襲われたという出来事が彼女に恐怖を植え付けたのではないかと不安になった。


「……失礼しますね」

「レイノルト様」


 隣に座り直すと、レティシアの手を握った。ピタリとくっついて、少しでも安心させようとした。


「……ありがとうございます」


 そう言うと、レティシアはそっと握り返してくれた。


(……レイノルト様、お願いがあります)

「何なりとお申し付けください」

(……今回の襲撃ですが、心当たりがあるんです)

「!」


 後で刺客には口を割らせるつもりだったが、それよりも先にレティシアから答えを聞くとは思わなかった。


「今回の襲撃は、私の落ち度なんです」

「落ち度、ですか?」

「はい。花を摘まなくてはいけなかったのに、折るだけで終えてしまって。それで満足してしまいました」


 申し訳なさげに目を伏せる彼女に、自然と言葉をかけ始めた。


「レティシア」

「……?」

「ここから先は、私に任せていただけませんか?」

「!」

「レティシアはもう、多くの人から認められた次期大公妃ですから。それに、最愛の人を傷付けられてまで黙っていられるほど、私は優しくないんです」

「レイノルト様……」


 そっと頬にもう片方の手を添えながら、怒りを滲ませた声で告げた。


「お任せしたいです。お願いしてもよろしいですか?」

「もちろん」

(レティシアが折れなかった花を……完膚なきまでに叩きのめします)


 レティシアの承諾を受け取ると、もう一度彼女を引き寄せて抱き締めるのだった。


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